<11.任務伝達>
「遅かったな」
鷹内は組長室の椅子からゆっくりと立ち上がり、そう言った。
「申し訳ありません。少し手間取りました」
椎菜が、軽く頭を下げた。
「いや、謝る必要は無い。坂口を始末する任務は、無事に遂行したのだからな」
そう言って、鷹内は椎菜に歩み寄った。
「坂口が死ねば、あの組は間違いなく崩壊する。これで、高原に少しぐらいはダメージを与えられたかな」
「そうですね、何しろ蝕東会は、高原総理の大きな資金源でしたから」
「高原も、まさか自分を追い込むことが目的で、坂口が殺されたとは思うまい。ヤクザ同士の縄張り争いだと考えるのが普通だろうしな」
「ええ、そう思います」
椎菜はうなずいた。
鷹内は高原の資金源潰しのために、椎菜を坂口の元に送り込んだのだ。
彼は、かねてから高原のやり方に危惧を抱いていた。
巧みに国民の気持ちをコントロールし、軍国主義に突き進もうとしている高原を、何とか食い止めなければならないと考えていた。
そこで鷹内は密かに諜報部を組織し、高原の周辺調査や、時には彼と関係のある人物の殺害を命じていた。
民族楽器店のソウォジに相談されるよりも前から、鷹内は行動を起こしていたのだ。
椎菜も、彼女に伝言を届けた茶留も、諜報部の一員であった。
「しかし、我々がやれるのは、この程度が精一杯だな」
鷹内は、自嘲気味に微笑した。
「この程度なんて言わないでください、ボス。我々のやっていることには、大きな意味があると思います」
椎菜は口を尖らせた。
「いや、お前は良くやってくれているさ」
釈明するように、鷹内が言う。
「ただ、高原を止めるために諜報部を作ったにも関わらず、未だに奴は高い支持率を誇り、日本のトップに君臨しているんだ。それは紛れも無い現実だ」
「しかし、我々の行動は必ず実を結ぶはずです。今すぐにとは行かなくても、いずれは高原を首相の座から引き摺り下ろすことに繋がるはずです」
「今までは、そう思ってきたんだがな」
鷹内が、重厚な口ぶりで言う。
「ボス、どういう意味ですか」
「このままでは、高原が仕掛ける策謀のスピードを緩めることは出来ても、それを止めることは出来ないのではないかと思うようになったのだ。どうやら、我々は別のやり方を選択せざるを得ない時期に来てしまったようだ」
「別のやり方ですか?」
「ああ、そうだ」
「アタシの次の任務も、そのことに関係あるのでしょうか」
「ああ、その通りだ」
「人に会う仕事だということですが、ボスは、アタシが適任だと仰ったそうですね。それは、どういう意味ですか」
「お前が適任?」
いぶかしげな表情で、鷹内は椎菜を見る。
「ええ、茶留が、ボスはそう言っていたと」
「あいつめ、勝手に話を作りやがって」
鷹内は舌打ちする。
「違うんですか」
「この仕事は最初、茶留に頼んだんだ。ところが、あいつが任務を果たさなかったので、お前に頼むことになったんだ」
「茶留は、任務に失敗したんですか」
「失敗も何も、任務を果たさずに、なぜか変なセーラー服を持って帰ってきやがった」
鷹内は、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「セーラー服、ですか?」
「ああ、何かのコスプレに使う衣装らしい」
「コスプレ、ですか?」
「それに気を取られて、本来の目的をすっかり忘れて帰ってきやがった。しかも最初は、『こちらから改めて連絡するので、しばらく待って欲しいと相手に言われました』と、ウソまでついていたほどだ。2日前に再び連絡を取るよう指示を出した時に、ようやく相手と接触していなかったことを明かしやがった」
「はあ……」
椎菜には、まるで話が掴めなかった。
「でしたら、私がきっと引き受けるだろうというのも、茶留の作り話ですか」
「いや、それは本当だ。殺し屋を自認するお前にとっては、人に会うだけというのは畑違いの仕事かもしれん。しかし、お前は引き受けるだろうな」
「どうしてですか」
「会ってほしいのは、芭皇邪九だからさ」
「芭皇邪九!」
椎菜は、思わず大きな声を出した。
「あの伝説の殺人王、芭皇邪九ですか」
「ああ、そうだ」
鷹内は、深くうなずいた。
「ですが、どこにいるのかも分からないのに、どうやって会うんですか」
「既に居場所は分かっている。彼の元へ行き、この事務所まで連れて来てほしい。ある仕事を、頼みたいのでな」
「ある仕事とは?」
椎菜の質問に、鷹内は一呼吸置いて答えた。
「総理大臣、高原清澄の暗殺だ」