<10.園内会談>
「銃というのは、使い慣れてこそ意味があるんだ」
芭皇は極楽園の仲間に対して、言い含めるように語り始めた。
「銃さえあれば、それで自分を守れるような気になってしまいがちだが、実際は違う。素人がいきなり銃を撃とうとしても、大抵は上手く扱えない」
その発言には、重みがあった。
極楽園のホームレス達は、静かに耳を傾けている。
芭皇の言葉は、夕食の席で発したものである。
他の面々が「護身用に銃を購入したらどうだろうか」という話をしており、遅れて参加した芭皇は意見を求められ、否定的な考えを語ったのだ。
「それにしても、なぜ銃を買うという話になったんだ?」
芭皇が尋ねる。
「ここ最近、治安が悪いじゃないですか」
そう言ったのは、44歳の元鮮魚店経営者、池内である。
近所に出店した大型スーパーに客を取られて店が潰れ、極楽園の住人になった男だ。
「そう、どんどん悪くなってるわね」
相槌を打ったのは、池内の妻・珠子だ。
38歳だが老け込んだところは無く、まだ充分すぎるほどの色香がある。足がキレイなことを、本人は自慢にしている。
「この間も、西崎さんが襲われました。これからも、ああいうことが起きる可能性は高いと思うんです」
眼鏡のズレを直しながら、竹下が言う。
彼は元エンジニアで、極楽園にソーラーシステムを持ち込んだ男だ。年齢は27歳と、仲間内で最も若い。
「我々が危険な目に遭った時には、いつも芭皇さんが助けてくれます」
つい先日、芭皇に助けられたばかりの西崎が続いて喋り出す。
酔っ払いの若者との一件からは、約3週間が経過している。
「しかし、いつも芭皇さんに頼ってばかりではなく、自分達で身を守ることも必要ではないかと思ったのです。それに、芭皇さんが留守にしている時に襲われたら、どうしようもありません」
「それで、銃を買おうというわけか」
芭皇は、西崎に視線を向けた。
「だが、そんな金があるのか?」
「誰かが病院の厄介になった時のために少しずつ貯めてある金を、そちらに回そうかと話し合っていたんですが。安い銃なら8万円ぐらいで買えるらしいので、それなら何とかなるかと」
西崎が答える。
「なるほど。それで、どこから手に入れるつもりなんだ?」
「キンドの知り合いで、ヤクザと繋がりの深いイラク人の男がいるらしいんです」
池内が、言葉を発した。
「そのルートで、手に入るんじゃないかと」
「ヤクザか。まあ、銃を手に入れるなら、その線ぐらいしか無いだろうな」
そこまで言って、芭皇は仲間を見回した。
「ところで、そのキンドの姿が見えないが」
「彼なら、犯人を探しに行くとか言って出掛けましたよ。夕食までには帰ると言い残して行ったんですけど、まだ戻りませんね」
竹下が答えた。
「犯人?」
「ええ、セーラームーンのコスプレ衣装を盗んだ犯人です」
「そうか、あのことか」
芭皇が「盗まれた」と聞かされた日から、ずっとキンドはコスプレ衣装のことを気にしている。しかし極楽園の仲間は全く心当たりが無かったし、芭皇も周囲を探してやったが見つからなかった。
池内や珠子は、「何か知らないか」としつこく尋ねるキンドを疎ましがり、冷たくあしらっていた。
「キンドの奴、そういう時だけは懸命になるんだな。しかし、本当に盗まれたのか?コスプレ衣装なんて、わざわざ盗むような物好きがいるとは思えないんだが」
「でも、怪しい人間を見たらしいんですよ」
「キンドがか?」
「いえ、珠子さんが目撃したらしいです」
「そうなのよ」
珠子が会話に参加してきた。
「キンドから何度も犯人の心当たりを聞かれて煩わしく思ってたんだけどさ、昨日になって、ふと思い出したことがあったのよ」
彼女は、やけに馴れ馴れしい喋り方をする。極楽園で芭皇に対して敬語を使わないのは、キンドと彼女の2人だけだ。池内や西崎は芭皇より年上だが、敬語で話す。
「前置きはいいから、早く話せよ」
池内が急かす。
「分かってるわよ。あれは、キンドが騒ぎ出す1週間ほど前だったかしら、昼間に全員が出掛けていて、私が最初に戻ってきた時があったの。その時に、すぐそこの土手でヒョコヒョコと歩いていく怪しげな奴とすれ違ったのよ」
「それで、そいつはどんな風貌だったんだ?」
「チラッと見ただけだから、顔は良く覚えていないのよ。ただ、妙に前の膨らんだ靴を履いて、ステッキを持ってたわ」
「ステッキ?」
「ええ、ステッキ」
「それで、キンドはその男を探しに行ったんです」
竹下が珠子の説明を補った。
「なるほど。その男が盗んだかどうかは分からないが、気になる人物ではあるな」
芭皇は、腕組みをしてうなずいた。
「しかし、いずれにせよ、靴とステッキだけでは手掛かりが少なすぎるだろうに。キンドの奴、どうやって探すつもりなんだ」
「たぶん、あまり深く考えずに行動しているんでしょう。コスプレ衣装のことになると、冷静な判断が出来なくなりますからね、あいつは」
池内が呆れたように言う。
「仕方の無い奴だな、キンドは」
芭皇は首を振った。
「とりあえず、コスプレ衣装の一件は置いておくとして、銃の話に戻ろう。仮に、銃を手に入れたとしよう。それで、その銃を誰が使うんだ?」
「誰って、そりゃあ、みんなで」
「では、例えば珠子、お前が使うか?」
「私はいいわよ。そういう物騒な物は、ダンナに任せるわ」
そう言って、珠子は池内を見た。
「うーん、俺もあんまり得意な分野じゃないからなあ」
池内も、消極的な態度を示した。
「だったら、僕が使いますよ」
竹下が手を挙げた。
「この中では、僕が一番若いんだし」
「やめておけ」
芭皇が、やんわりと忠告する。
「どうせ、引き金を引くのが精一杯で、的に当てることも出来ないだろう。さっきも言ったが、素人がいきなり撃とうとしても、上手く使いこなせない。ああいう物は、練習を積んで上手くならないと、持っていても意味が無い」
「じゃあ、練習します」
「どこで練習するんだ。そんなに都合のいい場所があるのか。それに、練習すれば、それだけ弾丸を使うことになる。その金はどう工面するつもりだ。好き放題に銃を撃つ練習が出来るのは、警察官と金持ちのヤクザぐらいだぞ」
「だったら銃を買うのではなく、そのヤクザに手を借りて極楽園の安全を守るというのは、どうでしょうか」
西崎が、遠慮がちに言った。
「ヤクザに手を借りる?」
「ええ、先ほども言いました、キンドの知り合いと繋がりがあるヤクザです」
「安易にヤクザと関わると、ロクなことは無いぞ」
「ええ、私も普通のヤクザであれば、敬遠します。ただ、そのヤクザというのは、鷹内組なのです」
「鷹内組……」
芭皇の眉が、ピクッと動いた。
「あの鷹内組は、他の組織とは違うと思います」
西崎は言葉を続けた。
「あの組は、ホームレスにも優しく接してくれますし、いい暴力団だと聞いています」
「ヤクザに、いいも悪いも無いさ」
「そうでしょうか。でも仲間内では、他の暴力団と違って、鷹内組の評判はいいですが。
信頼に値する、珍しい暴力団に思えますが」
「いや、違うな」
芭皇は軽く笑いながら、そう言った。
「あそこは、ただ組長がバカなだけだ」