生まれ変わっても。2
生まれ変わっても?のラファエル側からの話となります。続編ではありません。
アンジェ側より、どろどろです。
ご注意を。
俺には前世の記憶がある。
気が狂ってる? 好きに言えばいい。
この世界に産まれ落ちた瞬間から、俺はずっと満たされず、何かを探していた。
そんな、ある日、揺れるカーテンを見て襲われたのは、強烈な既視感。
春の日溜まりのような、穏やかな空気に包まれていた日々。
常に隣には、愛しい彼女がいた。
どんな重たい愛を向けても、仕方ないなぁ、の一言で受け止めて、済ませるような、そんな彼女だった。
死んでも一緒にいたい。そう思っていた。
だからなのか?
どうして、彼女が?
余命幾ばくもないの。と、困ったように笑う彼女を見ながら、俺の胸の内は嵐のようだった。
いくら世界を呪っても、時間は止まらない。
真っ白い部屋の中、開け放たれた窓からの風で、カーテンが揺れている。
別れようと言った彼女にすがりつき、俺は彼女から離れなかった。
本当に、死んでも離れたくなかった。
死の気配を色濃く漂わせながらも、ベッドの上で彼女は俺を見て笑ってくれている。
「生まれ変わっても愛している」
俺の誓いに、彼女は少しだけ困ったような顔をして、何かを言いたそうに唇を開閉させる。
俺は彼女の言葉を聞こうと、顔を寄せた。
彼女は少しだけ頭を持ち上げ、俺の頬へ唇を触れさせる。
その冷たさに、俺が呆然としていると、彼女はふっと息を吐き出し、
「また会えるよ」
と、それだけを紡いで、ゆっくりと目を閉じた。
それが、俺の聞いた、彼女の最後の声だった。
前世を思い出した俺は、自分が何を探していたかを悟り、まずは力をつける事を選んだ。
いつか、必ず出会うであろう彼女を、自分の物にするために。
●
幸いにも、俺は産まれながらにして、ある程度の力は約束されていた。
今生での俺の名はラファエル。
この国の第一王子だ。
前世を思い出してから、俺は身が入らなかった勉強も、剣術にも励むようになった。
彼女と出会える日のために。
かなり強くなり、ドラゴン討伐もこなしてやった。おかげで、数人いる王子の中で、俺はほぼ次期王の地位は確定させた。
こんな異世界だろうが、約束がある限り、俺は彼女と再会出来ると信じていた。
彼女の捜索もしていたが、記憶を取り戻してから数年、未だに見つからない。
最初の数年は、思い出を頼りに生きていた。
次の数年は、約束したのだから、と思い込もうとしたが……。
徐々に心は磨耗し、麻痺していった。
俺は周囲から、氷の王子と呼ばれるようになっていった。
見た目は良かったため、女は嫌と言うほど寄ってきたが、その中に彼女はいなかった。
日に日に、彼女に会えない絶望を積み上げながら、俺の年齢は25を越える。
そろそろ、結婚適齢期だと、本腰を入れた話も出てくるが、俺は全てを断っていく。
彼女以外、視界にすら入れたくなかった。
そんな毎日に、俺は王子の肩書きを捨て、旅に出ようかとすら思っていた。
彼女を探すため。
特に最近、やたらと付きまとって来る貴族の娘がいて、鬱陶しいのだ。
何度追い払っても、小バエのように戻ってくる。父親が有力貴族のため、無下にも扱えない。本当に鬱陶しい。
今日も来ているらしく、中庭から騒がしい声が聞こえてきて、俺は深々とため息を洩らす。
無視したいところだが、それはそれで面倒臭いのだ。
俺は重い足を引き摺りながら、中庭へと向かって歩き出す。
中庭には、やはりあの貴族の娘がいて、その前には取り巻きの少女達がいる。「何をしている、騒がしいぞ」
俺が声をかけると、取り巻き達がザワザワと小声で何かを話している。チラチラと向けられる視線が気に障る。
「こ、この方々が、幼児をいじめてましたから、咎めていたんです!」
貴族の娘の言葉に、取り巻きの達へ視線を向けると、確かに隙間から小さな姿が僅かに見える。だが、それがどうしたと言いたい。
「へぇ?」
その想いは、相槌に出てしまう。思った以上に冷ややかな声が出る。
「この方々、この子のドレスが、古臭い上に、貧乏臭いってヒドイ事を言ってたんですわ!」
俺の相槌の冷ややかさに気付いたのか、貴族の娘は言い訳を重ねるが、それはお前が言ったんだろ、と言ってやりたい気分だ。自分の取り巻きの表情に気付かないのか?
「それで? 俺に何を言えと?」
もちろん、俺は騙される訳はなく、笑みを浮かべて問い質す。
「あの、わたくし、貴族として正しいこと……」
みるみる内に顔色を悪くした貴族の娘は、涙目で何かを言おうとするが、震えるばかりで言葉にならない。
俺は、切り捨ててしまおうかと、口を開いたのだが、それを遮ったのは第三者の声だ。
「おねーさま、たすけてくださって、ありがとうございます!」
少し拙いが、ハッキリとした口調の幼女の声。何と無く、俺の胸に突き刺さる。
「と、当然の事をしただけだわ!」
貴族の娘が偉そうに無い胸を反らしたため、俺の目にも囲まれていた幼女が、映り込む。
癖の無い亜麻色の髪に、夜空のような色の澄んだ瞳。可愛らしい幼女だが、何故か、とても愛らしく思えた。
その幼女は考え事をしていたようだが、俺の視線を感じたのか、パッと顔を上げ、ジッと見つめ合う。時間にして数秒だ。
フッと視線を外した幼女は、幼女らしからぬ健脚で逃げ出す。
俺は反射的に、幼女を追って駆け出す。別に不敬だと思った訳ではない。
ただ、逃がしてはいけない。
本能がそう叫んだ。
●
健脚とはいえ、幼女の足では遠くへいけない筈と、推測して、俺は辺りを見回して歩いていく。
俺の目に入ったのは、大人の腰ほどの高さがある植え込み。
足音を殺した俺は、かくれんぼをしている気分で植え込みへ近寄り、プレゼントの包装を開けるように、ガサリと掻き分ける。
見上げてくる夜空色の瞳に、自分の深い部分が喜んでいる。
――やっと、見つけた。と。
あぁ、ずいぶんと小さくなってしまったが、これは彼女だ。
俺が声をかける前に、彼女は再び逃げ出そうとしてしまう。
俺は、咄嗟に彼女の脇に手を突っ込み、小さな体を持ち上げる。
「あ、あの、はなしてください!」
可愛らしい抵抗の後、彼女は俺を振り返り、訴える。その表情には、俺に対する困惑しかない。
「嫌だ。逃げるだろ」
俺がそう言うと、当然のように頷かれる。拗ねてもいいよな。
たぶん、顔にも出ていたのか、彼女はジッと俺を夜空色の瞳で見つめてくる。
無言の時間が過ぎ、彼女は俺にぶら下げられたまま、何かを思いついたのか、安堵を覗かせ、平らな胸を撫で下ろす。すると、少し、彼女の態度が柔らかくなった気がした。
「あのー、おあいしたことありますか?」
なのに、可愛らしい彼女の唇から出てきたのは、俺を奈落へと突き落とす台詞。
思わず彼女を支える手が緩み、彼女を落としてしまうが、それさえも気にならない。
「すみません、あなたさまのおなまえを、おしえていただけますか?」
まるで、初対面の相手を見るような眼差しで見つめられ、可愛らしい声が俺の胸を抉っていく。
「今は、ラファエルだ」
それでも、少しの望みを抱き、今は、と付け足して自己紹介をしてみたが……。
反応は芳しくなく、遠い目をした彼女は、ジリジリと後退りし、逃げ出そうとする。
無意識に手を伸ばし、俺は逃げ出そうとする彼女を、自らの腕の中へ捕らえる。
「な、なんですか? わたしは、ただのびんぼうきぞくのむすめです!」
必死に抵抗され、本当に彼女は自分がわからないのだと悟った俺は、絶望的な気分で彼女を見下ろす。
逃げるなら、殺しても――。
沸き上がる狂暴な自分。と、同時に悲しくて堪らない。
せっかく会えたのに、また彼女に会えなくなってしまう。
そう思ったら、視界が一気に歪んでいき、彼女の頬へパタパタと水滴が落ちていく。
「あめ?」
きょとんとした彼女が、パチリと目を開けて、不思議そうに俺を見上げ、呆れたような顔をした。
「えー……」
ひっく、としゃくり上げると、彼女の小さな手がおずおずと伸びてきて、俺の頭を撫でてくれる。
「どうしたの? どこかいたむ?」
それでも、涙は止まらず、優しい声で話しかけてくる彼女に、思わず恨み言めいた事を口にしてしまった。
「俺は、ずっと変わらず愛してるのに……」
生まれ変わっても。
もっと、ちゃんとしたタイミングで。ドラマチックに伝えたかったのに。
色々と凹んでいた俺は、腕の中にいる彼女の台詞を聞き逃してしまった。
「まさか、ね。そんな……」
そう呆然と呟いていたなんて。
何かを言ったのはわかったけれど、それより次の言葉の方が聞き捨てならなかった。
「ラファエルさま、もうしわけありませんが、わたしは、もうかえ……」
最後まで言わせず、彼女を睨み付ける。少しでも想いが伝わるように。
「嫌だ。帰さない。ずっと一緒にいるんだ」
何と思われようが、俺はもう彼女を離さない。そう決意をしていると、不意に腕の中にいた彼女の顔が変わる。
あどけない幼女にしか見えなかった彼女の顔が、急に大人びて見えた。あの白い部屋で別れた時を思わせるぐらいに。
俺が固まっていると、小さな両手が俺の頬を包み、唇がゆっくりと開いて、言葉を紡いだ。
「またあおうね」
期待してはいけない、と傷つきたくない俺が叫んでいるが、耳へ届いた約束の台詞と、頬へ触れたあたたかい感触は現実だ。
すぐに離れようとした彼女を引き寄せ、愛を告げよう。
思い出してくれた彼女へ、生まれ変わっても変わらない愛を。
「愛してる――えぇと……」
そこで初めて、俺は今生での彼女が何という名前かという、素朴な疑問へと気付く。
「いまのなまえは、アンジェです、ラファエルさま」
察しの良い彼女――アンジェは、気にした様子もなく名前を教えてくれた。
「そうか。愛してる、アンジェ」
口にしたら愛しさが増し、俺は溢れ出た想いのまま、アンジェの唇を奪おうとする。
が、可愛らしい小さな手から、押し退けられた。
「ひとまえでは、おっしゃられないように。はんざいしゅうしますから」
「キスも駄目なのか?」
何て事だ。思わず、甘えたような声が出てしまう。
「このであいは、はやすぎます」
そんな可愛くない事を言う小さなアンジェを、泣きそうになりながら、必死に笑顔で抱き締める。
「ラファエルさま、モテモテですから、べつに、わたしとのやくそく、まもらなくていいですよ? わたしも、べつのあいてをみつけますから」
巡り会えた喜びに舞い上がる俺に、冷水を浴びせるようなアンジェの提案。まさか、もう好いた相手がいるのか――俺以外に。
ヒヤリと心が冷えていき、アンジェを抱く腕へ力がこもる。
「……いるのか、そんな相手が」
低く地を這うような声で問うと、ブンブンと首を横に振ってくれる。いたとしても、奪い取る……否、奪い返すだけだ。
そして、大きな鳥かご作ろう。俺から、逃げられないように。
「なら、大人しく愛されていろ。
――二度と逃がすつもりはないからな」
そんな暗い思考を押し込め、俺は微笑んでアンジェを抱き締める。
ずいぶんと幼くなったけれど、あの日と同じ笑顔で、アンジェは頷いてくれた。
ロリコンと言われようが、俺はアンジェを手に入れる。
その為には――。
「まずは弟を失脚させて、次は父上だ」
絶対的な権力を手に入れるため、暗く暗く笑うのだ。
きっと、またアンジェを失ったら、俺は正気でいられない。奪う可能性があるモノは、全て消し去る。
狂ってる?
好きに言えば良い。
「ラファエルさま?」
アンジェさえ、笑っていてくれれば――。
これ以上、俺が狂う前に、早く大人になって欲しい。
そう願って、俺は狂いそうな愛しさの中で笑う。
王座でただ一人を待ちながら。
これは純愛ではなく、狂愛でしょうか。
感想でもいただきましたが、ラファエルはこうやって結婚しないで済むようにして、アンジェを待つようです。
王にさえなってしまえば、無理矢理政略結婚は難しくなる、はず。そう思っていただけると。
アンジェが妊娠出来るようになったら、即結婚とか言い出しそうで、怖いです。
使用人とか買収して、しっかり見張ってて。
ちなみにロリコンではないです!
アンジェだから、です!