三木 プルオ
このカラオケ『オハコ』は、夕方までは、お客さんけっこう少ないんです。
駅から離れている事と、利用料もチェーン店のようには安くないからだと思います。
でも、馴染みのお客さんは、すごく多いんです。
カラオケって、こんなに普通のお店みたいに、お客さんと触れ合うと思ってなかったから、
少しカルチャーショックでした。
でも、それは、この『オハコ』だからかも。
とにかく、お客さんが少なくても、お仕事はあるんです。
明るい時間は、基本的にお掃除とお料理の仕込みがメインのお仕事になってます。
でも私は、掃除を120%のスピードでやって、早く終わらせちゃいます。
だって、そうすると、キッチンでお料理の仕込みをしている、プルオ店長のお手伝いができるから。
そして、仕込みをしながら、二人っきりでおしゃべりをする。
それが、今、私の至福の時間なんですよ。
午後3時過ぎ。
お客さんは、ヒバリさんと、顔なじみの高校生グループが3組。
予定通り、急いで掃除をすませ、カウンターでの仕事も終えた私は、裏のキッチンに入って、プルオ店長をお手伝いします。
私が、キッチンに入ると、プルオ店長は、まだ眠そうな目で、ピザ生地をこねてます。
だけど、プル店長は、さっきまでのうす汚れた野良犬みたいな、プルオ店長じゃありません。
まるで、別人みたいにキリッとするんです。
そのギャップにも……ロリエ……ドッキュン……♪
整えた髭を少しだけ、あごと鼻の下に生やして、コンタクトに伊達メガネ《ドライアイなんです》
細く切れ長な目が、優しそうに垂れています。《眠たいだけ?》
プルオ店長は30代って聞いてたけど、正直年齢不詳な雰囲気です。
大人のようで、どこか子供っぽい。
そんな、ちょっとミステリアスな感じも、私の乙女心をくすぐられちゃってます。
まぁ、子どもの頃から、男の趣味が変だと言われ続けている私が言っても、説得力はゼロらしいけど……。
「プルオ店長、何かお手伝いする事ありますか?」
「ああ、ありがと。じゃあ河合は、今、火にかかってるピザソースが焦げないように混ぜててもらえるかな?」
「はい」
この『オハコ』は、ピザのソースや生地なんかも全部手作りしてます。
他の料理も、冷凍食品はなるべく使わずに、手作りをしてるから、味も見た目も良くて、お客さんに大人気なんです。
私は、オハコ特製のピザソースを混ぜながら、
「プルオ店長、昨日は誰と飲んでたんですか?」
「うん?昨日?……えっと……誰だったかな……?」
「えぇ?覚えてないんですか?」
「飲み始めた時は、スタッフ四人だったけど、後半は近所の店の人もいたからなぁ……誰がいたっけな?」
「どっかの飲み屋さんに行ったんですか?」
「いや、ここで飲んでたよ」
「ああ、いいなぁ……それなら電話してくれたら、私も来たのに……」
「最初は桐原が河合も呼ぶって言ってたけど……」
桐原 薫子さんは、私と同じ大学の3年生で、サークルの先輩なんです。
そして、このアルバイトを紹介してくれた人でもあるんですよ。
「え?…でも薫子さんから、連絡ありませんでしたよ?」
「そりゃそうだよ。だって、俺が呼ぶなって言ったからね」
「なんでですか?」
「俺は、今日の昼のシフトが俺と河合だって知ってたから。
もし、河合まで飲み過ぎて遅刻じゃ、お店開けられないから、ダメだって言って止めておいた」
「え〜、じゃあ最初から、プルオ店長は遅刻する気だったんですか?」
「うん」
「……プルオ店長……そんなハッキリと……躊躇がないですね……」
「聞かれたからさ」
「もう……普通は店長って役職の人は、遅刻なんかしたらダメなんじゃないですか?」
「そうだよ」
「わかってるんだ」
「そんなの、当たり前だよ」
「えぇ……それ、プルオ店長が言いますか……」
「言うさ。
だって今後、河合が大学を卒業して、どこかの会社に就職した時に、社会人は俺みたいに、いつも遅刻しててもいいんだって、
勘違いされちゃ、困るから。
それに河合は、真面目でよく働いてくれるから、きっと出世すると思うしね」
「え〜、エヘヘへ……そんなことないですよ〜」
「いや、きっとそうだよ。
河合は、アルバイトだからって、手を抜かずに、自分から積極的に仕事を覚えようとしてるだろ?」
「はい。何も知らないので、早く仕事覚えたいし……でも、それって普通のことじゃ……?」
「そんな事ないよ。
俺が、アルバイトだったら、時給がおんなじなんだから、頑張らないで、なるべく仕事の時間を延ばしたりとか、
責任がないんだから、てきとーにしよーって思うもん。ぜったい。」
ホント………プルオ店長……クズいなぁ……。
「だけど、河合はそんな事、しないだろ?」
「それは、まぁ……」
「だったら、河合は、きっと会社に入っても、自分から積極的に仕事に取り組むと思うんだ。
河合みたいに真面目で、しっかり者で、積極的で、そのうえ可愛い子が会社にいたら、
同僚達も負けてられないって思って、頑張るだろうから、相乗効果が生まれる。
そうなれば、会社の業績も上がるだろうから、その会社の幹部も、
河合を絶対に手放したくないって思って、出世させるはずだよ」
河合を手放したくない!?……やだ、録音したい!
「ほんとですか!?
プルオ店長、そんなに私の事を、評価しててくれたんですか?」
「うん」
「ありがとうございます!私、まだ一ヶ月の新人ですけど、もっと仕事を覚えて、頑張りますね!」
「うん、応援してるよ」
「はい、プルオ店長♪」
「じゃあ、せっかく河合がやる気になってくれてるなら、シフト……もっと入れてもいい?」
「はい!」
「じゃあ、新しいシフト、帰りに渡すわ」
「イエス・マイ・ロード!」
これで私のシフトは、週3から週4に変わりました。
その結果、プルオ店長の自由時間が増えたらしいです。
なんか、ズルイな……プルオ店長。
そういえば、プルオ店長は、口がうまいから気をつけろって、薫子さん言ってたような…。
もっと、違う形で私を騙くらかして、めちゃめちゃにして欲しいのに……ポッ……。
なーんつって!…でも……プルオ店長が褒めてくれたから、まぁいっか。
ズルくて、クズい、プルオ店長に私はなぜか、ほの字組です。