なんか寒すぎない?
「つか、寒すぎ!なんなの、わけわかんねー!」
気がついたら森の中に居た、そうとしか言いようがない。
会社の帰りの途中、歩きスマホをしつつネットで暇潰しをしていただけなのだ。
高架下の小さいトンネルをくぐって歩けば自宅まで一直線だ。
自宅では母ちゃんと父ちゃんが晩ご飯を用意してくれているはずなのに、いったい俺はどこにいるんだ?
確かにちょっとだけ、ほんの少しだけあまりにもとんでもなく恐ろしく長いトンネルだったような気がする。
トンネルの中を歩いている時、周りからなんとなくごちゃごちゃ言われていた気がする。
けれどスマホに夢中だったし、自分には関係ない事だと思っていたのでなにも考えずスマホの操作をしつつ1時間くらいトンネルの中を歩いてた気がする。
いや、本来このトンネルは通常1分かからずに通り抜けできるはずだし、いくらスマホに夢中だったからって鈍すぎじゃないだろうか。
誰だかよく解らない人が話しかけて来て、何かごちゃごちゃ言っていたけど、宗教の勧誘かと思って興味を示さず、スマホから目を離さないままその人に一瞥もくれずに、完全にガン無視した状態で歩いてしまった。
そのまま1時間近くも歩くなよって感じだ、誰かツッコミ入れてくれよ、はははははははは……。
周りは枯葉の多い針葉樹林が群生する深い森が広がっていた。
木々の間隔はやや狭く、どう考えてもこんな所は人が歩くような場所ではない。
これは完全に道から離れてしまっている、それにとても暗く周りの状況がよく見えない。
街灯の明かりが全く無い、スマホのライトを頼りに辺りを見回すしかないほどである。
極めつけにキツイのは何よりも寒い事だ、どうしてこんなに寒いのだろうか?。
………………いや!…そうだ!…おかしい!寒すぎる!今は夏だぞ!おかしいだろ!
なんか雪も吹雪出している!明らかにおかしい!
「おーい!こんなところで川端康成ってる場合じゃねえよ!ほんとマジでここ何処なんだよ!」
とりあえず状況を確認する為に仕方なくスマホのGeegloMAPを起動させた。
起動画面を表示すると、画面の真ん中でクルクルアイコンが読み込みを示すように回りだした。
と、思ったら読み込み失敗してエラーが表示された、GPS信号を受信できないらしい。
GPS信号を受信できない為、表示された地図は高架下に入る直前の場所でずっと読み込み中のまま止まっていた。
早々にアプリを閉じて現在時刻を確認する、丁度日付が切り替わった直後だった。
「明日も仕事は朝早ぇのに…帰って風呂に入ってすぐ寝たい…」
こんな状況ではどうも独り言が多くなっていけないなどと考えつつ、未だ健司は楽観的に構えていた。
それはそうである、万に一つもそれに思い至る結論を出すにはあまりにも現実的に考えて非常識な事なのだ。
流石の健司もそこまではっちゃけた夢見がちな年齢は当に過ぎている。
既にかなり非常識な状況に置かれているとしても、平和な日本で暮らしている健司にとって、危機は日常的に感じる事ではないのである。
健司は考える事より探す事を選んだ、未だ帰れる事を全くこれっぽっちも疑ってはいない。
しかしその後、何も手がかりが見つからないまま健司は歩いた道を行ったり来たりを繰り返すハメになるのであった。
-2時間後
「う、ううぅぅぅ…」ガタガタガタガタガタガタガタ
吹雪は遂に猛吹雪となって寒さが厳しくなり、それどころかもう既にホワイトアウトと言って差し支えない程の状況に陥っていた。
寒さのあまり携帯電話の電気が消えてしまった、体の震えは激しくなり、もはや止まるところを知らない。
暗くて何も見えない真っ暗な状態、木の根元で小さく縮こまっているだけではとても持ちそうにない、積もった雪をかき集めてなんとか壁を作る、少しでも風を凌ぐ事くらいしか思いつく事が出来なかった。
体の震えはただ寒いからというだけでは無い、暗くてろくに何も見えない恐怖も関係している。
無理もない事である、実はこの時、気温はマイナス30℃になろうとしていた。
-更に3時間経過
「はぁーー……、はぁーー……。」
手を自らの吐息で温める、そしてゴシゴシ体を強くさする、足踏みをわざと続ける。
吹雪は未だ健在だが既に降雪量は2メートルに到達していた。
直接当たる冷たい風を防ぐ事が出来るようになり雪の下に埋もれるようにして居場所を作った。
身体をゴシゴシさすり続ける事を決して止めず、常に身体を動かし続ける事だけを意識した。
何も見えないのだから耐えるしかないのだ、今を生きる事を優先し、後の事を考えるのは今すべき事では無い。
健司は体中を両手でさすり続けて摩擦熱を生み出し、体をしきりに動かして体温を維持するようにして意識を辛うじて繋ぎ止めていた。
-そして更に3時間経過
雪は既に3メートルを超えていた。
埋もれる危険もある為、雪壁を崩し足元を踏み固める、また雪壁を崩しまた足元を踏み固める、それを繰り返す事で足場を雪でかさ上げしながら積もった雪の上の方に登るよう心がけた。
出ようと思えば出れるようにだけはしておく、寒さでむき出しの腕は初めは赤かったが、おそらく既に赤黒くなっているはずだ、手を触れている感覚が鈍い、麻痺しつつあるのだ。
真っ暗で何も見えない状態では凍傷が心配になっても状態を確認できない、仕方なく健司は満遍なく身体中を摩擦熱と細かな運動で体温を維持するしかなかった。必死に体温を維持する様に心がける事で最悪な事態だけは避けるようにした。
時刻は午前8時前後、一晩中健司を苦しめた吹雪は収まりつつあった。
同時にわずかに明るく見え始める、指先は血流が心配になる赤黒い色になっている。
幸いにも壊死するほどでは無いようだ、このままでは良くないので指先を脇に挟みしばらく温めることにした。
次第に指先に痺れるような痛みを感じるようになった、未だ指先は真っ赤だが血流は回復したようだった。
いつまでもこうしてはいられない、吹雪が収まったのならば行動あるのみである。
ただでさえ仕事帰りにも関わらず、一晩中体温維持の為に動き続けて寒さに耐えた為に体力をかなり消耗していた。
健司がまだ耐えられるのは、昼食にかなり高カロリーなファーストフードを摂っていた事も今回は救いとなっていた。
しかし、それでも非常に全身がだるい。
このキツイ眠気をどうにかしなければならなかった。
そこで健司が考えたのはしゃがんで寝るという手段だ、地面は雪である為座る事も寝転ぶ事もできない。
いや、流石にこんな所で完全に寝てしまっては非常に危険であることは健司とて自覚していて言うまでもない事だ。
しかし寝方を変えれば話は別だ、目を閉じ足を開きビジネスバックを挟んで木に寄りかかる、体は寝てしまおうとするがその都度バランスを崩しそうになる、すると自然と少し目が覚めてしまい深い眠りが取れないのだ、この状態を維持する。
この寝方なら深い眠りに入る事は出来ない、浅い眠りとなってしまうが、ひとまず睡眠不足と判断力を一時的に回復する為には浅い睡眠を維持する事でこの場をしのぐしかなかった。
-そこから更に3時間後
ふと、目が覚めた。
少々強引な休息方法だが完全に深く眠ってしまうよりはいいだろう、眠気はそこそこ収まっていた。
しかし身体はだいぶ冷えてしまった。
硬くなった筋肉を無理矢理ほぐし大きく伸びをする、足踏みと身体中をさする事で体温を再び上昇させる。
自覚が無かったが寒さで体温が下がっていた影響か視野が狭まっていたようだ、体温が上昇すると視野が再び広く回復していった、なんだかんだでなかなか体温が危険な状態だったようだ。
体温の上昇に伴って全身に痺れと痒みが襲った、全身の血流がしっかりと回復している証拠だ、少々かゆいを通り越して痛みを伴うが我慢して体温の上昇を優先させる為にしっかりと準備運動をする。
さあ、探索再開だ。
ここまできて健司はもう自覚していた、既に普通の状況では無い事を。