2日目/午前 –––初めての普通の朝。
「なぁ、魔王さまさま。あなたはあと2ヶ月の間に普通が知りたいんですよね?」
目の前にいるアスタが、唐突にそんな事を聞いてきた。俺も素直に応えている。
「あぁ、そうだ。その通りだ」
「なら、俺の話を聞くしかないんですよね?」
「残念ながら、そうなるな」
「ふぅん、そっかぁ」
少し考えたように上を見上げていたかと思うと、急にこっちを向いてきてニッコリ微笑んだ。
「……あのね、普通の人は悪魔の肉を食べるんだ。だからさぁ–––」
いつの間にかアスタの手にはナイフとフォークが握られており、俺の事を上から見下ろしていた。よく見ればお皿の上に俺は野菜と一緒にいた。そして悪魔の如き笑みを浮かべて–––
『––––食べてもいい? お肉さまさま』
***
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」
悲鳴をあげながら勢いよく飛び起きる。体を起こしてから20秒ほど放心状態になり、そこから10秒かけて今まで見ていたのは夢だったのだと理解した。
嫌な汗が額を流れてつたう。……寝起き最悪。
「ふわぁ……騒々しいですね。朝っぱらから何やってるんですか?」
「あ……いや、最高に最悪な悪夢を見たんだ。すまなかった」
「まぁいいですけど……ふわぁ」
起きたばかりであろうアスタの頭は爆発していて、あの金色の最強の戦士を思い浮かばずにはいられなかった。随分とあくびをしているが、床で寝た俺とは違ってフカフカのベットでぐっすりと寝ていたことだろう。
いや、羨ましいとか思ってないけどな? 初めて床で寝たから身体の節々が痛いとか、そんな事は全くないけどな?
「とにかく、朝ごはんにでもしますか。魔王さまさまは普段何を食べているんですか?」
「……野菜とか果物とか魚とか肉」
「随分とアバウトですね。いいですか? 普通の人はそんなに豪勢なモノは、特別な日以外食べません。基本は質素なものが多いです。というわけで今日は……これかな」
目元を擦りながら棚を漁っていたアスタは、何かを掴んでぽいっと俺の方に大きめの缶詰を3つ投げてきた。
「トリュフとフォアグラとキャビアでいきましょう」
「質素の基準が分からねぇ!」
俺は腕の中にある3つの空き缶を見て叫んだ。人間は三大珍味を質素だと言うのか⁉︎ 三大珍味を食べるのが普通なのか⁉︎ さすがにこれは理解不能だ!
「何言ってんですか。ちゃんと話聞いてました? 特別な日だから豪勢なものを出すんですよ。魔王さまさまが初めて俺の家に来た記念に、もったいないけれど三大珍味を食べるわけです。オーケー?」
「もったいないっつーのは余計だけど、まぁ、ありがとう」
まさか、そんな風に考えてくれていたなんて–––と考えたが、三大珍味の缶詰を出した棚の奥には、まだまだ大量の珍味缶詰めが見えたことから、別に特別なことじゃないんだろうと考え直した。
アスタはまた違う棚から木の皿とスプーンを2つずつ取るとそれを机の上に並べ、空き缶を開けて、のんびりさらに分け始めた。
「–––はい、どうぞ。こんぐらいで足りますよね?」
そう言って三大珍味のよそられた皿をスプーンとともに差し出した–––んだけど、
「……なぁ、これはちょっと……」
「ん? どうしました?」
何のことか分からないと首を傾げるアスタの目の前には、三大珍味がこんもりとよそられた皿があった。大して俺は……皿の底が見えるほど少ない。
これはさすがにヒド過ぎる。
「さすがに酷すぎねぇか?」
思ったことをそのまま口に出すと、またもやアスタは首を傾げた。
「何がですか? 魔王さまさまはずっと豪華なお食事を食べていらっしゃったんでしょう? ならば今まで豪華なものを食べてきた分、今日からはほんの少しの食事で頑張ってください。では、いただきます」
俺の意見を正論(のように聞こえるだけか?)で弾き飛ばして、そのまま料理を食べ始めた。
うわ、なんか虚しいなぁ……。
黙って少ない珍味を少しずつスプーンですくって口に運んだ。
「………」
「………」
「………」
「………何黙ってるんですか。いつも通りのバカテンションで喋ってくださいよ」
「食事中に喋っちゃいけないだろう? ……もしかして違うのか?」
「いや間違ってませんけど、でも食事は楽しいほうがいいでしょう。なので、何か喋ってください」
「そ、そうか? じゃあ……これから、俺は何をするんだ?」
「それは話じゃなくて質問じゃないですか。まぁ、答えてあげますけど」
山盛りに積んであった三大珍味の半分をすでに食べてしまったアスタは、頬杖をついてスプーンを振り回しながら言った–––やる気なさそうに、言った。
「今日は普通の買い物を教えましょう。魔王さまさまは買い物なんて行ったことないですよね? なので、今回はそのゴツい体を有効活用させてもらいます」
「へぇ。それは楽しみだな」
「ならば光栄です。さて、俺はもうお腹いっぱいなので、あとは全部あなたにあげます。ごちそうさま」
そう言って、まだ珍味が残っている皿を俺の方に押し出してきた。そしてそのまま、スプーンを咥えて何も言わずに部屋に戻ってしまった。
……アスタ。今初めてお前の事をいい奴だと思ったよ。
残りものというのはさておき、悪魔みたいなアスタにもこんな可愛げのあるところがあったなんて–––やべ、泣きそう。今のアスタがやった事が普通だというのなら、普通を知りたい俺はここで感動すべきじゃないかもしれない。けどやっぱり、喜ぶのは悪いことじゃないよな。
心の中で号泣しながら、人間にとっては普通である三大珍味をじっくりと味わって食べた。