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第九章 迷宮のラビリンス

 カティス城は炎上していた。まるで落陽を背景としたように、漆黒の闇の中に城のシルエットが浮かび上がってみえる。

 カティス王国の若き騎士――エルメスは時折、カティス城を見つめながら、足早に駆け出していた。ふいに、その腕が小さな手によってきつくつかまれた。見ると、茶色の髪の幼い少年が不安そうに彼を見上げたまま、その腕をつかんでいた。その時になって、初めてエルメスは自分が泣いていることに気づいた。

「大丈夫です、ディーン様。 あなたには私がついております。 私が必ずお護り致します。 だから、大丈夫です」

 エルメスは片膝をついて、低頭すると呪文のように繰り返した。

 ディーンが小さく頷くと、エルメスは立ち上がり、傍らで控えていた赤い髪の少女の方を振り返った。名将をわれていたグルド将軍の娘であり、ディーンとともに破壊神デリトロスの使い手となったメイベル=デューテだ。

「行くぞ、メイベル。 塔まではまだ遠い」

「ええ! 分かっているわ!」

 きっぱりとメイベルは言い切った。

「そうか」

 エルメスはそれだけを言った。






「作戦を説明させて頂きます」

 エルメスは大聖堂の舞台の壇上に立つとそう切り出した。

「作戦?」

 ソランが聞き返すと、エルメスは頷いた。

「混沌神ハデスであるフランネル=ミュゼットとその使い手達はセルフィナ大陸だけでは飽き足らず、残る大陸にも迫ってきています。 各国の軍勢がこれに対抗しようとしていますが、『キードロップ』の使い手ではない彼らだけでは恐らく無駄に終わることとなるでしょう。 だが、我々としてもただ手をこまねいてこの戦いを傍観しているというわけにはいきません」

「『キードロップ』の使い手である私達しか、彼らに対抗できないしね」

「そのとおりです」

 メイベルの言葉に、エルメスは強く頷いた。

「各大陸を攻めているおかげで、フラン達は今、別々に行動しています。 その隙をつくしか、我々に勝算はないと言っていいでしょう」

 壁にかけ、広げた地図で作戦の説明をしながら、エルメスはソラン達に言った。

「まず、私とメイベルの二人、そしてカナリア様と僧兵部隊で、アトス大陸にいるエリスリートをひきつけます。 グレムリンア大陸にいるエルシオンはデュークさんとバルレルさんに、そして、肝心のセルフィナ大陸にいる、混沌神ハデスであるフランネル=ミュゼットには、申し訳ないのですが、ディーン様とソランさん、お二人で当たってもらうこととなります」

「何故、その二人なんだ? 少なくとも、俺とソラン、そしてバルレルの三人で今まで戦ってきたのだから、その三人で当たった方がよいのではないのか?」

 デュークがエルメスの提案に異を唱えた。

エルメスはすぐにデュークに対して頷き返し、そしてそれに答えた。

「混沌神ハデスであるフランネル=ミュゼットに今までまともに対抗できていたのは、ディーン様、お一人です。 それゆえの判断です。 では勇者デューク、逆にお聞きしますが、あなた方の中であのフランネル=ミュゼットと戦える者がいますか?」

「それは…‥…‥」

デュークはうつむいた。

そんな者はいない。

いるはずもない。

それはソラン達の誰もが肌で感じている、完全な事実だった。

何しろ、彼らより劣るはずのエルシオンの攻撃でさえ、ソラン達は誰一人、見えなかったのだ。

「あ、あの―」

 広間に緊張した声が響いた。

「何で、ソランさんとディーン王子様の組み合わせなんですか? それにどうして、僕達があのエルシオンと戦うことになっているんですか? さすがに勝てないんじゃ…‥…‥」

 バルレルは緊張した面持ちでそう告げた。

「彼は覇王ラウレスよ。 彼がそばにいることで、その使い手はその力を最大限に発揮できるの」

と、これはメイベルの言葉だ。

エルメスは頷くと、話を続けた。

「君と勇者デュークを、エルシオンに当てたのには理由がある」

「そ、それって…‥…‥?」

 思わず、ソランが聞くと、エルメスは頷き、切り出した。

「君が、魔道具を造り出した職人の孫だからだ」

「えっ!? どうしてそれを!」

 バルレルは動揺して、エルメスに詰め寄った。

「ど、どういうことですの?」

 すかさず、モアナが聞いた。

 モアナにそう聞かれると、バルレルは気まずい表情で大きく肩で溜息をついた。

「…‥…‥あ、うん。 …‥…‥実は、僕は魔道具を造り出した職人の孫なんだ…‥…‥」

「えっ? それなら、あの時、バルレルさんならアミュレットを造れたのではないのですか?」

 モアナの疑問に、バルレルは力なく、首を横に振った。

「…‥…‥いや、できないよ。 だいたい、僕が物心ついた頃にはすでに家族はなく、ずっと親戚の家で暮らしていたんだ。 だから、そういう魔道具を造ったりする技術なんて教わったこともない」

バルレルはそう言って自嘲した。

 ソラン達は驚いて、バルレルの顔を見ていた。

 エルメスはバルレルを見据えると言った。

「だが、君の祖父はとんでもない魔道具を君に残しているはずだ。 いくつかの魔道具はフエリセーナ帝国で売り払っていたようだが、その魔道具だけはまだ残っているとみるが?」

「えっ? どうしてそのことを?」

 エルメスとバルレルの視線が空中でぶつかった。

 どこで、そんな情報を聞いたんだろう?

 僕が魔道具を造り出した職人の孫だということ、そして、とんでもない魔道具を託されているということを、彼はどこで知ったのだろう? そのことを知っているのは、せいぜい僕の故郷の国の人達くらいなのに…‥…‥。

 バルレルは信じられない思いでエルメスを見た。

 バルレルの疑問を無視して、エルメスがつぶやいた。

「その様子だと、まだ持っているようだな」

「…‥…‥う、うん。 一応…‥…‥」

 と言って、バルレルは溜息をついた。そして表情を改めた。

「でも、今は持っていないよ。 故郷の国に置いてきたから」

「そうか。 ならば、取りに行かせよう」

 なんてことでもないように、エルメスは淡々とそう告げた。そして、近くに控えていた僧兵の一人に言付ける。

 ソランは思わず、モアナと顔を見合わせた。

 エルメスさんには、隠し事とかは絶対にできそうもないな。

 その様子を見て、ソランはしみじみとそう思った。

 デュークは顎に手を当て考え込む顔になった。

「で、そのとんでもない魔道具というのは使えるのか?」

「ええ! もちろん!」

 メイベルは笑顔でそう答えた。






 その夜、ジルカの町の大聖堂を出たソランは一人、何の当てもなく海岸沿いの道沿いを歩いていた。

 夜の海は静かにないでいた。

 またたく星と波の区別がつかないほど、空と海は寄り添っている。海上にかかる橋は緩やかなカーブを描き、街灯の光を柔らかく受け止めていた。 ソランは手すりにもたれかかると、月に照らされた雲が動いていくのをぼんやりと眺めていた。ふうっ、と無意識のうちに溜息を漏らす。 

「どうかしたのか?」

 物思いにふけっていたソランに、誰かが声をかけてきた。

 振り返ると、目の前にはディーンの姿があった。

「…‥…‥あっ、その、考え事をしていたんです」

 と、正直にソランは答えた。

「考え事? 明日からの戦いのことか?」

「…‥…‥そんなところです」

 嘘だった。

 ソランが月明かりの中で考えていたことは、自分自身のこと――魔帝の一人である覇王ラウレスについてだった。時間が経つにつれ、ソランの不安がまた甦ってきてしまったのだ。

ソランはいまだに、自分が魔帝の一人である覇王ラウレスだということを実感できていなかった。

もし本当にそうだとしたら…‥…‥。

ソランはハッとして顔を上げた。

また覇王ラウレスとして覚醒してしまったら、魔神メフィストや混沌神ハデスのように、真の力を取り戻そうとしてみんなを傷つけてしまうかもしれない…‥…‥。

 ソランはそれが怖かった。

「不安なのか?」

「――えっ?」

 ソランの横の手すりにもたれかかったディーンが、まるで心を見透かしたようなことを言った。

「な、何がですか?」

「…‥…‥不安なんだろう? 覇王ラウレスとして覚醒した自分が、みんなを傷つけてしまうかもしれないって」

 まるで、ではなかった。ディーンは正確にソランの心を見抜いている。

「実はさ」

 動揺するソランに、かすかに微笑みながらディーンは言った。

「俺も怖いんだ」

「ま、ま、ま、ま」

 まさかディーン王子も魔帝の一人なんですか、と言おうとしたが、焦りでソランの口はうまく回らない。

「違う。 俺は魔帝の一人じゃない」

「本当ですか?」

「ああ」

「本当に本当ですか?」

「本当に本当に本当さ! 第一、魔帝と呼ばれる者は、魔神メフィスト、破壊神デリトロス、邪神グラース、覇王ラウレス、そして混沌神ハデスの五人しかいない!」

「そ、そうなんですか」

 そこまで言われて、ソランはやっと胸をなでおろした。

 ところが安堵したばかりのそのソランを、再び動揺させるようなことをディーンは言った。

「心配しなくてもいいんじゃないか?」

「ど、どうしてですか?」

 ソランは驚いた。

現にルミナスの町で覇王ラウレスとして覚醒した時に、自分の意思とは裏腹にモアナを――みんなを傷つけようとしていた。次にまた覚醒してしまったら、今度はみんなを傷つけてしまうかもしれない。

ディーンは真剣な眼差しでソランに言った。

「ソランの場合、あの時、覇王ラウレスに覚醒したきっかけで一時的に力が戻っただけだと思う」

「そうなんですか」

 意外な言葉に、ソランは驚いた。

 ああ、と満足げに頷いてから、ディーンは話を続けた。

「それに悪いけれど、フランを倒すのは俺の役目だからな!」

「えっ?」

 とソランは声を上げてしまった。

 ディーンは力強くソランの両肩に手を置き、そして言った。

「だから、心配するな! ソランが魔帝として目覚めることは――、真の力を取り戻したりすることは絶対にない!」

 ソランはぽかんと口を開いた。

ソランの不安はまさにディーンが口にした通りのことだった。

 ディーンは笑顔を浮かべて夜空を仰いだ。

「…‥…‥実は言うと、俺も怖いんだ」

 ソランは驚いて、まじまじとディーンを見た。

ディーンはソランの戸惑いなんて関係ないようで続けざまに言った。

「祖国の期待に応えられるかどうか…‥…‥」

「祖国って、カティス王国の?」

「ああ」

 ソランに問われて、ディーンはかすかに笑った。

「最初に出会った時、俺とフランの戦いを見て驚いただろう?」

 ソランは黙って頷いた。

「俺にはいや、カティス王家の者には不思議な能力があるんだ。 だからだと思う。 俺は他の使い手より強力な力を使うことができる」

 ソランは意味が分からず、問いかける視線をディーンに送った。

 頷きながら、ディーンが答える。

「詳しいことは話せない。 でも、カティス王国が襲われたのはそのことが原因なんだ」

 その結果、ディーン達はすべて失った。家族も故郷も何もかもすべて。

「そうなんですか…‥…‥」

 ソランが考え込むように唸る。

その様子を見て、ディーンは目を細めた。

 自分の力は魔帝を滅ぼす力だと言われた。だからこそ、自分が魔帝を滅ぼさなければいけない。

 ディーンは幼い頃から、そう教わって育ってきた。

 だが、とディーンはソランを見る。

 魔帝である前に、ソランは仲間だ。俺は仲間を決して傷つけさせない。だからこそ、魔帝として真の力を取り戻させない。

例え、もし真の力を取り戻して覇王ラウレスとして覚醒してしまっても、彼の妹であるモアナがしたように元に戻してやればいい。付き合いは短くても、俺は仲間を信じているから。信じたいから。

 自分は甘いのだろうか?

理想主義者なのだろうか?

ディーンは自問する。だが、すぐに首を振って、まっすぐに夜の海を見つめた。

 自分の信じる道を進めばいい。

 そうさ、俺は一人じゃない。

すぐそばに、信じられる仲間がいるのだから。

 ディーンにはその決断に何の迷いもなかった。最もこの場に、エルメスがいたとしたら何か異論を唱えるかもしれないが。

「ディーン王子は強いんですね…‥…‥」

「ん?」

 ディーンが顔を上げると、ソランと視線が合った。

「俺が同じ立場だったら、きっと同じ魔帝である俺のことを恨んでしまうのに…‥…‥」

思わずソランがそう言うと、ディーンは笑って肩を叩いてきた。

「そんなことないさ! それにもし俺が強くなったとしたのなら、それはみんなのおかげだから…‥…‥」

「俺も、俺も強くなれるかな…‥…‥」

 ソランが溜息混じりにそう漏らすと、ディーンはきっぱりとこう言った。

「なれるさ! ソランなら!」

「…‥…‥はい、ありがとうございます」

「それとさっきからずっと思っていたんだけど、普通にディーンって呼んでくれていいよ!」

「い、いや、それはさすがにまずいでしょう…‥…‥」

 言い合って、ソランとディーンはしばらくの間、見つめ合った。

 先に笑ったのはディーンだった。

 それにつられて、ソランも軽く吹いてしまう。

「まあ、とにかく、これからよろしくな、ソラン」

 笑いながら、ディーンはそう言った。その笑顔を見ていると、ソランの不安や迷いが、すべて吹き飛んでしまうような気持ちになった。

 だからソランも、表情も引き締め、ディーンに答えた。

「はい、よろしくお願いします!」






 話を終え、ディーンはソランのもとから去っていった。

 ソランはディーンから聞いた話を頭の奥で反芻しながら、また空に浮かぶ月と星を見上げていた。

人にはいろいろと事情や思いがあるものだ。

 感慨にふけるソランの耳に、突然、誰かの足音が聞こえてきた。

 ディーン王子が戻ってきたのだろうか?

「どうかしたんですか?」

 ソランはそう言いながら振り向いた。だが、そこにいたのはディーンではなかった。

そこには、銀色の髪を無造作にふたつに結んでいる少女が立っていた。

「モアナ、どうかしたのか?」

「あの、ですね。 お兄様」

 モアナにしてはぎこちない態度だった。モアナは言いにくそうに口をもごもごして、何かを言いかけてはまた口を閉じてしまう。普段の彼女とは思えない姿だった。

 ソランは首を傾げながらも、もう一度、同じ言葉を口にした。

「どうかしたのか?」

「あの、お兄様に約束してほしいことがあるのですわ」

 モアナは手すりを掴むと、眼下の海を覗き込んだ。

「約束?」

「お兄様が覇王ラウレスとして覚醒してしまっても、私のそばからいなくならないでほしいですの!」

「うーん。 いきなり、そう言われても…‥…‥」

「…‥…‥もう、お兄様!」

 モアナはたまらなくなって、ソランに体ごと向き直る。

「お兄様は私と離れ離れになってもいいのですか? お兄様にとって、私は――私達は結局…‥…‥」

「モアナ! そういうわけじゃ…‥…‥」

 言い訳をしようと慌てるソランの胸に、モアナが飛び込んできた。

「お兄様、どこにも行かないでほしいですわ…‥…‥」

 モアナはソランにしがみつき、泣きじゃくった。

「モ、モアナっ!?」

 驚き、ソランはモアナを呼んだ。だが、モアナは何も答えず、ソランの胸の中で泣き続けていた。ソランも特に言うべきことが思いつかなかったので、そのままずっと黙っていた。

「…‥…‥俺は、俺はどこにも行かない!」

 だいぶ間があってから、ソランが刻みつけるようにそう伝えた。

「…‥…‥本当ですの?」

 ゆっくりとモアナが顔を上げる。

「ああ、約束する! だから、心配するな! 俺はここにい――」

 る、と言わないうちに、ソランの唇は塞がれた。ソランの瞳が大きく開かれる。

 やがて、ソランから離れたモアナの瞳に寄り添う月が映った。


「お兄様、私もお兄様の使い手にしてほしいですわ」

 歌うようにモアナが言う。

「えっ?」

「そしたら、いつでも会える気がするのに」

「…‥…‥モアナ」

「でも、私には『キードロップ』の力はないですもの」

 言ってみただけというように、モアナは肩をすくめた。

「――約束しただろう」

「えっ?」

 モアナは驚いて、ソランの顔を見た。

「俺はどこにも行かないって! 俺は魔帝の一人である覇王ラウレスかもしれないけれど、それと同時にモアナのお兄ちゃんなんだから約束する。 例え、覇王ラウレスとして覚醒してしまっても、存在し続ける限り、ずっとモアナのことを想い続けるよ」

「お兄様…‥…‥」

「いつかモアナが大人になって、俺のことを忘れてしまっても」

「…‥…‥そんなことないですわ!」

 モアナは強く言ってしまってから、

「…‥…‥だって、私が好きな人は後にも先にも…‥…‥お兄様だけですもの…‥…‥」

 と、口の中でつぶやいた。

 刻々と夜明けの時刻が近づいていた。

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