第六章 モアナの想い
「完敗・・・・・だな」
あの戦いから、すでに一時間が経っていた。ジルカの町にある小さな宿屋の二階の一室の古びた窓をこじ開けると、空を見上げてデュークがつぶやいた。その言葉はすべてを物語っていた。
初めての魔神の使い手との戦い。半壊してしまったジルカの町。そして先走ったというのに結局、何も出来なかった自分。
ソランは振り返り、窓からジルカの町を見下ろした。
リシアの村のような惨状ではないとはいえ、炎に包まれ、崩れ落ちていったと思われる家屋と半壊した広場が目に映った。
ぽつりと、ソランはつぶやいた。
「結局、俺は何もできなかったんだな・・・・・」
ソランはバルレルを見た。
バルレルはアトリとともに、今後のことについて話しあっていた。その様子をモアナがベットに腰かけて見つめている。
もし、バルレルさん達が来なかったら、今頃俺達はどうなっていたのか分からない。
もしかしたら、あのまま、やられていたのかもしれない。
ソランはアトリの言葉を半復した。
『この騒ぎ、恐らくは魔神の使い手の仕業だろう。 貴様一人、行ってどうにかなる相手ではない。 それよりも一刻も早く塔を見つけるのが先決だ』
アトリちゃんの言うとおりだった。俺一人の力でどうにかなる相手じゃなかった。その事実は、切り裂かれるように胸が痛かった。
でも、だからこそあの時、俺は自分自身に誓ったんだ。
例え、今はまだ弱音を吐いてしまうような未熟な自分だとしても、いつかモアナの期待に応えられるような勇者になりたい。そして、デュークのように、みんなを護れるような勇者になりたい、と。
不意に、モアナがバルレルに訊いた。
「あの時、デュークさんに出した剣のように、私にも何か武器を出したりとかはできないのですか?」
「それはできないよ」
と、バルレルは答えた。
「僕の『イメージしたものを変換する能力』は、せいぜい二種類のものを現出させるのが精一杯なんだ・・・・・。 例えば、デュークさんの剣を現出させる力と最初に出会った時に使っていた炎を現出させる力、これだけしかできなかったりするんだよな・・・・・」
「つまり、貴様の力は使えそうで、ここぞという時に使えぬ力ということだな」
「・・・・・うっ!」
アトリに指摘されて、バルレルは言葉を詰まらせてしまう。
「そうですの・・・・・」
モアナはそれを訊くと、神妙な表情で話し始めた。
「もし、できるのでしたら、私もお兄様の役に立てると思ったのですが・・・・・」
「なんだ、貴様? もしかして全く役に立っていないことを気にしていたのか?」
「・・・・・・・・・・っ」
アトリが意味ありげに訊くと、モアナは気まずそうにうつむいた。
図星だった。今回の戦いでも、結局はソランに護られるかたちで自分は自分の身を守ることさえもできなかった。だから、ソランのそばにいたいと思うのなら、せめて彼の負担にはならないように自分自身は自分で守れるようにしたいと思ったのだ。
もっとも、そう訊いたアトリちゃんもいまいち役に立っていないじゃないか、とバルレルは思ったのだが、それは言葉にはしない方がいいと今までの経験で感じ取っていた。
突然、アトリの顔に、うまいイタズラが浮かんだわんぱく坊主のような笑みが閃いた。
「うむ。 なら、今日中に貴様の兄の能力でも突き止めてみろ? バルレルの能力はあっさりと奴らに解明されてしまったが、肝心の貴様の兄の能力については何も言ってこなかったからな!」
「・・・・・・・・・・」
モアナはうつむき、何も答えなかった。
アトリはモアナが浮かべたすごく切なそうな表情を見て、ふふんと笑った。
「なんだ? それとも貴様、自信がないのか?」
「そんなことないですわ!」
モアナは顔を上げると、キッとアトリを睨みつけた。だが、すぐに言葉を濁らせる。
「・・・・・ただ、私は」
モアナの不安に答えるように、アトリが猫なで声で言った。
「・・・・・もし、貴様が貴様の兄であるソランの能力を解明できたのなら、何のとりえのない貴様にも身を護れるようなアミュレットくらいは渡してやろうではないかと言っているのだ! ・・・・・バルレルがな!」
当然、その言葉に思いっきり反応したのはバルレルだ。
「――って、ぼ、僕っ!? そんなの、持っていないって!」
「持っていないのなら、探してくればよかろう!」
「分かりましたわ! お兄様の能力は私が必ず解明してみせますわ!」
戸惑うバルレルをよそに、モアナが新たに決意表明してみせた。
両手を左右にじたばた振って、バルレルは全身全霊の力を込め、激しく抗議した。
「だから、ちょっと待ってって!? アミュレットって、かなりレアな魔道具で――」
「諦めるのだな、バルレル。 貴様には、今日一日でアミュレットを探してきてもらおう! もちろん、探して来れなかった時のことは分かっているだろうな?」
「きょ、今日一日っ!?」
バルレルはがくっと膝から崩れ落ちた。
ああ、火に油を注ぐ結果となってしまった。
今日一日なんて、絶対に無理だ。
だけど、もし見つけて来れなかった時はアトリちゃんのことだ。
バルレルが持っているフエリセーナ帝国で売っていた商売品、それらを全てを売ってでも探してこいとか言われるに決まっている。いや、もしかしたら、知らないうちに全て質屋の中に売り払われてしまうとか――!?
いや、それよりもフエリセーナ帝国――いや世界中に誘拐犯として指名手配されてしまうのでは――!?
そんなことになったら、牢獄行きは確実――!?!?
絶望にうちひしがれ、首をぶんぶん振る気力さえも失ったバルレルを救い出してくれたのは、デュークだった。
「アミュレットなら、以前、ここからそう遠くない町で見たことがある」
「ほ、本当ですか!?」
ガバッ!! とバルレルは立ち上がった。
「ああ。 昔の話だが、恐らく今もあるだろう」
「よ、よし、行こう! いや、行きましょう、デュークさん!! 急がないと今日中に間に合わなくなってしまう! その町はどちらです? こっち? それともあっち? さあ、早く!!」
バルレルさん・・・・・。
よほど、アトリちゃんに弱みを握られているんですね・・・・・。
ソランはしみじみと思うのだった。
「――バースト・ソウル!!」
何度目かのソランの叫び声がした。
ジルカの町の宿屋でのドタバタ劇のあと、ソランとモアナはジルカの町の門の近くまでやってきていた。
時刻はもう夜だった。空を見上げても夕暮れの太陽は見当たらず、そのかわり十六夜の月がソラン達の営みを見下ろしていた。
ソランが訊いた。
「何か、分かりそうか? モアナ」
「・・・・・だめですわ」
モアナは即答した。
「そうか・・・・・」
深い溜息をついたソランに、モアナは言った。
「だけど、お兄様の力が炎と氷、風に土、と二つの属性を合わせる能力なのは間違いありませんわ! ただ、それだけではない肝心なところが分からなくて・・・・・」
ソランは溜息まじりにつぶやいた。
「二つの属性を合わせるか・・・・・。 でも炎に氷、風に土って、それぞれが相反する能力だよな。 よくお互いがお互いを消滅させないな」
「相反する力・・・・・、消滅させる・・・・・」
モアナはハッとしてソランの言葉を半復する。そして喜々として叫んだ。
「それですわ! お兄様!」
「ど、どういうことなんだ・・・・・?」
突然のことに、ソランは困惑した表情で訊いた。
「お兄様の能力は二つの属性を合わせる能力なのですわ! それなのに、相反する属性を合わせるのはおかしいと思っていましたの。 だけど、お兄様の言葉で確信しましたわ! お兄様の能力は二つの属性を合わせる能力、そして消滅させる能力なのですわ!」
「消滅させる能力?」
ソランは目を伏せて答えた。
何故なら、全く意味が分からなかったからだ。
混乱気味のソランを尻目に、モアナがさらに得意げに続けた。
「そうですわ! お兄様には武器などに二つの属性を合わせて攻撃する力と、相手の能力の効果を消し去る力があるのですの! つまり、例えば、あのグリフォンの分身体を生み出していたエリスリートに対して攻撃を加えたら、あのグリフォン達も『キードロップ』の効果がなくなってすべて消滅してしまうのですわ!」
「・・・・・えっ!? それってかなり使える能力なんじゃ・・・・・!」
モアナの説明に、ソランは感心したように頷いた。
「ええ」と、モアナが満面の笑顔で言葉を続ける。
「そうですわ! お兄様、大活躍ですわ!」
「そうかな」
ソランも嬉しそうに相打ちをうつ。だが、すぐに神妙な顔で考え込み始めた。
「――って、よく考えたら、彼女に近づくのはかなり難しそうな気が・・・・・」
「そこは、お兄様の腕の見せどころですわ!」
「そ、そう言われても・・・・・」
「・・・・・おい、貴様ら」
ジルカの町の門前で言い争いになりかけていたソラン達は、突如、聞こえてきた第三の声に固まった。ぎこちない動きで後ろを見る。案の定、アトリが立っていた。
「非常事態だ!」
「あ、アトリちゃん! どうしてここに・・・・・?」
ソランがそう訊いた次の瞬間、どこからともなく、ゴゴゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が響いた。
慌てるソラン達。対照的にアトリの方は落ち着き払った態度で言った。
「バルレル達が向かった町で突然、謎の塔が現れたらしい! 今は魔神の使い手と破壊神の使い手が戦っているとのことだ! すぐに向かうぞ!」
アトリは不適な笑みを浮かべ、ソラン達を見つめていた。口元は笑っていたが、目は全く笑っていない。彼女はずかずかとモアナの前に立つと、斜め下からモアナの顔をねめあげた。
「・・・・・どうやら、貴様の兄の能力は解明できたようだな」
「もちろんですわ!」
アトリはモアナを見て、少し満足そうに言った。
「だが、安心するなよ。 我々の戦いはまだ始まったばかりだ。 我はいささか出遅れているのかもしれんが、これから取り返せばよい。 我の『キードロップ』の使い手の能力も、これでようやくはっきりしたのだからな」
ソランは塔のことで、ひとつ気になっていたことを訊ねてみることにした。
「ところで、その塔のことだけど・・・・・」
「うむ?」
「どうやって、アトリちゃんはバルレルさんが向かった町に塔が現れたってことを知ったんだ?」
「簡単なことだ。 その町から逃げ延びてきた連中が口々にそう叫んでいた、それだけのことだ」
「そうなんだ・・・・・」
あんまりにもあっさりとした返答に、ソランにはもうひとつ気になることができたので再び、訊ねてみることにした。
「じゃあ、バルレルさんとデュークさんが向かった町ってどこなんですか?」
「確か、ルミナスの町とか言っていたな。 あとは知らん」
「・・・・・・・・・・え?」
ソランが言葉を発するまでに、しばらくの時間がかかってしまった。
「・・・・・い、行った場所のことを知らないんですかっ!?」
「だから、なんだ? 場所など、その町から逃げ延びてきた連中を問い詰めればよかろう!」
「・・・・・い、いや、確かにそうかもしれないですけれど、その、急いでいたんじゃなかったんですか・・・・?」
ソランの言葉に、アトリは不快げに眉根を寄せた。
「何を言うか! これから急いでいけばいいのだ!! 我が少し遅れたとしても、我の塔の確保はすでに決定事項なのだ!!」
吠えまくるアトリの姿を横目で見ながら、ソランは軽く嘆息した。
確か、ジルカの町でも同じようなことを言っていたよな・・・・・。
邪神グラースがいまだに一つしか塔を開放していない理由が、ソランには何となく分かった気がしたのだった。
・・・・・幼い頃から、ソランは勇者に憧れていた。数ある勇者の伝説の中でも、ソランが最も心を動かされるのは、同じ村の出身でもあり、あの魔神メフィストを討伐するため旅立った勇者デュークの物語だ。いつか自分も、デュークのように勇者と呼ばれるにふさわしい人物になりたいと思っていた。それが例え、どんなに困難なことだとしてでもだ。どれほど強大な敵を相手にしても決して勝利を諦めず、力だけではなく知恵と勇気、そして仲間との協力によって、ひとつひとつ困難を乗り越えていく。だからこそ、勇者という存在は人々から熱狂的な支持を受けてきたのだろう。
そんなことを考えてきたソランだったのだが、今ここに来て一つの山場を迎えようとしている。世の中やってできることとできないことが、確実にある。これは間違いなく、できない方の部類に属することだ。
ルミナスの町の豪快な破壊されっぷりを見て、ソランははそう判断していた。
「魔神の使い手、今日こそ倒すッッ!!」
ズガァァァァ――――ンッッ!!!
「・・・・・ふっ、それはこちらの台詞だッッ!!」
ドガベシャ――――ンッッ!!!
「くっ! ならば、これならどうだッッ!!」
ズガベババババババババババババババ――――――ンッッ!!!
会話のキャッチボールのたびに、破壊神デリトロスの使い手と思われる茶色の髪の少年と魔神メフィストの使い手と思われる銀色の髪の少年は殺人技を次々と繰り出していった。だが、何度も相まみれた相手なのだろう。お互いに手の内を知り尽くしているだけに、なかなかクリーンヒットには至らない。
その結果、ルミナスの町どころか、その周辺の被害ばかりが拡大していった。
破壊の渦に次々と飲み込まれていく町の人達。
大地には無数の亀裂が走り、巨大なクレーターが穿たれ、地殻変動によって新たな大地や山が誕生してしまっていた。
ジルカの町に逃げ延びていた人達は、この状況からどうやって逃げ出したのだろう?
もしかしたら、バルレルさんとデュークさんが逃がしたのだろうか?
そういえば、バルレルさんとデュークさんは無事なのだろうか?
せっかく、モアナが必死になって自分の能力のことを解明してくれたのに、とても彼らには太刀打ちできそうにもない気がするが?
ソランの脳裏に、いろいろと疑問が浮かんでは消えていく。
木枯らしが吹いて、ソランはひとつぶるりと震えた。
阿鼻叫喚の町を尻目に、アトリはこともさりげにつぶやいた。
「ふむ。 『キードロップ』の使い手の中で一、二位を争うほどの使い手が破壊神デリトロスと魔神メフィストの使い手にいる、とは聞いてはいたが本当だったようだな?」
「な、なんですかッ!? その話!」
ソランは絶句した。
当然だ。せっかく、自分の能力が他の使い手に対抗できる力だと分かった矢先に、この状況である。
自分の見通しの甘さを思い知らされて、ソランはがっくりと肩を落とした。
場違いなほどのんきな声で、にんまりと笑みを浮かべてアトリが言った。
「話していなかったか? バルレルの奴が以前、とんでもない連中が戦っているのを見たと言っていたのだ。 恐らく、今回と同じ破壊神の使い手と魔神の使い手だろう」
「そんなの聞いていませんわ!」
憤懣やるかたないといった様子でモアナも叫んだ。
「心配するな。 奴らの力は別格だ。 恐らく、我ら、魔帝でも奴らには苦戦するだろうからな」
「・・・・・そんな相手に、どうやって戦えばいいんだ?」
「そうですわ!」
ソランとモアナの抗議にも、アトリは平然と答えた。
「我らの目的は、塔の開放だ。 奴らと戦うことではない。 我らは奴らよりも先に塔を開放すればよいのだ! あの二人は別として、他の使い手なら貴様でも対抗できるはずだからな!」
「あっ・・・・・!」
ソランはぽかんと口を開いた。
アトリの言葉は正鵠を射ていた。確かにその通りだ。
「理解できたのなら、さっさと塔を探しに行くぞ!」
そう吐き捨てると、アトリはソランの背中をバッチーンと叩くのだった。
「アトリちゃん!」
巻きぞえを食らわないようにとこそこそと隠れ潜めながら歩いていたソラン達は、ようやくバルレル達と合流を果たした。
「よかった。 無事だったんですね」
ソランはホッと安堵の表情を浮かべる。
バルレルも嬉しそうに笑みを浮かべながら、アトリに歩み寄った。
「うん。 アトリちゃん達も無事で良かった」
アトリは、おもむろにバルレルを眺めながら訊いた。
「で、どうだったのだ? アミュレットは手に入ったのか?」
「そ、それが・・・・・」
「・・・・・いや、手には入らなかった」
バルレルが口ごもっていると、そう言ってデュークの方が口を挟んできた。
アトリはキッと鋭い視線をバルレルに向ける。
「ほう! バルレル、貴様!」
「わあっ! ちょっ、ちょっと、タンマタンマ! アトリちゃん! 仕方なかったんだよ! ルミナスの町に着いた途端、この状況だったんだから! 町の人達を逃がすだけで精一杯だったんだよ!」
アトリの剣幕に、バルレルは慌てたように叫び返す。
「た、確かにそうだが、しかし――」
それでも納得できないように、アトリは唇を噛んだ。
「やっぱり、手には入らなかったのですか・・・・・」
モアナは何気なく聞き逃したが、ソランは違った。
「えっ? それって、やっぱりこの町の人達を逃がしたのはバルレルさん達だったのか?」
デュークは目を見張り、数秒黙り込んだ。
「・・・・・ああ。 だが、逃げ出せたのはほんの数人だけだ」
「そ、そうなんですか・・・・・」
デュークが神妙な顔つきで頷く。そしてそれっきり、くるりと背を向けてしまった。これ以上の追求を許さない厳しさが、そこはかとなくにじんでいて、ソランはこれ以上、詳しいことを聞けなかった。
アトリは冷たい目でバルレルを見据えながら、続いてこう言ったのである。
「なら、塔の方はどうなっている?」
「そ、それもまだ・・・・・」
「ほう!」
バルレルの台詞に、アトリの頬が小刻みに痙攣した。
「わあっ! ちょっ、ちょっと、タンマタンマ! アトリちゃん! 仕方なかったんだよ! ルミナスの町に着いた途端、この状況だったんだから! 町の人達を逃がすだけで精一杯だったんだよ!」
バルレルは慌てて、先程と同じ言葉を復唱して弁明した。
「・・・・・・・・・・そうか」
と感情をうかがわせない声で、アトリが言った。
「あっ、うん」
「つまり、貴様らは町の連中を逃がすことだけが精一杯で、我が与えた使命も、塔を発見するという当然の義務さえもできなかったというわけだな」
わざとらしいほどに使命と塔を強調し、一言一言はっきりと発言して、アトリがそう言ってきた。穏当な口調とは裏腹に、その台詞には強烈なプレッシャーのようなものが含まれていた。反論を許さない凄みがそこにはあった。
その凄みに気圧されながらも、バルレルは恐る恐るつぶやいた。
「・・・・・えっと、これからどうすれば?」
「決まっておる! 貴様らでとっとと塔を探すのだ!」
「・・・・・やっぱり、そうなるんだ」
アトリの一喝に、バルレルは瞳に涙を溜めて頷いた。
「エルメスは、ちゃんと塔を見つけたかしら?」
悲鳴と絶叫が響く大地。
ソラン達も、飛ばされていく町の人々も誰一人として気がついていなかったが、その中に一人、岩陰でソラン達の様子を見つめている人物がいた。
巨大な槍を振りかざしている赤い髪の少女――破壊神デリトロスの使い手、メイベルであった。
正確にはもう一匹、黒い『まりも』のような生き物――もとい破壊神デリトロスの成れの果てをひもで結びつけて引っ張っていたのだが。
「・・・・・それにしても、まさかここに邪神の使い手が現れるなんてね」
魔神メフィストは十一箇所、破壊神デリトロスは五箇所、そして邪神グラースは一箇所、と開放した塔の数で見れば邪神グラースの使い手など、別段、恐れるに値しないのかもしれない。だが、しかしだ。念には念を入れておくのに越したことはない。
「こんなところにいたのね。 破壊神の使い手!」
「えっ!?」
とメイベルは驚愕した。
天真爛漫としたほがらがな声が、メイベルの耳に届いた。
もしかして、魔神の使い手に見つかったのかしら?
メイベルは槍を構えると、声の主の方へ向き直った。
それは美麗なピンク色の髪を赤いリボンで結び、青いワンピースに身を包んだ少女だった。特注のわらで作ったらしいボサボサのほうきを持っている。
「エリスリート・・・・・」
メイベルは周囲を見て、恨めしそうにつぶやいた。
どの角度からどう眺めてみても凶悪な顔をした魔物達が、いつのまにか彼女の周りを埋め尽くしていた。
どうやら邪神の使い手ばかりに目が行き過ぎて、背後の配慮を怠ってしまったらしい。
魔物の群れの後ろに立つエリスリートが、ほうきをひるがえしながら叫んだ。
「最後の塔も当然、私達が頂くね〜♪」
「そうはさせないわ!」
メイベルは槍を閃かせると、その矛先をエリスリートに向けた。