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第四章 勇者の決意

 ざあっと風が吹いて、ピンク色の花びらがたくさん舞った。

 手入れの行き届いたきれいなタンベリーの村の広場。何本もの樹木が、競い合うかのように枝を大きく広げている。デュークはいつものように木の下のベンチに腰を下ろしていた。

「・・・・・俺もあの時、ソランを追うべきだったな」

 デュークは小さく溜息をついた。

 突然現れたという塔の調査に、元々は自分も一緒に行くはずだったのだ。だが、謎の塔についてのことを話した時、ソランは塔の場所も聞かずに急に飛び出して行ってしまった。そしてそれを追うかのように、モアナも「任せて下さいですわ♪」と有無を言わさずに飛び出して行ってしまったのだ。

デュークはただ途方に暮れたように、その後ろ姿を見送るしかなかった。

だがやはり一緒に行くべきだったのではないだろうか?

「おい」

 いきなり後ろから声をかけられて、デュークは我に返った。

 振り返ると、すぐそばに見知らぬ少女が立っている。いつからそこにいたのだろうか、足音は全く聞こえなかった。

「貴様が魔神メフィストと戦ったというデュークか?」

 薄い桃色の髪の白いケープを羽織った少女は感情を押し殺した声で問いただしてくる。その表情は、まだ五歳くらいの幼い少女のものとはとても思えなかった。

 デュークは思わず首を傾げてしまった。

「ええと、君は?」

「我は邪神グラースだ」

「はあっ?」

 あまりにも意味不明な台詞に、デュークは再び首を傾げた。

「ちょっと、ちょっと待って下さ――い!」

「待って下さいですわ!」

 その時、彼女の後ろからソランとモアナが慌てて駆け寄ってきた。

「ソラン、モアナ、これは一体何の騒ぎなんだ?」

「・・・・・それが実は」

 ソランは促されるまま、デュークに今まであった出来事を打ち明けていた。

 デュークは真剣な眼差しで聞いていた。だが、魔帝と呼ばれる邪神グラース、破壊神デリトロス、そして魔神メフィストの名前が出た時には鋭い眼差しで地面をキッと睨んでいた。

 ソランは最後にこう言って、自分の話を締めくくった。

「それで、デュークの力を借りようと思って戻ってきたんだ。 邪神の使い手と言ってもまだなったばかりの俺やバルレルさんだけではどう見ても勝ち目がないような気がして」

「・・・・・そうか」

 デュークは首を大きく縦に振った。

「邪神グラース・・・・・だったな?」

「なんだ?」

 アトリが振り向くと、いきなり腕が伸びて襟首をつかまれるとそのまま近くの木に押し付けられた。

「デューク!?」

 突然のことに、ソラン達は目を丸くする。

「何をする? 貴様!」

「正直に言え! 何を企んでいる?」

 デュークの声には怒気が込められていた。

「何を言う? 先程、ソランが話したではないか? 我はただ、力を取り戻したいだけだ!」

「俺は魔神が嫌いだ」

 アトリの――グラースの言い分には耳を貸さず、デュークの目が鋭く光る。

「ソランやモアナはおまえを簡単に受け入れたかもしれないが、俺はまだおまえを信用していない。 この世界に災いを起こさないという保証はないからな! 魔神メフィストのように・・・・・」

 若い記憶がよみがえってきたかのように、デュークはしぶい顔をした。

「いいか。もし、今後、ソラン達や他の人達に危害でも加えてみろ!その時は俺がおまえを倒す! 絶対にな!」

「むっ・・・・・!」

 アトリは突き飛ばされるように解放された。

 アトリはデュークをすかさず、キッと鋭く睨みつけた。

「貴様、我を邪神グラースと分かった上でなお、そのような侮辱的な態度を取る気か! いいだろう! 力が戻ったその時には、まず貴様から血祭りに上げてくれるわ!」

 アトリのあまりの剣幕に、バルレルは申し訳なさそうにつぶやいた。

「あのさ、アトリちゃん、少し落ち着きなよ」

「バルレル、貴様、落ち着けるわけがないだろうが!」

 アトリとバルレルが言い争いをしているうちに、ソランは恐る恐るデュークに疑問を投げかけた。

「あの、デューク、今のって本気じゃないよな? 邪神グラースだとしても今はアトリちゃんで普通の女の子で・・・・・」

「分かっている」

 デュークは目を伏せると静かに告げた。

「だが」

 とデュークは続けた。

「俺は邪神を信用しない。 絶対にだ!」

「デューク・・・・・」

「マナベル」

「・・・・・マナベル?」

 唐突にデュークの口から出た単語に、ソランは首を傾げた。

 デュークは言った。

「ソラン、俺が、いや俺達が以前、魔神に敗北したことは話したよな。 俺はもうあの時のような、マナベルのような悲しい出来事はもう見たくないんだ・・・・・!」

 ドカッ!

 自然と体に力がこもっていた。デュークが、拳を叩きつけた樹木が小刻みに震えていた。

おずおずとソランが口を開いた。

「デューク・・・・・」

 だが、ソランにはかけるべき言葉が見つからない。そのまま何も言えずにいると、デュークは無言でその場を立ち去っていった。






 その晩。

真夜中にデュークは広場にいた。いらつく心を落ち着かせ、どうにか平常心を取り戻すのに成功したあと、デュークはソランから聞いた話を思い返していた。

「キードロップか・・・・・」

 改めて、ソランに一緒に来てほしいと請われて、デュークは戸惑っていた。

 自分に何ができるのだろう?

 キードロップの使い手でもない自分に何かできるはずがない。

 このまま、ソランにすべてを任せてしまった方がいいのではないだろうか?

 ベンチについて物思いにふけっていたデュークは、人の気配を感じ取って振り返った。

「デューク・・・・・」

 広場の入り口のところに、もうとっくに家で眠っているはずのソランの姿があった。

 デュークはバツが悪そうに訊いた。

「・・・・・どうかしたのか?」

「いや、ちょっと寝付けなくて」

「そうか」

「うん」

 ソランはひとつ頷くと、デュークの隣に座った。そして、そのまま黙って、デュークの顔を見つめていた。

 デュークも特に言うべきことがなかったので、そのままずっと黙っていた。

「デュークはさ、どうしたらいいと思う?」

 だいぶ間があってから、ソランが言った。

「何をだ?」

「俺、このまま、邪神の使い手として塔の開放をしていっていいのかなと思って」

「・・・・・・・・・・」

 デュークには答えるべき言葉が見つからなかった。

 ソランはさらに言葉を続ける。

「俺は、いつか必ず魔神メフィストを倒したい! そして、魔神だけではなく、他の邪神や破壊神達も倒さなくてはいけない! そう思ってきた・・・・・。 だけど、アトリちゃんと接してみて思ったんだ。 今の俺にアトリちゃんを倒せるのかって・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「何も知らないまま――、そうアトリちゃんに出会う前の自分だったなら、間違いなく倒そうとしたと思うんだ。 だけど、今の俺はすごく迷っている。 きっと、勇者失格だな・・・・・」

「・・・・・・・・・・ふっ」

 ソランのその言葉に、デュークは穏やかな笑みを浮かべた。

「おまえなら、確かにそう言うな」

 不思議そうに首を傾げるソランを見やりながら、デュークは魔神メフィストとの戦いの後、ソランが自分に告げた言葉を頭の片隅に思い浮かべていた。



 それは、あの魔神メフィストとの戦いから戻ってきてからすぐのことだ。

 デュークがやっとの思いでタンベリーの村に戻ると、初めタンベリーの村の人達は驚きを隠せないようだった。

 それからすぐにその驚きは、興奮と歓喜にとって代わられた。勇者一行が魔神を討伐し、見事生還を果たしたのだ。これほど喜ばしいニュースは他にない。声によらず表情だけで、村人達はそう語っていた。

「それでデューク、他の方々はどうなされたのだ?」

「・・・・・・・・・・いない」

 村長の質問に、デュークはそう答えた。

 村長をはじめ、村人達の表情が不審に揺れた。

 その時になって初めて、彼らはデュークのボロボロの薄汚れた姿に気づいたらしい。村人達の表情がますます曇った。

 デュークは言った。

「・・・・・・・・・・もう、いない」

 そしてデュークは、他の仲間達の敗北と死を村長に告げた。周りで彼らの話を聞いていた村人達は、どんどん表情を曇らせていく。

 圧倒的な恐怖が、彼らを包んでいた。恐怖、そんな言葉ではまだ生ぬるいのかもしれない。それは絶望、彼らから全ての意思を奪い取ってしまうほどの、絶望だった。全てを託した勇者でさえもなすはなかった。少なくとも人間の中では、魔神メフィストを倒せる者はもうどこにもいないということになる。

なら、邪神や破壊神達では?

 そう思いもしたが、村長はすぐに首を振る。

魔帝と呼ばれる彼らが、我々人間の頼みを聞くということはないだろう。

「なんということだ・・・・・。 もう、どうしようもない・・・・・・・・・・」

 全てを諦めてしまったかのように両手で頭を抱えて、村長がぽつりとつぶいた。

 まさに絶望の沈黙が、彼らを押しつぶそうとしていた。

「そんなこと、ない!」

 その声に、デュークは驚いて顔を上げた。

 ソランが真剣な眼差しでデュークを見ていた。

「絶対に、そんなことないよ!」

「・・・・・なぜ、そう思うんだ?」

 デュークが思わず尋ねると、ソランは即答した。

「確かにデューク達でさえ勝てなかったのなら、もう魔神を倒すことなんてできないと思う・・・・・。 このまま、世界は滅びてしまうのも時間の問題なのかもしれない・・・・・。 でも、だからってどうしようもないってわけじゃないよ!」

「な、なあ、ソラン・・・・・。 言っていることがかなり矛盾しているが・・・・・」

 デュークは困ったように言った。

 倒すことができないのだから、どうしようもないというのが正しいはずだ。なのに、ソランの言っていることには、どこかつじつまがあっていないように思えた。

 ソランはキッと鋭い眼差しで、デュークを見た。

「だったら、デュークはどうしようもないからこのまま、何もしないつもりなのかよ!」

「何も手はない! もう、俺達にはどうしようもないんだ!」

「・・・・・いや、魔神が滅ぼすよりも先に、邪神や破壊神によってこの世界は滅ぼされてしまうかもしれぬの・・・・・」

 デュークの叫びに次いで、村長が弱弱しく言った。周りにいた村人達の顔色は土のようになっていた。

「俺は!! 俺は諦めない!! 絶対に諦めるものかッッッッッ―――――!!」

 その力強い意思のこもったソランの叫びに、デュークだけではなく他の村人達もハッとした。

 ソランは真剣な眼差しで続けた。

「魔神は強い! 邪神は強い! 破壊神は強い! そんなのわかっている! ・・・・・でも、デュークは勇者だ! 勇者っていうのは人々の心に希望を与え、人々の心に勇気をもたらしてくれるから勇者だ、って前にデュークは言っていたよね! それなのに、そのデュークが最初に諦めないでよ!」

 ソランの言葉に、デュークは表情を歪ませ、沈黙した。

「俺は最後まで諦めない! だから、デュークも最後まで諦めないでよッッッッッ――――!!」

 それはデュークに一筋の光をもたらした。といえば、大げさなのかもしれない。でも、前へと進む勇気を与えてくれたのは確かだ。それなのに、また自分は立ち止まろうとしている。逃げ出そうとしている。それでいいのだろうか?

「・・・・・決めるのはおまえ自身だ。 おまえがしたいと思うことをすればいい」

「俺がしたいと思うこと・・・・・」

 ソランはデュークの言葉を反芻する。

「もっとも、俺は邪神を信用しない。 絶対にだ!」

 正直な思いをデュークは口にした。そして、「だが」と言葉を続ける。

「俺はソラン、おまえを信じている! だから、おまえが信じるというのなら、信じて貫けばいい! 疑うのは俺の役目だ」

「デューク・・・・・」

 唖然とした顔で、ソランはデュークを見た。

「俺もおまえ達と一緒に行こう!」

 きっぱりとデュークは言いきった。そして少し照れくさそうに、人差し指でこめかみをかいた。

「・・・・・かってまがりなりにも勇者と名乗っていた俺だが、おまえ達だけに任せて後はここで待っているなんていうのはやはり、性に合わないからな」

「・・・・・デューク、ありがとう!」

 ソランが嬉しそうに駆け寄ってきて、デュークの右手を両手でぎゅっと握った。






 翌朝、タンベリーの村の広場を訪れたデュークに、アトリはからかうような口調でぽつりと言った。

「どうやら、貴様も来るようだな?」

 物問いたげなアトリの視線を、デュークは真正面から受け止めた。

「ああ」

 それを聞いて、ソランとバルレルはホッと嬉しそうに息を吐き出した。

 もしかしたら、このまま、打ち解けてくれるかもしれない。

 そう思えたのだ。

 けれどもそんなソランとバルレルの期待は、次のデュークの言葉であっけなく散ることになる。

「だがな、俺はまだおまえを信用していない! 今後、ソラン達や他の人達に危害でも加えてみろ! その時は俺は必ず、おまえを倒す! 絶対にな!」

「ふん! 上等だ!」

 デュークの剣幕に合わせるように、アトリも大声になっていく。

「えっと・・・・・アトリちゃんがお兄様のお仲間で、デュークさんがお兄様のお仲間ってことは、アトリちゃんとデュークさんはもうお仲間っていうことですわね。 良かったですわ!」

「違うと思うぞ・・・・・」

 モアナの言葉に、ソランは力なく首を振った。






ソラン達は全く気がついていなかったのだが、そんな彼らの様子をじっと見つめている一行がいた。

「面白いことになってきたね~♪」

 デュークの姿を視野に納めて、ピンク色の髪の少女がくすくす笑いながら言った。

 そんな彼女の言葉に、金色の髪の少女が楽しげに語った。

「うむ!! まさか、あの勇者デュークが邪神グラース勢につくとはな!! いささか、このゲームには盛り上がりがかけていると思っていたのだが、これで少しは楽しくなりそうではないか!!」

「勇者デューク・・・・・。 少しは面白くなりそうだ」

「・・・・・・・・・・ふっ」

 ねずみ色の髪の青年の言葉に、銀色の髪の青年はささやくような声で答えた。

 何も感慨はなかった。勇者デュークが邪神グラース勢についたなら、それはそれでよかった。もしつかなかったとしても、別にどうでもいいことだった。それは面白いとかどうのというわけではなく、彼の目的にとっては何の影響もないことだったのだから。

 しかし、彼には腑に落ちないことが一つだけあった。

 ソランと呼ばれていた少年に、奇妙な感覚の同調を覚えていた。

「・・・・・あいつは一体、何者だ・・・・・?」

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