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第十二章 天使のモノローグ

「ディーン王子様、ご帰還!」

 様子を見に行っていた僧兵部隊の一人が、ジルカの町に駆け込んできた。

 町中で待ち構えていた神官達は一斉に姿勢を正す。

 人々の歓声が高まり、ついにソランとディーンがジルカの町にたどり着いたことが否が応でも分かるようになった。先にエリスリートを倒し戻っていたメイベルが指示し、楽隊が勇壮なラッパの音を鳴り響かせる。その音に出迎えながら、ディーンを先頭にしてソランとディーンがジルカの町の門から中に入ってきた。

 ディーンは誇らしげに人々に手を振ると、彼らに自分達の勝利を告げた。その顔立ちに亡き国王の面影を見て、エルメスは人に見られぬようにして涙を拭った。

「あっ!」

 ソランの姿を見止めると、モアナはいきなり走り出して彼に抱きついてきた。

「お兄様、おかえりなさいですわ!」

 屈託のないモアナの様子に、いきなり抱きつかれて面食らったソランの口許も思わずほころばすにはいられなかった。

「ただいま、モアナ!」

 軽くモアナを抱きしめ返して、ソランは言った。

「デュークさんとバルレルさんは大聖堂の方で、お兄様を待っていますわ! さあ、行きましょう! お兄様!」

「おい、モアナ!」

 モアナはソランの手を取ると、彼をエスコートして大聖堂へと向かった。

「…‥…‥ははっ。 相変わらずだな。 モアナさんは」

 一人置いてぼりを食らったディーンだったが、思わず苦笑すると再び、大聖堂へと続く凱旋のパレードへと歩き出した。



 凱旋の後、ジルカの町ではソラン達の勝利を祝いパーティーが開かれた。

 デュークはバルレルと一緒に引っ張りまわされ、あちらこちらに招かれ、武勇譚を話して聞かせる羽目になっていた。特に話す武勇譚がないバルレルは途中で抜けると、豪華な食事を平らげようとフォークを片手にパーティーを堪能していた。

ソランはそのパーティーの中、ディーンを探して回った。どうしても、ディーンに聞きたいことがあったからだ。

 人々の顔にはみんな笑顔が浮かんでいた。町の人も僧兵も誰も彼もが、第一功績者にディーン王子の名を挙げて彼を称えていた。だけど、どこにも主役であるディーンの姿がなかった。

ソランとともにパーティー会場を歩いていたモアナは、ソラン達の活躍がいまいち掲げ挙げられていないことに不満を感じていたらしく、不服そうに唇を尖がらせた。

「むう〜ですわ! お兄様やバルレルさん、デュークさんの力があってこその勝利ですのに…‥…‥!」

「…‥…‥いや、実際、フランを倒したのはディーン王子だしな…‥…‥」

 モアナの言葉に、ソランは軽く笑った。

「あの―、すみません」

 ソランはワインを片手に語り合っている神官の一人をつかまえた。

「ディーン王子様は今、どこにいますか?」

 神官は少し気を悪くしたような顔でソランを見た。

 恐らく、自分の弁舌を中断されたのに気を悪くしたのだろう。だがすぐに、話しかけてきた相手が今回の戦いの功労者だと分かると、手のひらを返したようにねぎらいの言葉をかけてきた。

「あっ、あなた方でしたか。 このたびの戦い、実に素晴らしいものでした」

「当然ですわ! お兄様ですもの!」

 神官のねぎらいに、モアナは両拳を突き出して嬉しそうに力説した。

「まさか、あのフランネル=ミュゼットに勝利できる日がくるとは思いもしませんでした。 これでようやく平和が訪れるのですね。 魔神メフィスト、混沌神ハデス、まさか彼らの魔の手から開放される日がくるとは夢にも思いませんでしたな。 それにしても、あなた方の力は計り知れませんね。 まさか、フランネル=ミュゼットだけではなく、エリスリート、そしてエルシオンまでも倒してしまわれるとは――」

「あの―、すみません」

 ソランは慌てて神官の言葉をさえぎった。

 このままでは、一人でずっと話し続けかねないと判断したからだ。

「聞きたいことがあるのですが、ディーン王子様は今、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「ディーン様なら、カナリア様とともに大聖堂の外に出られたはずですが」

「常闇姫様と?」

「はい」

 と、ソラン達の話を聞いていた別の神官が割り込んできた。

「ディーン様とカナリア様は幼なじみなのですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。 だからこそ、カナリア様は僧兵部隊を組んでまで、ディーン様をお助けに行かれたのですから」

 最初にソランが声をかけた神官が、さもありなんと頷いた。

「ありがとうございます」

 ソランは二人にお礼を言って、テーブルを離れた。

常闇姫と呼ばれている、神の子であるカナリアが何故、あの時、ルミナスの町を訪れて、そしてフラン達との戦いに参加していたのか、その理由がようやく分かった気がした。メイベルが言ったとおり、すべてはディーンのためだったのだろう。

「大聖堂の外か…‥…‥」

 ソランはそうつぶやくと、深く溜息をついた。 






 広場で、じっと無言で月を見上げているディーンに気づいて、カナリアは訪ねた。

「どうかしたのですか?」

「いや、何だか、疲れたなと思って」

 ディーンは静かにかぶりを振ると、そっと視線を足元に落とした。

 ソラン達が大聖堂へと向かった後、熱狂した町の人々は新たな英雄達を歓呼の声で迎えてくれた。特にディーンは、魔帝による恐怖から開放してくれた英雄として、あちらこちらへと引っ張りまわされてしまったのだった。

「ディーンは、今日のパーティーの主役ですからね」

「ありがとう。 カナリア、君には感謝している」

 相変わらずの調子で言うカナリアに、ディーンは苦笑しながらも感謝の言葉を告げた。

 その途端、カナリアの顔が真っ赤に染まる。

「やめて下さい。 お礼なんて。 私は何もしていません。 ディーンが、みなさんが頑張ったから、今の幸せな奇跡が訪れたのです」

「そうだな…‥…‥。 みんなには感謝してもしきれないな」

 ディーンは遠い目をした。

「ふふっ…‥…‥。 そうですね」

カナリアも遠い目をして、ディーンの目を見た。

「俺一人では何もできなかったと思う。 でも、みんなの力があったから、ここまで来れたんだ。 だからこそ、この世界を守りたい。 決して誰にも壊させない!」

「ええ。 私も微力ながらお手伝いします」

 それだけ告げると、カナリアは柔らかな笑みを浮かべた。

「ディーン王子!」

 その時、ディーンを呼ぶソランの声がした。

「ソラン!」

「ディーン、私はいいですから、行ってあげて下さい」

「ああ」

 カナリアがそう告げると、ディーンはすぐにその場から駆け出した。

「ずっとそばにいたいです――」

 ディーンの背中から、カナリアの声が聞こえてきた。

つぶやくような噛みしめるような声だったから、それは独り言だったのかもしれない。

「…‥…‥大切なあなたのそばに」






「ソラン、どうかしたのか?」

 広場で語らう二人の様子を見守っていたソランに、ディーンは尋ねた。それから小首を傾げた。

「…‥…‥はい」

 と答えたソランの様子が、何だかいつもと違って見えた。

「どうしたんだ?」

「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

 と、ソランは真剣な表情で言った。

 ディーンは不思議そうに目を瞬かせた。

「聞きたいこと?」

「俺やフランが魔帝の生まれ変わりなら、また、他の魔帝も生まれ変わっている可能性はあるんですか?」

 そういうことだった。

 俺やフランが魔帝の生まれ変わりなら、すでに倒されたり、消え去ってしまった他の魔帝も再び、人間として、または別の存在として生まれ変わってしまうのではないのかと考えたのだ。

 もし、そうなら、魔帝という存在は倒してもいずれ、再び復活してしまう存在なのではないかと思ったのだ。

「ああ」

 ソランの問いに、ディーンはきっぱりと言い切った。

「えええっ!?」

 あまりにもあっさりとした返答に、ソランは目を丸くした。

「じゃあ、魔神メフィストやアトリちゃ――いや邪神グラースもまた――」

「ああ。 生まれ変わっている可能性はある。もちろん、今回、倒した混沌神ハデスもな」

「そうなんですか!」

「本当に!?」

 ソランの声とはもって、誰かが叫んだ。

「えっ!?」

ソランは驚いて、後ろを振り返る。そこには案の定、バルレルとデュークの姿があった。

「バルレルさん! デュークさん! どうしてここに?」

「あっ、いや、二人が外に出るのが見えたからどうしたのかなと思って…‥…‥」

 バルレルは曖昧な笑みを浮かべ、ソランに頷き返してみせた。そして、真剣な面持ちでディーンに訊いた。

「本当に生まれ変わっている可能性があるんですか?」

「確証はないけれどな」

「本当なんですね?」

「ああ」

「本当に本当なんですね?」

「ああ」

 バルレルが重ねて尋ねると、ディーンは力強く首を縦に振った。

「…‥…‥そうなんだ」

 そこまで言われて、バルレルはやっと胸をなでおろした。

「何だか嬉しそうですわ。 バルレルさん」

「えっ? う、うん、嬉しい…‥…‥かな」

バルレルは素直に、モアナの言葉を認めた。

しかし、デュークはそれを聞いて不快げに眉を寄せた。

「…‥…‥だが、それが事実だとすれば、魔帝は倒しても無駄な存在なのではないのか?」

 最もな意見に、ディーンはすぐにデュークに対して頷き返し、そして告げた。

「ああ、そのとおりだ」

 と、ディーンはデュークの言葉にうつむいた。でも、彼が顔を背けたのは一瞬だけだった。すぐに顔を上げると、ディーンは続けた。

「だが、だからといって、このまま、復活した魔帝達を見過ごすわけにはいかない。 俺達は俺達で、できる限りのことをするまでだ!」

「確かにそうだな」

 デュークは軽く微笑した。

「…‥…‥例え、奴らがまた復活しようとも、俺達は俺達でできることをすればいい」

 一連の流れを見ていたモアナが両拳を前に突き出して叫んだ。

「…‥…‥そのとおりですわ! お兄様にデュークさん、ディーンさん達がいるんですもの! きっと、大丈夫ですわ!」

 モアナの言葉に、バルレルは恐る恐る手を挙げて発言を求めた。

「…‥…‥あ、あの、一応、僕もいるんだけど」

「あっ…‥…‥! バルレルさんのことを忘れていましたわ」

 あっさりと無情なことを、モアナは言った。

「はあっ…‥…‥!?」

 予想外の言葉に、バルレルはマヌケな声を出してしまった。思わず、肩をガクッと落とす。

 それを見て、ソラン達は思わず噴き出してしまう。それはとてもとても、微笑ましい光景だった。

 デュークがソランにしか聞こえない声で言った。

「ソランがいるなら、きっと大丈夫だ」

 え? とソランは首を傾げた。

 だが、デュークはそれには答えず、そのまま大聖堂へと戻っていった。





 

 人の噂は千里を走る。ディーン達が混沌神ハデスとその使い手達を倒したという話は、この大陸――アトス大陸中に広まって、さらに少しの時間差を置いて、他の二大陸、グレムリンア大陸とセルフィナ大陸にも飛び火した。半ば想像上の人間のような扱いになって。ただしどれほど噂が遠くまで及んでも、誰一人として『ソランが覇王ラウレス』だという事実を知り得る者はいなかった。常闇姫であるカナリアが、その事実を一部の者達の中だけに留めるように、と助力してくれたおかげでもある。

 それから、バルレルは――あのパーティーの数日後に、故郷の国へと帰途についた。

魔道具を造り出した祖父について、いろいろと調べてみるつもりらしい。本来なら、どこかで生まれ変わったのかもしれない邪神グラースを探しにいきたいと願っていたのだが、エルメスからの願いというか、通達でそれはかなわなかったらしい。

 これから起こりうる魔帝との戦いのために、エルメスはできるかぎりのことをしておきたいとのことだ。

本当に、エルメスさんには隠し事とかは絶対にできそうもないな。

 と、ソランは思ってしまった。

とにかく、そういうことで話はまとまったらしい。

そしてディーンは、メイベルやエルメスとともに、セルフィナ大陸の再興に多大に尽力した。ある時は雄々しく戦い、ある時は人々の生活を守るために知恵を尽くした。

 その名声は、辺境のそのまた辺境に位置する小さな村タンベリーにも届いていた。






「ねえ、お兄様、今いいですの?」

 部屋で物思いに耽っているソランに、モアナが声をかけてきた。

「モアナ、どうかしたのか?」

 ソランはモアナに問い返した。

「デュークさんが話があるから、広場に来てほしいみたいですわ」

「話? なんだろう?」

「さあですわ。 でも行ったら、きっと分かりますわ」

 ソランの疑念に、モアナは意味ありげな微笑みを見せると、肩に手を置いてぐいぐいとソランを押していった。



 ざあっと風が吹いて、ピンク色の花びらが舞った。

 ハッと目を開ける。手入れの行き届いたきれいな広場。何本もの樹木が、競い合うかのように枝を大きく広げている。デュークは木の下のベンチに腰を下ろしていた。

「…‥…‥あれから、いろいろあったな」

 いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。とても辛くて苦しかった悲しい記憶。そして、それを乗り越えて再び、魔神メフィスト達に挑んだ出来事。

「あっ、デューク!」

 不意にソランが木陰から顔を出して、デュークに声をかけてきた。

「どうしたんだよ? 突然、話なんて?」

 ソランは小走りで近寄ってくると、両手を後ろに回しながらちょっと背伸びして、デュークの顔を覗き込んできた。

 その顔を見て、デュークはこの村に戻ってきた時のことを思い出す。魔神に敗れ、絶望に打ち砕かれていた自分に、こうやって樹木を見上げる勇気をくれたのはこの少年だったことを――。

 もし、例え、また魔帝が復活したとしても、ソランがいる。バルレルがいる。ディーン達がいる。そして、自分もまた再び、立ち上がれるだろう。圧倒的な力の差がそこに介在したとしても、まだ何も終わっていないのだということを、ソランは信じているのだから。だからこそ、自分も信じることができる。

「…‥…‥そうだな」

 ぼんやりと樹木を見つめていたデュークがつぶやいた。

「えっ?」

「ソランがいるなら大丈夫だ」

「どういうこと?」

 不思議そうに首を傾げているソランに、優しく微笑み返すと、デュークは踵を返した。

 ソランはデュークの背中から目が離せなかった。

 そうだ。

 旅を始めてからずっと、この背中を追いかけていたんだ。そして、デュークのような勇者になりたいって願い続けてきたんだ。 そう思ったら、熱いものがこみ上げてきて、ソランの瞳がぼやけた。

「俺はデュークのような勇者になれたかな?」

 ソランの問いかけに、デュークは眉を寄せた。

「ソラン、おまえは俺とは違う。 おまえは自分が間違えるということを知っている。 そして、間違いを犯してもそれを認めることができる。 それは…‥…‥勇気だ。 俺は、それができなかった。 諦めた。 だが、おまえは諦めなかった。 愚直なまでに前に突き進んだ。 それを見て、俺も信じてみる気になった。 勇者としてではなく、この俺ができることを」

「何言っているんだよ! デュークも諦めなかったじゃないか!」

 ソランは意外そうな顔で言った。

「デュークがいたから、…‥…‥俺は、…‥…‥俺達はここまで頑張ってこれたんだから!」

 デュークはふっと肩の力を抜くと、ソランに向かい、優しく微笑んでみせた。

 タンベリーの村の中だけだったソランの生活は一変した。

 邪神の使い手になって、魔帝の使い手達と戦って、覇王ラウレスとして覚醒して、そして混沌神ハデスとその使い手達を倒した。それは決して、誰一人欠けても起こり得なかった奇跡だ。

 だけど、今は一番大事なことを決めなければならないとソランは考えた。

「俺も、俺にできることをしていきたいと思うんだ」

 デュークはきっと苦笑しながらも応えてくれるだろう。



 ソランの奇跡は、この場所から始まったのだから。

今回の話で完結です。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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