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第十一章 蒼天のフォルトーネ

 アトス大陸での戦いは、いまや最高潮に達していた。優劣がはっきりし始める頃合である。

「――たあっ!!」

 メイベルがひとたび長槍をなぎ払うと、迫り来る魔物達の首が一度に十数個、宙に舞う。

 メイベルがひとたび長槍を突き出せば、一度に数十の魔物が串座しになった。

 メイベルがひとたび長槍を振り回せば、四方の魔物が吹き飛んだ。

 わずか数秒の間に、数十匹の魔物を土に還し、メイベルは言い放った。

「エルメス! そっちはどう?」

「…‥…‥無事だ。 …‥…‥な、何とかな。 …‥…‥だが、我々の攻撃では奴らには全く効果はない」

 エルメスは苦悶の表情を浮かべてそう答えた。

 メイベルが数十匹の魔物を倒しても、戦況は一進一退と呼ぶのが精一杯の状況だった。何しろ、魔神メフィストの分身体数体と数百もの魔物達が相手なのだ。しかも、覇王ラウレスの使い手であるメイベルの攻撃しか効果がない。何より、彼らはいつ終わるとも知れないこの戦いに倦み疲れ果てていた。

「メイベル=デューテ。 本気で来ないと…‥…‥死ぬわよ?」

 エリスリートは笑みを浮かべて、メイベルに向けて手招きした。彼女の挑発に、メイベルの顔がさらに歪む。

「最も本気できても、私の相手ではないけれどね」

「そんなの分からないわ!」

 メイベルがエリスリートに向けて槍を構える。だが、魔物達は彼女めがけて何度も何度も押し寄せてくるため、これ以上、先に進めないでいた。

 顔だけをメイベルに向けて、エルメスは言った。

「メイベル、私がエリスリートを倒す! その間、他の魔物達の足止めをしてくれ!」

 その言葉を聞き留めたエリスリートが怪訝な顔で首を傾げた。

「ええっ――!? あなたが相手? 魔帝の使い手でもないあなたが?」

 魔帝の使い手でもない。

その言い回しが、エルメスに昔のことを想起させた。

カティス王国を出て、初めてフラン達と交戦した時も、彼らはエルメスを『魔帝の使い手ではない』という理由で散々、侮ってくれたものだった。

 目の前に浮かぶ光景がある。

 炎上する城と、護れと託された幼き少年。

 あれは、いつの頃だろう。

 エルメスにとって、ディーンが希望の具現化したものとなっていったのは…‥…‥。

「騎士エルメス、あなたなら必ず勝てると信じています」

カナリアはエルメスを勇気づけるようにそう告げた。

 カナリアから期待していた言葉をもらって、エルメスは顔を輝かせた。

「ご心配に及びません。 必ずや勝利してみせます」

「…‥…‥はあ、分かったわよ。 でも、必ず勝ちなさいよ! エルメス!」

「ああ」

「…‥…‥本気で、勝てると思っているわけ?」

 エルメスとメイベルのやり取りは、第三者の冷たい声によって中断された。

 エリスリートはこめかみをひくひくとさせながら、エルメスに言った。

「あんた、完全に私のことをなめているみたいね?」

 エリスリートの全身から、他者の目にも認識可能なほど、怒りの闘気が放出されていく。

 怒りの表情のまま、エリスリートは新たな魔神メフィストの分身体を出現させた。

「度胸だけは認めるけれど、相手を見てやらないとどういう目に遭うか教えてあげるわ!」

「それは貴様の方だ!!」

 エルメスは手にした剣の矛先を向けると、エリスリートに向かっていった。






「くっ…‥…‥!」

 エリスリートに向かって駆けていったエルメスだったが、エリスリートの元にたどり着くのは困難を極めていた。エルメス達は戦いに継ぐ戦いの連鎖を経験した。エリスリートが出現させた魔物達は代わり際に襲いかかってくる。断続的に続く戦いは、エルメス達を確実に疲弊させていった。

 エルメスは拳を握りしめた。

 我々だけで、これだけの数を相手にすることはさすがに厳しいか…‥…‥。

 あの時と同じか…‥…‥。

 だが…‥…‥。

 エルメスは気持ちを切り替えた。

 例え、どれだけ敵が強大でも、もはや進むしかないのだ。

 それがあの時、ディーン様に誓った私の誇りなのだから。






 あれは八年前のカティス城から逃げ延びていた時だ。

 逃げ延びた森の中で、エルメス達はフラン達と遭遇し、絶望的な危機に追い込まれていた。

 エルメス達の前方から左右から、次々とエリスリートが呼び出した魔物達が出現した。数えきれないほどの大群だ。どこにも逃げ道など存在しない。

 エルメスは叫んだ。

「メイベル!」

 決断するべき時がきた、とエルメスは思った。

 エルメスはもう一度、叫んだ。

「ここは私が引きつける! ディーン様を頼む!」

「だめだ!!」

 ディーンは我を忘れて飛び出すと、エルメスの身体にしがみついた。

「ディーン様!!」

 思わず、エルメスの手が止まった。

「エルメスが戦うと言うのなら、俺も戦う…‥…‥!」

 自分の胸に顔を押し当てて言い続けるディーンを、エルメスはきつく抱きしめた。

「なりません。 ディーン様は我々の希望。 お下がり下さい」

「嫌だ!」

 ディーンは大声で叫んだ。

「俺はもう逃げない。 誰かがこれ以上、いなくなるのは嫌なんだ。 だから、ここから出る時も三人一緒だ! 誰一人、欠けたってだめだ!」

「そうよ! 私達、三人でここから出ましょう!」

 メイベルはエルメスに告げると満面の笑みを浮かべた。

 やっと顔を離すと、ディーンはエルメスの顔を見て言った。

「…‥…‥もう誰も死んでほしくないんだ。 俺のために、メイベルがエルメスが死ぬようなことがあれば、俺は俺を許せない。 だって、それはまた過去を繰り返すだけじゃないか。 だから、俺は決めた。 もう逃げない。 俺は魔神の使い手と戦う。 メイベルやエルメスと一緒に」

「もったいなお言葉…‥…‥」

 感極まって、エルメスが言葉を詰まらせた。

「分かりました。 王子のご決意に従います」

 エルメスはその場にひざまずくと、改めてディーンに臣下の礼をとった。






「くっ…‥…‥! まだか…‥…‥?」

 エルメスは少し焦ったようにつぶやいた。

 もうどれだけの数を斬り殺し、叩き殺したのだろう。それさえ、エルメスには判別できない。あれからどれくらい時間が流れたのかも分からない。

 エルメスはあることを待っていた。それは必ず来るという核心に近い予感を、エルメスは持っていた。

そしてそれは唐突に起こった。突然、エリスリートが呼び出した魔物達が淡い紫色の光を放ち始めたのだ。

「今だ!」

 カナリアはエルメスに頷くと、右手を魔物達に向かってかざした。彼女は力強く叫んだ。

「――リべレーションッッ!!」

 光が魔神メフィストの分身体を――そして魔物達を包み込んだ。

 すると、彼らはまるで煙のようにゆっくりとその場から姿を消してしまった。

あの魔物達は本当にここにいたのか?

 自分達は夢か幻でも見ていたんじゃないだろうか?

そう疑いたくなるほどに、鮮やかに魔物達は消えてしまった。

しかし、むろん、魔物達は夢や幻なんかではない。

 エルメスは待っていた。

バルレルとデュークが、エルシオンを倒すのを。そうすれば、エルシオンの加護を受けた魔物達にも、カナリアの力が効くと考えていたからだ。

「なっ…‥…‥!?」

 意表をつかれたエリスリートが一瞬、ひるんだ。

 その隙をついて、エルメスとメイベルがエリスリートの眼前まで迫った。

「これで終わりだ!!」

「喰らいなさいっ!!」

 二人は同時に叫ぶと、それぞれの武器を振るった。

「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 辺り一帯に、エリスリートの絶叫が響き渡った。






 覚えているのはいつも二人っきりだったということ。

 私が生まれた村は国同士の争いに巻き込まれて、すでに私が物心ついた頃にはなく、育ててくれた人達も今はもういない。

 そうした生活を続けている間、時々、エリスリートは泣いた。

 私が村を滅ぼされて頼るべき身寄りもない子供だとしても、誰も私に手を差し伸べたりはしてくれなかった。同情の視線を寄せてくれる人もいなかった。それどころか、否定的な視線を浴びせてくる人すらいなかった。多くの人々にとって、どこぞの土地から流れてきたうす汚い子供なんて存在しないのも同じことなのだ。

私の味方はたったひとり、血の繋がった、ただ一人の兄だけだった。

 嫌でも、自分のちっぽけさを思い知らされた。私自身のことだけではなく、花でもちぎるかのように簡単に滅ぼされた私の村もまた、全くの無価値だったようにも思えてきてひどく悲しかった。

 そうして一人で泣いているエリスリートに、一人の銀色の髪の少年が話しかけてきた。

「君がエリスリート=エネミアだね。 エルシオンから、君のことを聞いている」

「エルシオンを――、兄のことを知っているんですか?」

「ああ。 俺の名はフランネル=ミュゼット。 俺の使い手になってもらいたい」

 そう告げると、フランはエリスリートに手を差し伸べた。



 彼は混沌神ハデスの生まれ変わりだと言った。

 そして、真の力を取り戻すために、私やエルシオンの力が必要だと言った。

私はどうして彼の誘いに乗ったのだろうか?

 その理由はすぐに分かった。

 私を今まで否定してきたこの世界に、私という存在を知らしめることができるから。

 それに私自身が、彼に興味を抱いたからだ。もちろん、誰かが与えた使命でも何でもない。

 彼を導く。彼の望みをかなえさせてあげるのだ。彼に真の力を取り戻させ、そして彼が心から欲する強さを手に入れさせる。その時、彼がどうなるのか。それが私は知りたかった。

 そんな風に考えるのは、実はひどく不遜で大それたことだったかもしれない。

 この瞬間から、私はフランと同じように、ごく普通の村の娘から世界の破滅を起こそうとする者達へとすり替わってしまったのだから。






「…‥…‥っ」

エリスリートが息を吐くと、胸が締め付けられるように痛んだ。何かを求めるかのように、彼女は空に向かって手を伸ばした。だけどそれはすぐに、ゆっくりと地面へと落ちていく。

 最後にエリスリートが願ったもの。それは、フランがすべての望みをかなえてくれることだった。

私はすべての望みをかなえたフランを見たかった。彼が強さを手にする手伝いをしたい、と心の底から思った。もしかしたらその時には、この世界が私達を見る目にも変化が起こっているかもしれない。私はそれを知りたかった。知りたかっただけだった。


「…‥…‥か、勝った、の?」

もう一歩も動けそうもなかった。地面にへたり込み、息ははあはあと情けないほど切らせながら、メイベルは誰にともなく聞いた。

「ああ」

 エルメスがそう言って、メイベル達を安堵させるが、そのエルメスにしても滝のような汗で全身を濡らしていた。

「みなさん、大丈夫ですか?」

 エルメスが首を巡らせると、カナリアは柔らかな笑みをたたえながら、こちらを見ていた。

「ああ」

 エルメスは簡潔にそれだけを言った。

 カナリアはくすりとかすかに笑いを漏らし、

「先程からそればかりですね」

 と声をかけた。

 そんなカナリアに、人々は暖かな安心感を感じて思わず顔をほころばせた。



 ――陛下。

 私はあの時の約束を守れましたでしょうか?

 エルメスはディーンにかっての主の姿を見ながら、心の中でそうつぶやいた。

あの遥かな日々に心をはせながら…‥…‥。






「――バースト・ソウル!!」

何度目かのソランの叫び声がした。

フランと同じ魔帝の生まれ変わりであるソランは、自身で認めることで再び、『キードロップ』の力を使うことができていた。

剣から炎と氷の連弾が弾け飛び、そしてその連弾がそのまま、フランへと襲いかかった。

フランはそれを見上げると、余裕の表情で手をかざす。

「――ラグナシア・エル・セイア!!」

その瞬間を逃さず、ディーンは剣を振るった。ルミナスの町の時のような、膨大な魔力がフランを襲った。

「――コスモドライブ!!」

その瞬間、魔力が収束する。膨大な量の魔力が球形を形作り、そして、ソラン達に向かって放たれた。

ソランの放った炎と氷の連弾も弾け飛び、ディーンの放った攻撃も難なく跳ね返されてしまった。

 まさに圧倒的だった。

 ルミナスの町の戦いでも、とても太刀打ちできそうもないなと思っていたのだが、今回はさらに次元が違ってきている。

真の力を取り戻したせいなのだろうか?

互角以上に戦っていたはずのディーンの攻撃でさえ、まるで通じていない。

「ソラン! 逃げろ!!」

「――なっ!?」

 戦いの最中に考え事などしていたのが災いしたのだろう。いつのまにか、ソランの目の前にまでフランが接近していた。ソランはバックステップでフランとの距離を開けようとした。だが、それよりも早く、フランが水平に剣を払った。

激痛が走り、ソランの身体は宙を舞った。

 吹き飛ばされ、膝と腕をついてしまう。

 ソランは唇を噛み締めた。

「どうした? 覇王ラウレス。 その程度か?」

「くっ…‥…‥!」

 ソランはうめいた。

 戦うための力は、ソランに残されていた。

 だが、気力の方が急速にソランのもとから失われつつあった。何をしても、どんな技を繰り出しても、このフランには――混沌神ハデスには通用しないのではないのか。その不安――いや恐怖が、ソランの中から精神力を奪い去りつつあった。

「まだだ!!」

 その前に立ち塞がったのは、ディーンだった。

「ほう? まだ、やる気だけはあるようだな。 ディーン=アスファル=カティス」

「俺達は絶対、諦めない! 必ず、おまえを倒してこの世界を平和にしてみせる!!」

「あっ…‥…‥」

 その言葉が、ソランの記憶巣を刺激した。不思議な既視感がソランを襲った。

 一体、何故?

 一瞬そう思ったが、その理由はすぐに分かった。

『魔神は強い! 邪神は強い! 破壊神は強い! そんなのわかっている! …‥…‥でも、デュークは勇者だ! 勇者っていうのは人々の心に希望を与え、人々の心に勇気をもたらしてくれるから勇者だ、って前にデュークは言っていたよね! それなのに、そのデュークが最初に諦めないでよ!』

『俺は最後まで諦めない! だから、デュークも最後まで諦めないでよッッッッッ――――!!』

 頭の中で声が響いた。

 ソランは言葉を失った。それはあの時、自分がデュークに告げた言葉だったからだ。あの時は無我夢中でそう叫んでいた。ただ、デュークに最後まで諦めてほしくなかった。最後まで戦い抜いてほしかった。それなのに、肝心の自分が早くも諦めてしまおうとしている。

 ソランは顔を上げた。

 そうだ。

 ディーン王子の言うとおりだ。

 俺達がここで諦めたら、俺達を信頼して他の使い手達と戦っているデュークさん達に面目が立たない。それにジルカの町で、帰りを待っているモアナに告げたんだ。

必ず、勝ってみせるって!

 ソランの顔に、わずかずつ生気が戻ってきた。

「必ず、勝ってみせる! そして、絶対におまえの野望を止めてみせる!!」

 ソランは自信に満ちた表情で叫んだ。

 ディーンの言葉で、ソランの中に巣くっていた恐怖はどこか遠くへと消え去っていた。

「ああ!」 

ディーンが嬉しそうに頷いた。

「まだ、諦めないのか?」

 フランは値踏みをするようにソランを見ると、ディーンに視線を戻した。

「ディーン、貴様も諦めの悪い奴だな。 かってカティス王国を滅ぼした時もそうだ。 おまえが往生際もなく逃げ延び、破壊神デリトロスの使い手となったせいで、真の力を取り戻すのが遅れてしまった」

 その言葉が、ディーンの記憶に重なる。



『ディーンは最後の希望だ。 我らがかって破壊神デリトロスを封じた際に、ディーンとメイベルは破壊神の使い手として選ばれておる。 この戦いで魔帝の使い手を撃退できればよし、もし我らが敗れることがあればカティス王国は滅亡してしまうだろう。 だが、ディーンさえ健在であれば王国は甦る』



「それはフラン、おまえが俺を恐れているってことなのか?」

 時が止まるほどの緊張だった。フランは目を見開いたまま、しばらく硬直していた。それはディーンでなければ成し遂げられないことだった。彼の言葉はまさに混沌神ハデスの弱みを刺し貫いたのだ。

 フランはディーンに手を伸ばそうとしたが、その手は途中で止まった。

「恐れる、恐れる、…‥…‥恐れるか。 そうかもしれないな。 だが、だからこそ、それは認めらない」

「なっ!?」

 フランは一瞬にして詠唱を開始した。

 ディーンが止める暇なんてなかった。すぐに詠唱は完成し、黒い渦がソランを悲鳴ごとのみこんでその場から消してしまったのだ。

 ディーンはフランにキッと鋭い眼差しを向けると聞いた。

「フラン! ソランに何をした?」

 ディーンに再び、手を伸ばしたフランが暗い声で言った。

「ディーン=アスファル=カティス。 貴様だけは俺の手で確実に葬り去ってやろう」

 その毒々しい口調に、ディーンは持っていた剣の柄をさらに強く握りしめた。


「――ラグナシア・エル・セイア!!」

 ディーンは瞬く間に、フランの懐へと飛び込んだ。フランと、はたと目が合う。畏怖も何も感じなかった。

「――コスモドライブ!!」

フランがつぶやいた。その瞬間、魔力が収束する。膨大な量の魔力が球形を形作り、そして、ディーンに向かって放たれた。

「くっ!」

そのフランの一撃で、ディーンの放った攻撃は難なく跳ね返されてしまった。だが、ディーンは攻撃の手を休めずに、何度も何度も蓮撃を加えていく。それでも、フランは倒れない。揺るがない。

 ディーンは高く高く飛び上がった。そのまま重力に加速の力をのせて、渾身の力を込めてフランの頭上に振り下ろす。しかし、ディーンの一撃はフランの右肩をかすめただけだった。

「フラン、ソランをどこにやった?」

「覇王ラウレスなら、『暗黒の牢獄』の中に閉じ込めてやった。 今頃はもう一人の偽者の自分と戦っているだろうな」

「なっ!?」

 ディーンは攻撃の手を止めて思わず、うめいた。

 それを好機とばかりに、フランは接近していたディーンを思いっきり弾き飛ばした。嫌な音がして、ディーンは後方に吹き飛んだ。

「…‥…‥っ」

「これで終わりだ」

 不適に笑い、フランは言った。

確実にとどめを刺すためなのか、手を伸ばすとディーンの方へとゆっくりと近づいていく。悠然としたその足取りは、自分がしかけた攻撃に絶対な自信を持っていることの証明だった。そして実際、ディーンはそれだけのダメージを受けていた。今から必死に立ち上がっても、フランの行動は止められない。

 だが、動くことができなくとも、ディーンにはまだやれることが残っていた。

「――死ね。 …‥…‥ディーン=アスファル=カティス」

 フランが最後の言葉を放とうとしたその時。

――食らえっ!――

 ディーンが心の中で叫ぶと、フランの行く手を阻むようにして、光芒が炸裂する。その光こそ、魔帝と呼ばれる者を滅ぼす力――そのものだった。

だがその力も、混沌神ハデスであり、混沌神ハデスの使い手でもあるフランには効かない。カティス王国が滅ぼされた時に、それは証明済だった。本来なら効果はない攻撃だ。

――だが!

「――ラグナシア・エル・セイア!!」

「――なんだとっ!?」

 ディーンは光を放つのと同時に、覇王ラウレスの使い手としての力も解き放った。

フランが混沌神ハデスの力としての力を持ち、混沌神ハデスの使い手の力も持っているのなら、ディーンもまた、魔帝と呼ばれる者を滅ぼす力を持ち、覇王ラウレスの使い手としての力も持ち合わせていた。その事実は、ディーンにはフランを倒すことができるという証明でもあった。

 その攻撃をまともに食らってしまったフランはそのまま、ゆっくりと後ろに倒れていった。

「…‥…‥忠告だ」

 地面に倒れ、まだ浅く呼吸をしているフランが言った。

「…‥…‥はあはあはあ。 …‥…‥忠告?」

 息を切らしながら、ディーンがフランに訊いた。

「…‥…‥人を守るのが法なら、また法を守るのも人だ。 ディーン=アスファル=カティス。 これからも理想を追うか? 混沌へと繋がる道を選ぶか?」

 あいまいでひどく大きな問いかけだった。

 答えることは容易ではなく、また言葉にしたとしても、すべてが正しく言いあらわせるものではない。伝わるかどうかは、いっそう疑問だった。

 それは、ひとりの資格ある王の子が、命と人生をかけて体現するものだから。

「…‥…‥」

「俺の目的は、真の力を取り戻すこと、そしてすべての生きとし生けるもの達――いや、あらゆる存在すべてに、混沌神ハデスの偉大さを知らしめることだ。 そうすれば、誰も――魔帝と呼ばれる者達でさえ、俺に逆らうことはなくなるだろう。 世界は、俺によって統一される。 俺が成そうとすることが混沌であるとするならば、貴様が成そうとすることも混沌だ。 すべては所詮、詭弁にすぎない」

「俺は俺のやり方で、仲間と一緒にこの世界を救えるのならその道を探してみたい――それだけだよ。 仕方ない、無理なんだ、って諦めていたら、これから先もずっと同じことだろう? これまでがそうだったように」

 みんなが笑顔でいられるような世界にしていきたい。

 だからこそ、それを成し遂げるための歩みを止めるつもりはない。

 ディーンは誓った。

「俺は自分の信じる道を貫くだけだ!!」

「…‥…‥っ!」

 フランは目を見開いて、そしてついに息絶えた。その体は光に分解され、周囲に拡散して消えた。

 一人になったディーンは、空を見上げて思った。

 ソランはどうなったのだろう?

 もう一人の自分自身である覇王ラウレスと戦っているソランは、大丈夫なのだろうか?

 ディーンはソランが勝って、無事にあの空間から戻ってきてくれることを願った。もちろん、信じた。






 どことも知れぬ空間の中で、二人のソランは向かい合って立っていた。

「これって…‥…‥」

 ソランは周囲を見回してつぶやいた。

「…‥…‥貴様も我の敵か?」

 ソランの姿をした覇王ラウレスが訊ねる。

「これって、一体、どういうことなんだ?」

 答えの代わりに、ソランは逆に問い返した。

「――貴様も、我に戦いを挑むか?」

「いや、そうじゃなくて、どうしたら、ここから出られるのか聞いているんだよ?」

 覇王ラウレスは無造作にソランに向かって右腕を突き出した。

 何をしたというのか?

 ソランの身体は目に見えない何かに殴られたように吹っ飛び、地面に叩きつけられた。

「なっ!?」

 起き上がったソランが剣を構えようとした瞬間、覇王ラウレスがもう一度、腕を伸ばした。

 ソランは何もできないまま、また地面に叩きつけられた。

「…‥…‥ど、どういうことなんだ?」

 ソランは呆然とつぶやいた。

 覇王ラウレスは混沌神ハデスとは違って、自身の力を失っているはずだ。ディーンの話では、ルミナスの町では覇王ラウレスに覚醒したきっかけで一時的に力が戻っただけだったという。それなのに何故、覇王ラウレスは今、力を行使しているのだろうか?

 そういえば、フランが放った黒い渦によってここに訪れてしまったんだよな。

ということは、この空間はフランが造りだしたものなのか?

自分自身であるはずの覇王ラウレスとこうして向かい合っているこの状況も、すべてフランが招いた策略なのだろうか?

 だが、考えても答えは出そうもなかったし、考えている暇もなさそうだった。

 覇王ラウレスの放った一撃を何とか避けても、すでに目の前には覇王ラウレスがいる。覇王ラウレスの攻撃をガードでしのいでも、自分の後ろから覇王ラウレスが現れる。

 まるで竜巻に飲み込まれてしまったかのように、ソランは絶え間ない攻撃の中にさらされていた。

「…‥…‥っ」

 覇王ラウレスの攻撃に巻き込まれ、うつぶせに倒れこんだソランは小さくうめいた。

 どうすればいいんだ。

 ふと、その思いが過ぎった時、ソランの脳裏に、かってモアナが言った言葉が蘇った。

『そうですわ! お兄様には武器などに二つの属性を合わせて攻撃する力と、相手の能力の効果を消し去る力があるのですの! つまり、例えば、あのグリフォンの分身体を生み出していたエリスリートに対して攻撃を加えたら、あのグリフォン達も『キードロップ』の効果がなくなってすべて消滅してしまうのですわ!』

 あれはいつ言われた言葉だったろうか?

 そうだ。

 エリスリートとの戦いに敗れた時だ。

 モアナが教えてくれたこの能力で、必ず俺は勝ってみせる。

『お兄様が覇王ラウレスとして覚醒してしまっても、私のそばからいなくならないでほしいですの!』

 再び、ジルカの町でソランの勝利を願っているはずのモアナの声が脳裏に響いた。

 約束したもんな。

 どこにも行かない。

 そばにいる、と。

 倒れたままのソランは必死にもがき、何とか立ち上がった。

 それはただ、闇雲に立ち上がったわけではない。この言葉によって本当にもたらされたものの意味を、ソランは理解し始めていた。

「――バースト・ソウル!!」

 ソランは思いっきり、剣を振り下ろした。

 そう叫んだ途端、剣から炎と氷の連弾が弾け飛んだ。だが、それは覇王ラウレスを狙って放った攻撃ではない。その連弾の直撃は、彼の身体をかすかに過ぎって、空間に巨大な穴を開けていく。

 これが、モアナのもたらしたものだった。

 相手の能力の効果を打ち消す力があるのなら、この空間も消滅させることができるのではないかと考えたのだ。そうすれば、きっと、ここから出られるはずだ。結果、それは正しかったといえる。空間は亀裂を生じながらゆっくりと消滅していった。


 気がつくと、ソランと覇王ラウレスは再び、同じ空間で向き合って立っていた。

「…‥…‥空間そのものを消滅させるとは」

 予想外の攻撃に、覇王ラウレスはかすかに眉を寄せたようだった。

 ソランはまっすぐにもう一人の自分を見つめる。

「そうでもしないと、勝てないだろう?」

 ソランは笑った。そして、意味ありげに続けた。

「自分自身には、な」

「…‥…‥我は、我に敗れたということか」

 覇王ラウレスはそう言うと、その場から消えていった。






 すべての戦いは終わった。

 空に開いた黒い渦が、ソランを吐き出して閉じるのを確認して、ディーンは改めてそう思った。

 ソランは訊いた。

「あの、フランは?」

「もちろん、倒したさ!」

 ディーンの顔には、一点の曇りもない100パーセントの笑顔が浮かんでいる。

「ソランの方は大丈夫だったのか?」

「あ、はい…‥…‥!」

 そう答えるソランの顔にも、どこか照れくさそうな笑みが浮かんでいた。

 ソランとディーンはお互い、何か言うべきだと思った。

 しかし、どんな言葉をかければいいのか、二人にはすぐには分からなかった。

 どんな言葉も口に出せばうそ臭くなってしまう、二人はそう思った。

 結局、二人が口にしたのは次のような言葉だった。

「やったな」

「はい」

 ディーンの言葉に、ソランははっきりとそう答えた。

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