第十章 紺碧の空と黄昏の大地
魔帝の使い手が今にもカティス王国に迫っている。
このカティス城に、予期せぬ凶報がもたらされたのは、瀕死の兵士の早馬がカティス王国の城下町にたどり着いた、その日の夜のことであった。
重臣達は血相を変え、われ先にと宮殿の謁見の間に急いだ。
駆けつけた重臣達に、国王がその報を告げると重臣達は悲鳴にも似た驚愕の声をあげ、顔を凍てつかせた。
あまりの衝撃に言葉を失い、二の句が継げなかった。無理もなかった。
このカティス王国の王家の者には代々、魔帝を滅ぼす力がある。そのため、魔帝と呼ばれる者達もカティス王国にだけは関わりも持とうとしなかった。
確かに最近、魔帝と呼ばれる者達の不穏な活動や、魔帝と呼ばれる者が自身の力を取り戻すため、魔力の塔を探しているという情報も届いていた。だが、このカティス王国にはそのような塔が現れたという噂は今のところ、全くない。それなのに、何故、魔帝の使い手がカティス王国を狙うのかが分からなかった。
重臣達の誰もが、自分の耳を疑った。
謁見の間には、いいようのない重苦しい空気が流れた。
「エルメスよ!」
真っ先に口を開いたのは、国王だった。
「聞いていたであろう? いよいよ戦いが始まる。 そなたはディーンを連れて、即座にカティス王国を脱出してアトス大陸へと向かうのだ」
重臣達は驚いて互いに顔を見合わせた。
「私に…‥…‥」
国を捨てよと命じるのですかと言いかけて、エルメスはさすがに言葉を慎んだ。
「ディーンは最後の希望だ。 我らがかって破壊神デリトロスを封じた際に、ディーンとメイベルは破壊神の使い手として選ばれておる。 この戦いで魔帝の使い手を撃退できればよし、もし我らが敗れることがあればカティス王国は滅亡してしまうだろう。 だが、ディーンさえ健在であれば王国は甦る」
威厳を込めた言葉で、国王は毅然と言い放った。
「すでに城下の市民達を脱出させ始めている。 貴公は彼らに紛れてアトス大陸へと向かえ。そこで時を待つのだ」
「…‥…‥勅命、承りました。 我が命に代えまして、ディーン殿下をお守りすることをお誓いいたします」
迷いを振り捨て、エルメスは国王に答えて一礼した。
「頼んだぞ、騎士エルメス。 さあ、ディーン、行くのだ」
ディーンを一度だけきつく抱きしめると、国王はディーンを手放した。
「父上!」
訳が分からずに叫ぶディーンの手を引いて、エルメスは隣に控えていたメイベルとともに一礼すると足早に外へと出ていった。
「あれから、もう八年も経つのか…‥…‥」
「えっ?」
ソランは首を傾げた。傍で一緒に歩いているディーンが、どこか淋しそうにしているように見えたからだ。
「どうかしたんですか?」
少し心配したソランが、ディーンに訊ねた。
「あ、いや、何でもない。 さあ、フランの元に急ごう!」
ディーンはソランを勇気づけるように言った。
「はい!」
と答えたソランだったが、すぐに顔を曇らせてつぶやいた。
「でも、何だか、変ですよね…‥…‥」
セルフィナ大陸は不気味なほど静まり返っていた。
セルフィナ大陸に向かったソラン達は、半ばフラン達が放った魔物達が待ち構えているであろうことを覚悟していた。でも、ここにはどのようなたぐいの魔物も見当たらなかった。
壊れた石畳の道に響くのはソラン達二人の足音だけで、いかなる気配も感じ取ることはできない。当然、あるべきものがないことが、かえってソランの不安を増大させていた。
ソランがディーンに問いかけた。
「本当にこの大陸に、あのフランっていう人がいるんですか? とても、いるようには思えないんですが…‥…‥」
「いいや」
不安げに訊ねるソランに、ディーンはきっぱりと違うと答えた。
「フランはここにいるはずだ!」
「そうなんですか?」
「ああ! この先の――」
ディーンがソランの疑問に何かを答えようとした、そのときだった。
「やっと、来たか」
「「フラン!?」」
ソラン達は一斉に身構えた。
唐突に、彼はそこに現れたように見えた。銀髪の少年は、身を守る魔物の一団すら持たぬまま、ソラン達の前に立っていた。
彼――フランは威風堂々と、まるで勝者のようなたたずまいでソラン達を見つめた。その眼差しには明らかな侮蔑がある。
「どうしてここにいるんだ? エルメスの話では、この先の城にいるという情報だったはずだ?」
ディーンは目を見開いていきりたった。
「貴様らがここに来ることは最初から分かっていた」
フランはあざ笑うかのようにそう言った。
「読まれていた、ということか」
苛立ちを滲ませて、ディーンが叫んだ。
「なら、どうしてここで俺達を待ち構えていたんだ? 読んでいたというのなら、俺達をまとめて一網打尽にすることだってできたんじゃないのか?」
「それでは、俺の気がすまない」
ソランの言葉に、フランは楽しげに答えた。
「覇王ラウレス、そしてディーン=アスファル=カティス。 貴様らは俺の手で始末しなくては気がすまない」
その声は静かに場を支配した。その声の響きに、水色の目の持つ光に、ソランは心臓を掴まれた心地がした。
「悪いが、俺達は負けない!」
剣を抜き放ちながら、ディーンが叫んだ。
「…‥…‥あ、ああ! 絶対に止めてみせる!」
ディーンに後押しされて、ソランも叫んだ。
あくまで剣を構えたまま、ディーンは冷静に尋ねた。
「貴様らの目的は一体、なんなんだ? この世界を支配することなのか?」
「エルシオンが言っていただろう。 俺の目的は、真の力を取り戻すこと、そしてすべての生きとし生けるもの達――いや、あらゆる存在すべてに、混沌神ハデスの偉大さを知らしめることだ」
「ならば、何故、このセルフィナ大陸を滅ぼしたんだ?」
ディーンが叫んだ。彼の怒りは当然だった。彼は祖国を滅ぼされ、家族も帰るべき場所さえも失ったのだ。
フランは冷たい眼差しで見つめると、ディーンの怒りに笑いながら応じた。
「知らしめるためだ、と言っただろう。 この大陸の崩壊も、他の大陸への侵攻も、すべては混沌神ハデスに逆らうとどうなるのかの戒めだ」
「なら、この戦いで、多くの町や村が滅びたのもその戒めのせいだって言うのか!!」
剣を抜き払い、自分でも意外なほどに、ソランは声を荒げた。
フランが小首を傾げた。
「混沌神ハデスの偉大さを知りながら死んだのだ。 むしろ、死して光栄に思うのだな」
「な、なにっ!」
ソラン達の興奮をあざ笑うかのように、フランがソラン達に向かって言い放った。
「さあ、始めるとしようか? 覇王ラウレス、そしてディーン=アスファル=カティス。 俺の真の力を思う存分に知るがよい」
最後の戦いは始まった。
同時刻、アトス大陸ではメイベルとエルメス、そしてカナリアと僧兵部隊がエリスリートと向かい合っていた。
「やはり、読まれていたか」
「読まれていた? 分かっていたのなら、何故、特に対策もなく、ここまで来たの?」
エルメスの言葉に、エリスリートは不思議そうに疑問を投げかけた。
エルメスはそれには答えずに逆に問いかけた。
「そういう貴様こそ、何故、ここで待ち構えていた? 我々と貴様では、少なくとも我々の方が有利なはずだ」
「それは単純に、フラン様が覇王ラウレスとディーン王子は自分の手で始末したいって所望されたからよ」
まあ、当然のことよね、とエリスリートは溜息まじりに言った。
「貴様は我々よりも、勇者デュークと戦いたいと思っていたのだが違うか?」
「そのとおりよ」
エルメスの言葉に、エリスリートはきっぱりと言い切った。
「なら、何故ここにいるの?」
今度はメイベルが聞いた。
「勇者デュークと戦いたいっていう気持ちと同じくらい、あなたにはルミナスの町で借りがあったっていうことを思い出したのよ。 メイベル=デューテ」
エリスリートの言葉が、メイベルに決心をさせた。
「…‥…‥なるほどね。 なら、あの時の決着をつけましょうか!」
「そうね。 結論として、私達の邪魔をするのであれば誰であれ、排除するまで、っていうことだもんね!」
エリスリートは唇の端を吊り上げて、メイベルに向かって手招きをした。彼女の挑発に、メイベルはある意味、楽しげな笑みを浮かべ、そして長槍を振りかざし、進み出た。
「まあ、それも排除、できればの話だけどね」
前方をにらみつけ、メイベルは不適な笑みを浮かべる。彼女の視線の先には、その言葉を聞いて怒りに顔を真っ赤に染めるエリスリートの姿がある。
「ご自慢の分身体も、カナリアの力で無力化できるし、あなたには打つ手はないんじゃないの?」
メイベルの台詞に、エリスリートはにんまりと笑みを浮かべた。
「もちろん、その対策はしてきているわよ~♪」
エリスリートがそう告げた瞬間だった。
目の前に、魔物の軍団――魔神メフィストの分身体数体と数百もの魔物達が出現した。
「前と同じだとは思わないでよね」
エリスリートは言った。
「エルシオンの力で、強化改良化した魔物達と魔神メフィストの分身体よ! 当然、『キードロップ』の力でないと倒せないし、常闇姫の力でも消すことはできないってわけ!」
エリスリートは自分の言葉にふんふんと頷いた。返事を待たず、さらに続ける。
「さらに、通常よりも強いというスペシャルなオプション付きよ。 これだけ揃うとすごいでしょうね~♪」
メイベルはエリスリートを睨みつけたが、それもほんの一瞬だけだった。
メイベル達の目の前には、すぐに多くの魔物達が押し寄せてきた。
遠くから、エリスリートの嘲笑う声が聞こえてくる。
「さあて、お手並み拝見としゃれ込もうかな」
同じく、グレムリンア大陸でも、デュークとバルレルがエルシオンと向かい合っていた。
デュークはバルレルが出現させた剣を構えるとエルシオンと距離をとった。バルレルも自身の杖をエルシオンに向ける。
「…‥…‥悪いが、貴様らにはここで消えてもらう」
エルシオンは禍々しい目で、じっと二人を見据えた。
「…‥…‥それは貴様らの方だ」
それを聞き留めたデュークが冷たく言った。
「無駄なことはやめるのだな」
だが、エルシオンはあっさりとデュークの言葉を一蹴した。
「貴様らでは、私の動きさえ見えまい。 魔法を放とうにも剣を突き立てようにも、どこにいるのか分からないのではどうしようもないだろう」
エルシオンの表情は、禍々しさを凍りつかせたまま、先程から全く変わっていない。
「なら、動きを捉えるまでだ!」
言うが早いか、デュークはエルシオンに向かって駆け出す。エルシオンまであと二十歩…‥…‥あと十歩…‥…‥あと七歩というところで大地を踏み切り高く高く飛翔する。その勢いそのままに、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
「――ッッ!?」
デュークは目を剥いた。デュークの剣は空を切り、むなしく土の上に突き刺さった。いつの間にか、エルシオンの姿が消失していていたのだ。
「…‥…‥無駄なことだと言ったはずだ」
という声が聞こえてくる。デュークは慌てて振り向いた。背後で凄みを漂わせた笑みを浮かべ、エルシオンがこちらを見つめている。
「貴様では、私の動きは捉えられまい」
「まだだ!」
より力強くより敏捷に。エルシオンの位置を確認したのとほぼ同時に、デュークは再び大地を蹴った。エルシオンめがけ剣を振り下ろす。
「…‥…‥無駄だと言ったはずだ」
再び、デュークの攻撃はエルシオンを捉えられなかった。エルシオンは上半身を軽くそらすだけで、デュークの攻撃を避けてしまった。
「くっ!」
二度目の攻撃も失敗に終わったデュークは、しかしそれでもくじけない。
右薙ぎから左薙ぎ、左から再び右の高速のコンビネーション、それでも避けられてしまうと足払いを放ち、エルシオンの注意が下に向いた瞬間を狙って彼に剣を振り下ろした。
だが、それらもすべて無駄に終わった。エルシオンはほとんど移動することなく、最少の動きでデュークのすべての連続攻撃をかわしきってしまったのだ。
自信がぐらぐらと崩れ落ちていく音を、デュークは耳にした気がした。
これが、エルシオンの混沌神ハデスの使い手としての力か。
エルシオンはかって、バルレルの能力をあっさりと解明していたことがあった。それを、エリスリートは力だと言っていた。
だが、それなら、ソランの能力に関して何も告げなかったのは何故だ?
そして、一瞬で、邪神グラースと破壊神デリトロスを葬ったあの力は…‥…‥。
デュークの脳裏に、エルシオンの能力がわずかながら見えてきた気がした。だが、それはまだ漠然としていて何なのかは分からない。
「全く、訳が分からないんですけれど…‥…‥」
剣を構えているデュークに対して、エルシオンの動きに全くついていけなかったバルレルがそう言った。
「消えたと思ったら現れたり、現れたと思ったら消えたり、何だかよく分からないよ! 僕達とは次元が違いすぎる…‥…‥」
バルレルの発言に、デュークは思案顔をした。
次元が違いすぎるか。
デュークがつぶやく。
「…‥…‥なるほどな」
「どういうこと?」
すかさず、バルレルが訊いた。
「奴には、ソランの能力と同じように二つの能力があるようだ」
「そうなんですか! それって、一体――!?」
勝手にボルテージを上げるバルレルとは裏腹に、ひどく冷静な声でデュークは言った。
「…‥…‥まだ、はっきりとは分からん」
「ええっ!?」
あっさりと返答したデュークに、バルレルはガクッと肩を落とした。
「それじゃどうすれば…‥…‥」
「あの魔道具を使う」
デュークは意外なことを口にした。
バルレルの表情が一瞬ほころび、しかしすぐに引き締めて彼は言った。
「えっ? あの魔道具を! でも、あれは、僕達がエルシオンの動きを捉えられないし、無理なんじゃ…‥…‥」
バルレルの疑念に、デュークは意味ありげな笑みを見せた。
「見くびってもらっては困る。 奴の能力については、ある程度は把握できている。 だが、肝心のところがまだ、分からない」
「そうなんですか…‥…‥!」
目を丸くするバルレルだったが、すぐに思案顔になって考える。
エルシオンの能力は、ソランと同じように二つの能力がある。
それって、一体?
それに肝心なところが分かっていないのに、魔道具を使って大丈夫なのだろうか?
避けられたら、それで終わりなのに…‥…‥。
「…‥…‥さすがだな、勇者デューク」
楽しげに、エルシオンは頷いた。
「えっ?」
バルレルは意味が分からず、エルシオンを見つめた。
「早くも俺の能力の一つが分かるとはな」
「ええっ!? えええっ!?」
動揺して叫びつつ、バルレルはその時、気づいた。
どうして、エルシオンはデュークさんが自分の能力の一つを解明したって分かったんだろう?
理解に苦しむバルレルを差し置いて、デュークは解説した。
「奴の能力の一つは恐らく、相手の考えを読む力だ」
考えを読む!?
その不吉なワードに、バルレルは全身から血の気が引いていくのを感じた。
それってつまり――
「ジルカの町でバルレルの能力が判明したのは、その能力によってだ。だが、ソランは自分の能力は何なのかが分からなかったから、奴も何も言わなかったのだろう」
「…‥…‥そっ、それって」
バルレルはショックを受けた顔で絶句した。
僕達の考えが駄々漏れってことなんじゃ…‥…‥!?
そこで、バルレルはハッとする。
つまり、僕達がここに来るっていうことも、その能力で知ったってことなんじゃ…‥…‥?
「そのとおりだ」
バルレルの疑問に答えるように、エルシオンは言った。
「なっ!?」
「貴様が考えるように、俺はその能力を持ってして、貴様らがここに来ることを知った」
「うっ…‥…‥!」
エルシオンの言葉に、バルレルは呻いた。
何で分かるんだよ!!!!
と、バルレルは心の中で突っ込んだ。
でも、エルシオンはバルレルの心の声は聞こえていても、バルレルの心の突っ込みには答えない。バルレルを置いて、デュークとエルシオンの会話はどんどん進んだ。
「だが、その魔道具とやらは、俺には効かない」
「やってみなくては分からない」
「いや、無駄だ」
エルシオンはきっぱりと言い切った。
どうして、無駄って分かるんだろう?
バルレルは、まじまじとデュークとエルシオンを交互に見た。
もう一つの能力に何かあるのだろうか?
「それって、もう一つの能力があるからなのか?」
バルレルがそのことを指摘すると、エルシオンは「当然だ」と頷きもせずに答えた。
「最も、貴様らにそれが理解できるとは思わないがな」
よく考えれば、エルシオンとフランはそれぞれ二対一の戦い、さらにエリスリートに関しては圧倒的多数の相手から狙われているというのに、エルシオンの態度からは微塵の不安も感じられなかった。
…‥…‥正直にいうと、こういうところは尊敬すべきなんじゃないか、と少し思い始めていた。
僕に欠けているのは、まさにこういうぶれない心だと思う。
「バルレル、やるぞ!」
「あ、はい。 って、ちょっと――?!」
うっかり焦ってバルレルがはいと返事をしてしまったのが最後、デュークは一直線にエルシオンのもとを目指した。
「無駄なことをまた繰り返すか? 勇者デューク」
「無駄かどうか試すまでだ!」
エルシオンとデュークはそれぞれ言い合い、そして再び激しい戦いが始まった。
…‥…‥でも、そんなこととは全く別の次元で、バルレルは焦った。焦っていた。魔道具は今、現在、バルレルの手元にあった。それはつまり、バルレルが魔道具を放たなくてはいけないことを意味していた。エルシオンの動きどころか、仲間であるデュークの動きですらついていけていないのに、そんなことが果たして自分にできるのだろうか?
いや、でもそれでも、やらなければならなかった。
この局面でデュークさんの期待に応えなくては、心半ばにエルシオンによって消されたアトリちゃんが報われない!
アトリちゃんの敵なんてとれない!
「バルレル!!」
エルシオンに向かいながら、デュークがバルレルの名を呼んだ。バルレルはすぐに頷き返し、そして魔道具を――魔道銃を構え、エルシオンに放った。
「無駄だ!」
一瞬の出来事だった。魔道銃を放った光を、寸でのところでかわしたかと思うと、エルシオンは一瞬でバルレルの眼前まで迫っていた。
呪文を唱える暇はない。もちろん、魔道銃を構えて放つ余裕なんてない。
もうだめだ!
とバルレルが思わず、諦めかけたその時。
「――メテオインパクト!!」
エルシオンの叫び声がした。同時に何かが爆発する音がした。
ああ、これで自分は死んだな。
バルレルは目を閉じてそう思った。
だけどその時、何故かアトリの顔が浮かんできた。
『バルレル、貴様、勝手にくたばったら許さんぞ!』
それはいつものアトリの声で、いつものアトリの口調だった。自信に満ち溢れ、微塵も不安を感じさせなかった。
そのアトリの態度が、バルレルを勇気付けた。
間に合わなくてもいい!
効かなくてもいい!
もう一度!!
「たあ――っ!!」
「うおおおおっ!!!!!!!!」
バルレルは魔道銃を構え、がむしゃらに放った。そして、目を開けて驚愕する。
「デュ、デュークさんっ!?」
いつの間にか、デュークがバルレルの目の前に立っていた。どうやら、バルレルをかばってエルシオンの攻撃を受け止めてくれていたらしい。満身創痍という言葉がぴったりのボロボロの姿のデュークが倒れそうになるのを、バルレルは慌てて受け止めた。そして、その向こうでバルレルが無我夢中で放った一撃を食らって倒れているエルシオンが見えた。
「…‥…‥無駄なことだ」
息も絶え絶えにそう言い放つと、エルシオンは皮肉ぽく笑った。
「…‥…貴様らでは、所詮、混沌神ハデス様にはかなわない」
「…‥…‥そ、そんなことはない。 …‥…‥ソ、ソランなら、やってくれると、お、俺は信じている…‥…‥」
荒い呼吸をしながら、デュークが答えた。
それを聞いたエルシオンの唇がゆっくりと嘲笑うような笑みを形作った。
だがそれを最後に、彼はもう二度と動こうとはしなかった。
バルレルは、自分の肩を借りて何とか立っているデュークに疑問を呈した。
「…‥…‥結局、エルシオンのもう一つの能力って何だったんだろう?」
「…‥…‥これは推測だが、奴のもう一つの能力とは自らの命を燃やし、潜在能力を引き出すものだったんだろう。 この能力を使えば、奴は普段の何倍もの戦闘能力を手に入れることができる。 邪神グラースや破壊神デリトロスをあっさり消滅させたのはこの力だろう。 …‥…‥ただし、強大すぎる力にはリスクが生じる。 命を燃やすということは、命をすり減らすということを意味している」
「それって…‥…‥」
その言葉の意味することに気づいて、バルレルは痛ましさに目を伏せた。
しばしの沈黙の後、デュークが静かに言った。
「奴がこの力が使っていられるのは、ほんの限られた時間だけだったようだ。 そのおかげで、俺は死なずにすんだ。 …‥…‥皮肉な話だ」
デュークは笑った。それは、彼には似合わない自嘲気味の笑いだった。