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第一章 勇者と魔神の戦い

以前、同人誌に載せていました小説です。

この小説は毎日、投稿していくつもりだったりします。

どうかよろしくお願い致します。

「・・・・・こんな、馬鹿な」

 それは勇者のつぶやきだったけれど、本来なら仲間達の誰の口から漏れてもおかしくない言葉だった。だがそれは、今は決して有り得ないことだった。

勇者は視線を巡らせた。地面では彼の仲間達が倒れている。彼らが息をしていないのは一目で分かった。

 勇者は視線を転じた。

 そこには、彼の仲間の一人であるマナベルが細い腕を胸の前で組んで笑っている。

 勇者は動揺をあらわにして問いかけた。

「・・・・・な、何故だ? 何故、おまえがみんなを・・・・・」

「我は魔神」

「ま、魔神、だと?」

「そう、魔神メフィスト!」

 驚きを隠せずに勇者が問い返すと、彼の仲間であるはずのマナベルは腕組みをしながら叫んだ。

「なぜ、だ」

 完全に冷静さを失った顔で、勇者が言った。

「貴様は、魔神メフィストはついさっき俺達が倒したはずでは・・・・・」

 マナベルの姿をした魔神は腕組みをして悠然と構え、勇者を睥睨しながら告げた。

「そう! 我はおぬしらに倒された!」

 楽しげに魔神は続けた。

「と成り果てることもなく、消え失せたわ! ・・・・・ただし、我の分身体だがな!」

「ぶ、分身体だと!? ど、どういう――」

「我ほどの魔神となれば、そのくらい出来て当然なのだ!」

 勇者の悲鳴を、魔神は強い口調で抑えつけた。

「我が本体はかって邪神との戦いで完全に消滅しておる! だから、今まで分身体を戦わせていたのだ!」

「で、では、マナベルは・・・・・?」

 小刻みに震えながら、勇者がささやくような声で言った。

「光栄に思うがよい! 我の新たな器として選んでやったのだ!」

 無情にも、勇者の言葉に魔神はそう答えた。

「本来なら、勇者であるおぬしをと思ったが、それではつまらぬからやめたのだ!」

「何故、俺ではないんだ?」

 気がつくと、勇者はそう尋ねていた。

「ううん? なんだ、おぬし、そちらの方がよかったか?」

 勇者は首を振った。

 その時の勇者には、何かを考えるなんてことはできなかった。勇者には、ただ聞かれたことに答え、浮かんだ疑問をそのまま口にする程度の思考能力しか残っていなかった。

「おぬしを生かすのは、おぬしが勇者だからだ!」

 と魔神は言った。

「勇者、実に素晴らしい! そうであろう? おぬしこそ、この世界の最強だ!! おぬしまでいなくなると、このゲームはますます歯ごたえがなくなってしまう!! 何しろ、分身体である我を倒した唯一の者だからな!!」

 勇者はのろのろと頷いた。ゲームの駒として使えるから生かしておく、そう名言されたことに腹を立てるような余裕は、勇者にはなかった。マナベルを魔神の手から救い出そうとも、魔神と戦うために動こうともしなかった。

 圧倒的な恐怖が、勇者を包んでいた。恐怖、そんな言葉ではまだ生ぬるいかもしれない。それは絶望、勇者から全ての意思を奪い取ってしまうほどの、絶望だった。勇者になすすべはなかった。今の魔神は、分身体の数十倍ともいえる力を有していた。勇者には、魔神の動きさえ見えないのだ。剣を突き立てようにも、どこにいるのかさえ分からないのではどうしようもなかった。勇者は全く何もできないまま、いやほとんど気がつくことさえできないままに、仲間を三人も失ってしまったのだから。

 勇者は立ち上がり、歩き出した。


 迷路のようになっていた魔神の城の通路を、どこをどのようにして歩いたかは分からない。

 でも気がつくと、勇者は魔神の城の門をくぐっていた。

 勇者は振り返り、魔神の城を見上げた。入る時は五人だった。でも今は一人だけだ。

 そう思ったら、初めてマナベルや仲間達の顔が浮かんできて、勇者は自然と涙をこぼした。


 魔神の元から逃げ出した勇者は、二ヶ月後、故郷の村にいた。勇者は走って走って走った。魔神が追っ手をよこしたりしないことは分かっていた。でも、もしかしたら魔神の気が変わるかもしれない。何より魔神自身が気まぐれで追いかけてくるかもしれない。勇者は有り得るはずもない幻影におびえ、ただ逃げて逃げて逃げて逃げた。


 勇者の名は、デューク=ギーナン。

 かっては勇者と呼ばれ、世界の希望の一端を引き受けていた男だ。

 今では――ただ魔神に怯え、恐怖する一人の男に過ぎなかった。

 だけど――。


 ざあっと風が吹いて、ピンク色の花びらが舞った。

 ハッと目を開ける。手入れの行き届いたきれいな広場。何本もの樹木が、競い合うかのように枝を大きく広げている。デュークは木の下のベンチに腰を下ろしていた。

「・・・・・あの時の夢を見たのか?」

 いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。とても辛くて苦しかった悲しい記憶。

「あっ、デューク!」

 不意に少年が木陰から顔を出して、デュークに声をかけてきた。同じ村に住む自分より五つ年下の少年だ。

「どうしたんだよ? こんなところで?」

 少年は小走りで近寄ってくると、両手を後ろに回しながらちょっと背伸びして、デュークの顔を覗き込んできた。

 その顔を見て、デュークはこの村に戻ってきた時のことを思い出す。魔神に敗れ、絶望に打ち砕かれていた自分に、こうやって樹木を見上げる勇気をくれたのはこの少年だったことを――。

 その時、分かった。

 真の勇者とは自らではなく、むしろみんなに希望を沸き起こさせてくれる者なんだ、と・・・・・!!

「・・・・・そうだな」

 ぼんやりと樹木を見つめていたデュークがつぶやいた。

「どうしたの? デューク」

「ソランがいるなら大丈夫だ」

「どういうこと?」

 不思議そうに首を傾げているソランに、優しく微笑み返しながら、デュークはあの時、自分が目にした光景を話してあげた。

 魔神に向かって駆けていくソランの姿。

 それは決して幻なんかではないと、デュークは思った。

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