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夜の果てまで

作者: 橘高 有紀

 女の子がいたぞ、こっちだ! 女の子だ! もう一人、中学生の少年が一緒のはずだ! 探せ、探すんだ、きっと近くにいる!


 薄暗い山中に、大人の声が飛び交っていた。彼らは行方不明の中学生の少年と小学生の少女を捜索していたチームの一つだった。三日目にしてやっと少女を発見できた、と喜んでいる。きっと少年もこの近くにいるはずだ、と表情を明るくして声を張り上げていた。


 朽ちた石段に倒れていた小学生の少女は、ぐったりとしながらその様子を眺めた。救助されたはずなのに喜べないほど消耗していたのだ。


 顔も知らない大人が、しきりに話しかけてくる。手を差し出され、今までどこにいたのか、どうしていたのかを問われた。体力も気力も失っていた少女は反応することができなかった。答えることも辛く、答えたくても思考が定まらないのだ。


 気がつくと担ぎ上げられ、急な斜面を下りていた。二人が少女を連れて下山し、残りは山の捜索を続ける手はずになっている。他のチームも合流し、本格的にこの近隣を捜索するのだろう。


 少女はかすむ目だけで、何度も周囲を探る。まったく見覚えのない場所だった。大きな木々に覆われた、昼日中でも薄暗い場所だ。山になれた大人たちは迷いなく降りていくが、少女はこんな山奥など入ったこともない。今までどこにいたのか、なぜこんな場所に一人でいるのか――少女のほうが問いかけたかった。自分の身に何が起こったのか、誰かに説明して貰いたかった。


 お父さんとお母さんのところへ帰ろうな。もう少し歩いたら山を抜けるから、頑張ってくれよ。ちゃんと連れ帰ってやるからな。よかったな、無事で。大きな怪我もなくて、よかったな。よかった。


 よかった、と何度も口にする大人へ、少女はろくな反応を示さなかったが、一つの言葉には反応した。それは、共に行方不明となっていた少年の名前だった。


「鼓ちゃん……」


 自分を担ぐ大人の服を掴んで、小さな少女はかすれた声で切れ切れに訴えた。

「助けて……。お願い、おじさん。鼓お兄ちゃんを助けて、探して」


 そう訴え、涙をぽろぽろと溢れさせた。周りにいた大人が困惑気味に、どうしたのか、と相談している。少年はどこにいるのか。行方不明の間に何があったのか。少年にどんな危険が迫っているのか。いつ二人ははぐれたのか。

「鼓ちゃんは」

 少女は懸命に訴えた。



「鼓ちゃんは、お化けに連れていかれたの」



挿絵(By みてみん)



  *

  *




 祭り囃子が遠くなってきた。

「本当に行くつもりなの? 冗談かと思ったのに」

「冗談でこんなところ来ないよ。危ないから沙耶ちゃんは帰ったほうがいいよ」

「まぁた奈々緒はそんなこと言う。行くって言ったでしょ。こんな面白そうなこと参加させないつもり? でも……、灯りは持ってきたかったなぁ」


 ペンライト売っていたのに、と沙耶が軽口を叩きながら、立ち入り禁止のロープをくぐった。その後を、もの言いたげな面持ちで奈々緒が続く。二人はつい先ほどまで中学生最後の夏祭りを楽しんでいたのだ。


 その最中、奈々緒はそっと人混みを抜けて祭りを後にした。行かなければ、という使命感に支配されるまま、『神隠しの道』へやってきたのだ。沙耶はそんな奈々緒についてきたのである。肝試しやるの、と目を輝かせている。


「沙耶ちゃん、ここは神隠しの道なんだよ。わかってるんだよね?」

「止めたってだーめ。奈々緒が行くなら私が行かない道理はないの。それにねぇ、霊感少女の直感も気になるじゃない。私にはないんだもん、霊感」

「霊感だなんて。……そんな大袈裟なものなんかじゃないよ。ただ、この場所は……」


 奈々緒は言葉を濁した。霊感少女という言葉がずんとのし掛かってくる。奈々緒はお盆の時期だけ、姿なき声や見たくもない人影に悩まされてきた。毎年、この時期は憂鬱の靄がもくもくと胸を覆うのだ。


 ひそひそ聞こえてくる誰かの声や、神経に障る人の気配。姿は見えないのに過ぎっていく影。影は、人の姿をしていないものもある。

 この時期になると、それは無視できないほどそこらじゅうに溢れてくる。


 沙耶さえお祭りへ誘いに来なければ――

 背の高い能天気な友人を無言で仰ぎ、奈々緒はため息をついた。


 二人が歩く『神隠しの道』は暗い山道だった。少女が二人並ぶと窮屈に感じるほどの、細い石段である。しかも街灯のない暗がりだ。群青の空に煌々と光る丸い月がなければ、歩くことさえ難儀しただろう。


 わずかな怖気を感じ、奈々緒は腕をさすった。冴え冴えとした蒼い光は、幾重にも続く小さな鳥居を薄闇から浮かび上がらせた。夏の夜に相応しい不気味な演出だ。二人の足音がコツコツと響く。このまま進めば、ご神木といわれるナギの樹と小さな社があるのだ。


 小学生のころ、幼なじみの『お兄ちゃん』とこの道を辿った記憶がふとよぎった。怖い怖いと大泣きし、彼を困らせた記憶だ。耳の奥にその少年の声が蘇る。



 奈々緒。そんなに怯えていたらな、本当に怖いものが出てくるぞ。

 怖いって気持ちや心がそれらを呼んでしまうんだ。ああいうものは見えないし、聞こえないって、無視するのが一番いい。だから奈々緒、怖くない。怖くないんだって念じるんだ。いいね。



 呪文のように「怖くない、怖くない」と繰り返し、彼は泣き止まない奈々緒を宥めてくれたのだった。今よりもっと臆病だったころは、嫌なものに遭遇するたび『お兄ちゃん』に慰めて貰っていた。面倒くさかっただろうに、彼はとても優しかった。


「奈々緖、なーんか懐かしいね、この道。ここ歩いたのって六年ぶりかも。五年前のお祭、私はさぁ、風邪こじらせちゃって行ってないからさ。――恒例の肝試し大会は灯りを貰ってくるんだよね」

「その灯りで燈籠を流すの、私もやってみたかった。結局できなかったから」

「奈々緒はまず参加してなかったじゃない。怖がりでさあ、大泣きして嫌がって」

「そうだね。……ずっと見ているだけだった。今だってこの道通るの、本当は怖いんだよ……」

「平然としている癖に」


 そうでもないよ、と小さく奈々緒は笑みを落とす。

 以前の夏祭は、子どもの肝試し大会が組みこまれていた。小学生だった奈々緒も一度だけ参加したことがある。子どもたちはそれぞれ蝋燭と懐中電灯を持って、お社までの一本道を二人一組で進むのだ。お社から分けて貰った火を無事持ち帰れたら、燈籠を川へ流せた。それは子どもだけの特権で、このイベントを小学生は誰もが心待ちにしていたのだ。


 五年前、奈々緒と一緒に参加した中学生が行方不明になるまでは。


 前後を別のペアに挟まれていたにも関わらず、二人はルートを外れ、山中に迷いこんだのだ。そして、発見されたのは倒れていた奈々緒一人だけだった。数度山狩りを行ったにも関わらず、少年はついに発見されなかった。この失踪事件は、いつしか「神隠しにあったらしい」という話にすり替わっていた。


 もともと夏の肝試し大会には反対していた大人が多かったのだ。暗くて危ない、怪我があっては大変だ、罰当たりな、と取りやめの声が上がっていた。しかし子どもたちには人気のイベントだったため、途中途中に青年団を配置し、頂上の社から明かりの進む様子を監視することで行っていたのだ。


 しかし、あってはならない事件が起こり、この道は「神隠しの道」と呼ばれ立ち入り禁止となった。現在も事件は解決をみないままである。


「大丈夫? 顔色悪いような気がするけど」

 はっと息を呑み、奈々緒は取り繕った笑みを向けた。「平気」と返答した声は、予想以上に弱々しかったけども。

「ねぇ奈々緖、無理しないほうがいいよ。ここはあんたにとって辛い場所なんでしょう」


 唇を噛んで奈々緒は首をふる。ここで引き返すことが恐ろしかった。沙耶に連れ出され、やっと決心したのだ。五年もかかってしまったこの決意を、止めたくなかった。止めてしまうと、きっと来年や再来年も目をそらし続けるかもしれない。今を逃すと、この機会は永遠に訪れないかもしれない。


「沙耶ちゃんこそ帰ったほうがいいよ。ここは暗いし、みんな心配するもの。お祭の途中だったし、ほら、花火しようって話も出てたよね。今ならまだ間に合うよ。ね?」

「奈々緖は?」

 私は……と口ごもった奈々緖に、沙耶が厳しい目を向けた。


「残るつもりなんでしょ。私、奈々緒のそういうところって嫌い。誰だって心配するに決まってるのに、自分だけはされない、される価値ないって思ってる。でもね、少なくとも私は心配だよ。今にも倒れそうでふらふらしてるのに、置いて帰れって何。しかもこんな曰く付きの場所に!」


 怒るよ、と沙耶がまなじりをつり上げた。奈々緒は俯き加減になって唇を噛みしめ、ややあってこくんと頷いた。そっと沙耶の冷たい指先に触れる。握り返してくれた彼女の手から、熱が伝わってくる。


「五年前にここで何があったか、私は噂を聞いた程度だけど。奈々緒が大切な人を失ったんだってことは、知ってるんだよ。……意味があるんでしょう、今日行くことに。見くびらないで」

「……ごめん」


 行こう、と引かれた手。重くなっていた足が動きだす。石段の隙間に生えた苔を見つめて、一段一段上っていく。幾重も続く鳥居をくぐりながら、怖くない、と奈々緒は心中で繰り返した。沙耶ちゃんが一緒だから、怖くない。


 遠くから祭囃子が風に乗って運ばれてきた。抜けてきた喧噪がこんなところにも届いている。奈々緒は、先を行く沙耶のすらっとした背中を見つめた。長い黒髪が揺れている。沙耶は、幽霊が視えると告白した奈々緒を笑わなかった。嘘つき、と嘲ることなく話をちゃんと受け止めてくれた人は二人目だった。


「いなくなったその鼓ちゃんってさ、私も知ってたよ。奈々緒とよく一緒にいた、あのお兄ちゃんだよね。五つぐらい離れてたけど、気さくな感じで、優しそうで」

「知ってたの?」

「あんまり話したことないけど、顔ぐらいはね」

「……鼓ちゃんはお向かいのお兄ちゃんでね……私がお化け怖いって泣いてたら、怖くないよって頭を撫でてくれたの。しょっちゅう泣きついてたんだけど、そのたびちゃんと話を聞いてくれた。……すごく、優しい人だった」


 彼は奈々緒と同類だった。そういう家系だったのか、彼も霊を視るのだ。祖父から心得を教わっていて、奈々緒よりずっとあの世界に詳しい少年だった。一緒にいると気持ちが安らいで、奈々緒は彼の背中ばかり追いかけていたものだ。


 初恋の人だった。

 彼のいない世界を想像できなかったほど、身近な存在だったのに。


(もう五年も過ぎたなんて、信じたくない)

 額ににじんだ汗を手の甲でぬぐう。目的のお社の屋根が見える。


「ねぇ奈々緒。ここへ来るのさ、今日じゃなくてもよかったんじゃないの」

「……今日じゃないと確かめられないんだよ」

「確かめるって――」


 沙耶が言いかけた言葉を呑みこんで、空を仰いだ。雲が流れてきたのか、月が隠れていく。それと平行して光が薄らぎ、青い夜も暗い灰色に蝕まれはじめた。ざわりと、木々が揺れる。


「あのね、記憶があやふやなんだ。……あの日の記憶が。自分でも夢を見ていたんじゃないかって思うんだよね。ううん、私、夢だって思いたいのかも。だから」

 五年間も真相を確かめずにいたのだ。一縷の希望に縋っていたくて、奈々緒は目を逸らし続けてきた。


「待ってよ。確かめるって、奈々緒、何言ってるの?」

「沙耶ちゃん、聞いた噂を言ってみてよ。私が何て言ってたのか。……知っているでしょう?」

 え、と沙耶が目に見えて狼狽した。こんな彼女は珍しかった。


「鼓ちゃんは、お化けに、連れて行かれた……?」

 奈々緒の唇が弧を描く。悲しそうに目を伏せながら。


 そのタイミングで闇が訪れた。手を繋いでいなければすぐ隣にいる沙耶さえ見失いそうな、闇だ。重く身の内に染みこみ、滲み、広がっていく。あの日と同じ纏わりつく闇が、わだかまっていた。曖昧な記憶は、この場所に来ることで修正されるのか。


「そうだよ」


 嘘つき、と罵る声なき声が奈々緒の耳の奥で響いた。滅多なことを口にしないの。そう叱った母親の胡乱な眼差しも冷たく胸に刺さっている。蘇る。五年の時を越えて鮮やかなほど、鮮明に。


「夢みたいな、話でしょう?」


 自分の発した言葉に傷つきながら、今度は奈々緒が沙耶の手を引っ張った。もう十分に上ってきた。ご神木のあるお社まであと少しだ。手探りで脇へそれ、躓きながら斜面を登り、木の根元に二人はしゃがんだ。鳥居の並ぶ細道を見下ろす格好だ。何をするつもり、と困惑する沙耶へ「しぃっ」と口を噤むよう、奈々緒は唇に人差し指を立てた。


「沙耶ちゃん。この先何を見ても、何も言っちゃ駄目だよ。お願いだから口を開かないでじっとしていて。目も瞑ってて。そう長くかからないと思うから」

「奈々緒?」

「あのね、お盆はご先祖様が帰ってくる日でしょう? 私たちはあの日、それを見たの。見てはならないものを見てしまったの」


 さらりと告げた奈々緒の手が小刻みに震えた。震えを止めるように胸の前で押さえても、止まらなかった。だが、巻き込んでしまった沙耶には話さなければならない。伝えることが怖くても、菜々緒にはその責任がある。かさかさの唇を軽く噛んでから、


「最初にそれを見つけたのは私だった。あ、という声が引き金になったの。それが、一斉にこちらへ向かってきた。鼓ちゃんが逃げるぞって私の手を引いた。真っ暗な闇を月明かりだけ頼りにとにかく走ったの。持たされた懐中電灯は落としちゃって、拾いに戻る余裕もなかったから」

 言葉を紡ぐのが辛い。自分の吐きだすそれが、塞ぎかけた傷口をえぐる。


「必至になって逃げたのに、つ、捕まっちゃってね? 何かが私に覆い被さってきたの。ひんやりとした、何か」

 胸の前で両手を握りしめ、可能な限り平静を装おうとしても、嗚咽が漏れそうだった。

 あの日、それまで当然のようにあった現実は引きちぎられた。


「訳がわからなくて、無我夢中で悲鳴を上げの。助けて、助けて、助けて。私は叫んだよ。そしたら突き飛ばされたの。多分、鼓ちゃんが助けてくれたんだと思う。私は山の斜面を転がって、転がって、気を失ってしまった。……発見されるまで目覚めることもなかった」

 気を落ち着かせるために、奈々緒は大きく息を吐いて吸った。


「この記憶が確かだという証拠はどこにもない。私が、一番私を信用していないんだよ」

 人間の記憶ほど都合のよいものはないのだから。


 それは奈々緒の言葉を信用しなかった誰もが抱いた事実だ。

 鼓ちゃんを助けて。探して。お化けがいたの。たくさんいたの。鼓ちゃんは連れて行かれちゃったの! おねがい。ねぇ、おねがい。鼓ちゃんを助けてよ。


 散々泣き喚いて訴えても、大人は適当に奈々緒をあしらい表層でだけ頷いた。微笑んだ顔は面のように冷ややかだった。またこの子は適当なことを言っている。嘘をついている。まともに取り合わず適当に宥めよう。

 そんな感情がありありと浮かんでいたものだった。


 奈々緒はふと闇へ目を向けた。青白い光が視界の端でゆらりと揺れたのだ。大勢の話し声も聞こえてくる。木々がざわめいていた。何かが山を登ってくる。


「沙耶ちゃん」


 固い声で合図して、友人の手を握りしめた。そこに何もいないように、何も感じないようにふる舞うこと。無視すること。彼に何度も教わった決まりを破って、奈々緒は耳をすまし、目をこらす。幸いにも闇に目は慣れてきた。


 現れたのは面をつけた者たちだった。白い着物姿で燈籠を掲げている。青白く仄かな光を発する燈籠には、ひらひらと風に舞うひれがついていた。その背後をぞろぞろと行列が続くのだ。


 老若男女問わず、彼らはこの世にあらざるべき人々である。奈々緒の目に、その姿は一様にぼやけていた。顔の輪郭もつかめず、体格の違いがわかる程度だ。彼らは、この先のお社を目指してゆるゆると進んでいる。何事かを談笑する声が暗がりに響く。


 子どもが灯りを持って暗がりを行くしきたりは、あの先導者を真似たものだったのかも。そんなことを奈々緒は思いつき苦々しくなる。なぜ、五年前に参加してしまったのだろうと、後悔が渦巻いた。いつものように「怖いから」と断っておけばよかったのだ。


(だって鼓ちゃんが誘ってくれたんだもの! 私が、断るはず、ない)

 奈々緒だって参加できるものなら参加したかった。川へ燈籠を流す特権が欲しかった。


 それを彼が察してくれたのだ。いいの、と目を輝かせた奈々緒へ、自分も小学生のころは怖くて参加できなかったから、と小さく苦笑していた。きっと集まった子どもたちの間で孤立した幼なじみを、彼は気遣ってくれたのだ。


 そして奈々緒はバカみたいに舞い上がり、彼が一度もイベントに参加しなかった意味を、深く吟味しなかった。いつだって夏の一時は憂鬱に過ごしてきたその意味を。


(そうだ、鼓ちゃんだって甘く見ていたんだ)


 中学生になった彼は、それなりに『彼ら』との対処法を学んでいた。やり過ごせる自信があったのだ。幼かった奈々緒は全幅の信頼を寄せていた。彼に任せればすべてが上手くいくと、疑いもしなかった――


 思い出に苛まれていた奈々緒の袖が、ぐいっと引かれた。沙耶だ。

 奈々緒は「しぃ」と人差し指を立てただけで、行列から目を放さなかった。だがなおも袖を引かれ、肩まで叩かれる。こんなときにと苛立ちながらふり返った奈々緒は、そこでぎょっと目を見開いた。


 面をかぶった少年が、二人を見下ろしていた。

 先導者たちの異様なものとは違う、シンプルな狐の面だ。暗がりに佇む姿はどこか輪郭がおぼろだった。全身が透けているようだ。


 ――いつから。


 戦慄にぞわりと肌が粟立つ。

 見つかっていたのだ。そして、(相手は仮面をしていたが)露骨に目があってしまった。

 存在が見えていると自らアピールしてしまったのだ。


 もう誤魔化しはきかない。逃げなければ、という言葉で頭のなかが埋め尽くされる。

 逃げなければ。逃げなければ捕らわれてしまう。逃げなければ! ――沙耶ちゃんもいるのに。


 自分一人だけの問題ではなかった。幸いにも足下の行列はまだ二人に気づいていない。目前の少年も静かなものだ。慎重に奈々緒は立ち上がり、沙耶を背後に庇ってじりじりと後退する。


 一方で狐面の少年は、無造作に警戒する二人へ近づいてきた。背丈は小柄な奈々緒より多少高い程度か。沙耶と同じぐらいか。ひょろりとした体つきだった。すんなり伸びた手足は、少女たちより筋肉があったけども、まだまだ華奢だ。狐面越しにじっと二人を見つめている。そして、ふと小首を傾げた。


「奈々緒……?」


 え、と奈々緒は耳を疑った。懐かしい声だったのだ。

 まさか、と動揺する奈々緒とは裏腹に、少年はひょいと面に手をかける。


「奈々緒だよな。ああ、やっぱりだ、奈々緒」


 見覚えのある顔が予想通りに現れた。愕然とした様子で奈々緒を見つめている。大好きだった少年が、五年前と変わらぬ姿でそこにいた。頭が真っ白になる。


 背後から沙耶が、もの言いたげに奈々緒の腕をつかんだ。逃げよう。そう訴えてくる。どうしたの。奈々緒、逃げよう。逃げなきゃ駄目。そう腕を引っ張られているのに、根が生えたように奈々緒は留まっていた。金縛りにでもあったように、少年から目が離せない。


「どうしてここにいるんだ。戻ってきてしまったのか?」

 ふらりと踏み出した少年は悲しげに顔をしかめ、奈々緒へ手を伸ばす。


「いや、俺と同じか。……怖かっただろう。一人で逃げろだなんて言うべきじゃなかった。手を離すべきじゃなかったんだ」


 不意に奈々緒は、自分が小学生に戻ったような気がした。もう怖くないぞ、と在りし日のように頭を撫でて貰えるのではないかと。お兄ちゃんと彼を呼べば、時間があのころに巻き戻るのではないかと――


「……触らないで!」


 沙耶の甲高い声が暗がりに反響した。びくっと奈々緒が肩を弾ませる。

 足下を進んでいた霊たちがいっせいに二人を仰いだ。どよめきが旋風となって駆け抜ける。

 沙耶は奈々緒を引っつかんで抱き寄せ、叩きつけるように言った。


「こっ、この子は生きてるんだから、そっちになんか行かせない。例え、あなたが誰であっても、菜々緒の大切な人でも、私が行かせない!」


 足下の行列からわらわらと白い影が駆け上ってくる。沙耶はそれを確認し、「行くよ!」と迷うことなく闇へ身を躍らせた。手を引かれた奈々緒がふり返ると、少年は目に深い動揺の色を浮かべていた。眼差しだけで問いかけてくる。沙耶の言葉の真偽を確かめるように。


「ぼうっとしてないで奈々緒! 山を下りるの。人がいる場所まで、山を出るまで逃げ切ったら、きっと何とかなる。ショックなのはわかるけど後にして!」

「沙耶ちゃん、だけど、だけど、あの人は鼓ちゃんだった。鼓ちゃんだったんだよ! 沙耶ちゃん!」

「わかったから黙って走って! 私たちは一緒に帰るんだから。違う?」


 そう怒鳴った沙耶の手は緊張に震えていた。切羽詰まった横顔も恐怖を隠しきれず青ざめている。

 下生えを踏みつけ、木の根に足を取られながら、奈々緒はふと過去にもこんな風に走ったことを思い出していた。


 あのときも手を引いてくれた彼は怯え、混乱していた。怯えながら、奈々緒を守るために暗がりを走ってくれたのだ。足手まといなど放ってしまえば、ふり切れただろうに。


 そうして走りながら奈々緒は異常に気づいた。走れども走れども、終わりが見えないのだ。

 街灯が現れてもよさそうな頃合いになっても、目の前は木々と闇ばかりだ。ぶつからないよう、足を取られて転ばないようにするだけで心がすり減っていく。木の葉に足を滑らせながら、闇雲に進む。


 あの日と同じだった。それほど大きな山ではないのに終わりが訪れない。

 後方では、あれらがまだ追ってきていた。ちらちらと青白い光が時折小さく見える。人ならざる気配がする。


 いつまで走ればいいの。

 そう考えた途端、身体が重くなった。息も切れてそろそろ走れない。

 私たちはどこへ、どこまで逃げればいいの。この先へ行けば本当に助かるの? 一体どこへ向かっているの――


「うわっ」

「沙耶ちゃん!」


 前を走っていた沙耶の身体が、がくんと傾いだ。躓いたのか足を滑らせたのか。手を繋いでいた奈々緒も、一緒に山の斜面を転がっていく。それらは一瞬のできごとで止める間もなかった。二人折り重なるようにして落ちたのだ。


 手足に擦り傷をこしらえ、木の葉をつけながら奈々緒は何とか身を起こした。総身がずきずきと痛みを訴えてくる。


 だが、そんなものは次の瞬間吹き飛んだ。沙耶に白い何かがまとわりついていたのだ。大きな蛇かと驚愕したが、違う。人の、腕だった。青白い人の腕が、地面から生えて沙耶をつかんでいる。悲鳴が喉からほとばしった。


挿絵(By みてみん)


「沙耶ちゃん! 沙耶ちゃん、沙耶ちゃん、起きて! 沙耶ちゃん!」


 力任せに奈々緒は沙耶を抱き寄せた。地中へ引きずりこまれたように見えたのだ。しかし、沙耶はぐったりしたまま動かない。彼女の長い髪がだらりと流れる。ひどい怪我はなかったが、頭でも打ったのだろうか。暗くて判別もできない。


 自分の呼吸する音が、やけに耳についた。全身に冷たい汗が噴きだす。手足が急激に冷えていく感覚に、奈々緒は自分の頭を抱えた。あ、あ、と喉の奥で感情がわだかまっていたが、吐き出せない。


 そのとき何かが近づく気配を察した。固唾を呑んで様子を窺うと、こっちだ、声がしたぞ、見失ったか、いや、落ちたようだ、と二人を捜す声が聞こえてくる。仰ぎ見た傾斜の上のほうでは、狐火とも鬼火とも知れないものが右往左往していた。見つかるのは時間の問題である。


 動かない沙耶を抱きしめながら、奈々緒の目が無意識に辺りを探った。周囲には一助となりそうなものがなかった。適切な助言をしてくれる者も、手を貸してくれる者もいないのだ。奈々緒一人しかいない!


 ぬるい夜気がすうっと肌を舐め、ぞっとしたものが背筋を這った。どうすべきかわからなかった。失敗は許されない。怪我人だっている。奈々緖しか沙耶を守れない。


「どうしたら、いいの。どう……したら」


 今までならば、誰かが示してくれた道を進めば良かった。誰かが考えてくれた方法を実行すれば、正しかった。怖くて上手くかみ合わず、歯がかちかちと鳴っていた。人一人の命が、ずっしりと重く腕の中にある。


 ――奈々緒、行け。逃げるんだ、早く。俺は大丈夫だから。


 そんな声を聞いた気がして、奈々緒は硬直した。そうだ、こんな状況は前にもあった。一緒にいたその人も怪我をしていた。私は――私はそれでどうしたのだろう。ふと嫌な考えが脳裏を過ぎり、奈々緖はおもわず沙耶を強く抱きしめた。一番してはいけない選択肢が、消えてくれない。



「怖い怖いと怯えたら、怖いものが本当に寄ってくると教えただろう」



 いつの間にか、少年が傍らで屈んでいた。外した面を再びつけている。

 ひ、と仰け反った奈々緒は、自分にも白い腕が纏わりついていたことを知った。いや! と何度払っても腕はそのつど避けて、また伸びてくる。このままでは二人とも呑まれてしまう。


「お前たちの怯えが俺たちを呼ぶんだ。奈々緒、俺を呼んだろう」


 静かなその声が、奈々緒に平静さを取り戻させた。狐面からは表情が読み取れない。面白がっているようにも、自嘲しているようにも、ただ事実を述べただけにも受け取れた。


「見てはいけない。聞いてはいけない。望んではいけない。極力関わるな、と教えたはずなのにな。この時期のたった数日……いや、今日だけでよかったのに。難しかったか?」


 腕が伸びてきて奈々緒の頭をやさしくくしゃりと撫でた。熱を持たないひやりとした手だった。その仕草は、五年前の彼を記憶から浮かび上がらせる。いつも困ったことがあると、この人に助けられてきたのだ。


 じわり、と涙が視界を滲ませるには十分過ぎた。緊張を強いてきた奈々緒の精神がぷつりと切れる。堪えようのない感情の波が、堰を切って押し寄せた。


「あ……会えるものなら、会いたかったんだよ……っ。鼓ちゃんに、ずっと!」


 それが魂であっても、

 生きていなくても、

 彼が彼であるならば。


「鼓ちゃんが来いって言うなら、行ってもよかった。行きたかった。私が一人だったなら」


 ぬくもりのなかった少年の手とは違う、あたたかな感触が腕のなかにあった。

 奈々緒は頬を涙で塗らしながらまっすぐ彼を見つめて、


「だけど……っ、会いたくなかったよ。ここにいないで欲しかった。もう、一緒には帰れないの?」


 少年は沈黙を守っていたが、やがて奈々緒の頭から手を離し、顔もそらした。それだけで回答は雄弁に語られた。自分で投げかけた問いに胸が潰されそうになる。うっ、と声を詰まらせ、奈々緒は歯を食いしばった。抱きついて、小学生のころのように、わんわん泣き喚くことができたらよかった。それを許して貰えたなら。


「なぁ、さっきは気づかなかったけど……あれから何年が過ぎたんだ? お前、もしかして俺より年上なんじゃないか?」


 その声は苦悩に満ちていた。

 奈々緖は十五歳だ。五年前に十四歳だった幼なじみを、去年追い越していた。少年にしてみれば、唐突に五年後の奈々緒が現れた状況なのかもしれなかった。沙耶が喚くまで、自分が死んだ自覚もなかったのかもしれない。いや、それほど時間が経っていたと気づいていなかったのかも。


 五年という時間が、二人の間を隔てていた。それは、世界の断絶と同じだ。

 少年は少しの間奈々緒の返答を待っていたが、やがて暗がりを指さした。


「ここをまっすぐ下れ。帰ることだけを考えて進めば、きっと出られる」


 その子が気を失っているのはよかったな、と彼はつけ足す。

 奈々緒以上にパニックを起こしたのは沙耶だったのだ。その不安や混乱が霊たちを招き、出口のない闇のなかをぐるぐると彷徨う羽目になった。あれらに捕まったらどうなるか、少年は身をもって知っている。


「助けて、くれるの……?」

「俺の言葉を信じるなら」


 にいっと笑う狐面に相応しい物言いである。

 がさりと背後の闇が揺れた。もうだいぶ追っ手は近づいている。悩む余裕はない。


 奈々緒は友人を引っ張り上げ、何とか背負った。二人へ追いすがろうと、青白い腕がススキのように揺れる。それを視界から奈々緒は閉め出した。自分の心が、怖いものを呼びだすのだと教えて貰ったから。


「鼓ちゃん、私……」


 彼へ言いたいこと、伝えなければならないことがあった。だが悠長に話す間はなく、かけるべき適切な言葉が浮かばない。


 あのとき、私さえいなければ助かったんじゃないの?

 私を助けるために、あなたは犠牲になったの?

 一緒にここを出ることはできないの?


 過ぎた五年間が脳裏を駆ける。


(私だけが助かってしまったことを、……怒ってないの……?)


 もどかしげに何度も口を開いては逡巡する奈々緒へ、すっと手が伸びてきた。ひやりとした指先が頬に触れる。面をずらした少年の顔が近づき、こつんと額がぶつかった。


「大きくなったな、奈々緖。……母さんに伝えて。ここにいるからって」


 それだけでいい、と小さな呟きが耳をかすめる。別れの挨拶なのだと奈々緒は悟り、表情が歪む。それをぎこちなく笑顔にすり替えた。


「必ず、おばさんに伝える。絶対、鼓ちゃんのことを伝えるから。ごめ……」


 ごめんなさい、と口にしかけた奈々緖の口を、少年は指先で軽くふさぐ。


「ありがとう、鼓ちゃん。大好きだった。ずっと一緒にいたかった」


 さようなら。


 歯を食いしばってぺこりと頭を下げる。そのままふり返ることなく、闇へと踏みだした。

 ただ帰ることだけに集中する。二人の現在地が、お社のある山か別のどこかなのか、見当もつかなかったが――帰る、と強く。


 名前を呼ばれたのは、帰路にかかってすぐのことだった。

 沙耶は目覚めていたのだ。背負うときから察していた奈々緒は、それでも安堵した。


「沙耶ちゃん、大丈夫?」

「……ごめん、背負って貰って。歩けるから」


 だが、沙耶は足がついた途端うずくまった。顔を苦痛に歪める彼女の視線は、腫れた足首に注がれている。捻挫していたのだ。それがどの程度の痛みなのか、奈々緒にはわからなかったけども。

 二人は共に泥だらけで擦り傷だらけだった。ボロボロだ。


「沙耶ちゃん、無理しないで」


 沙耶は思い通りにならない自分の身体に、歯がみしている。その顔を彩る感情は羞恥と憤りだ。差し出した奈々緒の手を彼女は取らない。沙耶ちゃん、と案じる呼びかけからも彼女は目をそらした。


「……私、奈々緒に謝らなきゃいけないことが、あるよ」


 沙耶の固い声はよそよそしく、奈々緒を混乱させた。


「それは帰ってから」

「聞いて!」


 その剣幕に、奈々緖は気圧された。


「私は、奈々緒の前で噂を笑ったことがなかったよね。……けど、信じていた訳じゃなかったの。今夜だってこんな事態に遭遇すると、思いもしなかった。だってそうじゃない。幽霊なんて見たことなかったから」


 沙耶は忌々しそうに自分の腫れた足首に触れ、大きく息をついた。


「五年前の事件、私もすっごくショックだった。だって奈々緒、別人みたいになってた。人形みたいに笑わなくて、喋ったと思ったら支離滅裂で。私が風邪を引かなければ、肝試しに参加できていたなら、傍にいられたならって、ずっと後悔してきたんだ」


 奈々緒の記憶の混乱は、ひどい何かが起こった故のものだ、と当時噂が立った。記憶があやふやになるような目にあって、おかしくなったのだ。あることないこと口走って大人を困らせ、周りの気を引こうとするほど、あの子はかわいそうで気の毒なのだ。


 大人たちは口々にそう噂し、子供たちは疑惑の目を向けて遠巻きにした。


「だから、私が奈々緒を守ってあげなきゃいけない、かばってあげなきゃいけないって思ってきた。――親友だなんて、どの口がほざくんだって話だよ」


 今夜も奈々緒の奇行を見張らなければ、と意気込んで同行したのだ。

 親友の決意を理解したように頷いて、一番近くにいて、一番奈々緒を欺いていた。


「挙げ句、このザマ。私さえいなければすぐ帰れたし、奈々緒はあの人と行きたかったって言ってたのに」


 狐面の少年の話を聞いていたのだろう。沙耶は立ち往生の原因が自分だ、と決めつけている。


「……ごめん、私、最低だよね」と謝る声は小さく弱々しかった。


「謝らないでよ! 自分が見えないモノを信じるなんて普通はできないよ。沙耶ちゃんは、それでも傍にいてくれたのに」

「奈々緒」

「私が、沙耶ちゃんの優しさにつけ込んだんだの。今日だって、危ないんだってわかってたのに甘えて巻き込んだ」


 いなくなった鼓の代わりを友人にさせていた。守られるのは心地よくて、同情はあたたかくて、沙耶の影にいられることは楽だった。沙耶の罪悪感を利用していたのは、奈々緒だ。


 いつだって沙耶は周りの視線を、悪意を遮ってくれた。

 同い年なのに妹のように奈々緒を気遣い、導いてくれた。


 ――どちらのほうが、卑劣なのか。


「逃げるよって手を引いてくれたよね。沙耶ちゃんだって怖かったのに前を走ってくれたよね」


 奈々緒、中学最後の夏休みだよ! 一緒にお祭いこうよ。

 そう誘われていなければ、今も家に引きこもっていただろう。沙耶がいなければ、一歩を踏みだすこともできなかった。五年前、うずくまるばかりの奈々緖を引っ張り上げてくれたのは、この手だった。


「ずっと沙耶ちゃんは私に付いててくれた。他の人を選ぶことだってできたのに。――嬉しかったの。今日だって一人で行かせられないって、一緒に帰るよって言ってくれたこと。心配するよって怒ってくれたこと。嬉しかったんだよ。そんなこと言ってくれる人、沙耶ちゃんしかいないよ!」


 固く握りしめられた沙耶の手を取った。夜の間中ずっと繋いでいた手だ。

 この手に、どれだけの不安を沙耶は抱えていたのだろう。自分のことで手一杯で、不幸に溺れて、まるで奈々緖は見えていなかった。沙耶は強いものだと勘違いをして、無用の罪悪感まで背負い込ませていた。

 きっと――鼓ちゃんと同じように。


(今度は、私が沙耶ちゃんを守る)


「絶対置いていかない」


 ひたりと沙耶を見つめ、「見くびらないでね」と奈々緖は強ばった笑みを作った。精一杯虚勢を張る。沙耶には見抜かれていても、ここで弱音を吐いてはならない。


「帰るって言ったよね一緒に。約束したよね。沙耶ちゃんが一緒じゃなきゃ、帰れないよ」

「でも……」

「とりあえず、出口を目指せば何とかなるよ。ね?」


 全部、沙耶が口にした言葉だ。

 沙耶がくしゃりと顔を歪ませ、奈々緖に寄りかかりながら立ち上がった。


 まず、怪我をした沙耶を家まで送る。その後、幼なじみの少年の言葉を彼のお母さんに伝えるのだ。額を合わせた時に伝わってきた彼からのイメージは、あの山のどこかだった。そこで彼は何年も待っている。

 必ず彼を見つける。

 今度は間違えない。


 まっすぐ暗がりを見据え、決意をこめて一歩一歩踏み出していく。


 どれほど歩いたのか、目映い光が前方に現れた。顔を見合わせて二人は急いだ。

 どんどん周囲から闇は薄まっていく。朱い鳥居が見える。色褪せた小さな鳥居の群れだ。上ってきた長い石段もある。目をくらますような強い風が、二人の髪を揺らした。



 長い夜が、明けた。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

表紙と挿絵イラストは、あちゃこさんに描いていただいたものです。


あちゃこさんのピクシブページはこちら http://www.pixiv.net/member.php?id=43394

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[良い点] 哀しいな……と読んでぽつりとつぶやきました。 そしてその後、優しい感情が胸に広がりました。 友情、初恋、お互いがお互いを思いやることなどが、絡み合い、作品になっていると思います。 [気にな…
[良い点]  この短編の中に、独特の世界観、キャラクターの妙、全てが詰め込まれていると感じました。特に、後半のやりとりだけでふたりの内面、背景が凝縮されているところは唸らざるを得ません。  色々と参考…
[一言] 怖いけど、最後にちょびっとほっこりできるかんじがよかった。 もう、はじめから鬼気迫る雰囲気にどきどきして読んで、すごく面白かったです
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