2人の子ども
木々の葉の間隙から漏れる木漏れ日の光はちょうどよいい具合に温かく、さわさわ風にそよぐ木は幹を揺らしている。楽しげに駆けている子どもたちの嬌声が聴こえてきて、ひっそりと瞼を開く。
昨日の疲労が体に残留していたせいか、いつの間にか公園のベンチで眠りこけていたようだった。木立の影にすっぽりと覆われていて、胸のつっかかりが全くないように心地よくて、ずっとこうして仰向けになっていたかった。
そして、優しげな面差しで目を眇める愛莉を、ずっとずっと見守っていたかった。
髪の毛先まで手入れが行き届いているロングヘアーが、おとなしい心根の彼女にはよく似合っていて、私みたいながさつな性格をしている人間には、絶対に厳しいものだろうなと思った。
「あれ、起こしちゃった?」
瞳をパチクリしながら私を見下ろしてくる愛莉は、輝かしいまでの微笑をしたためさせていて、眩しかった。
首を動かそうとしが、どうしても今の状況を脱することができなかった。
なだらかな曲線を描いている膝の輪郭は、ちょうど後頭部のくぼんでいる箇所にぴったりとはまっていて、どんな高級枕よりも気持ちよくて、離れたくなかった。
「ううん、愛莉のせいじゃないよ。ちょっと……子どもの声が聞こえたんだ」
「子ども? そうね、みんな元気に遊んでる」
片手で掴めそうなぐらい細い手で、髪を掻きあげながらどこか遠くの方へ視線を向ける。私から言い出したことなのに、他人に興味をもたれてしまうとヤキモチを妬いてしまう。たとえ相手がずっと下の子どもであろうと、深ーく、深ーく。
愛莉にだけは嫌われたくないから、心の一番奥に閉まっているけれど、彼女の関心がどこかへ飛んでしまうと、途端に姿を現してしまう。特に同年代ぐらいの異性と楽しげに歓談している彼女を遠くで眺めているしかできない時に、胸が嫌な音を立たせて軋む。
愛莉の幸福だけを考えれば即、思いつく事なんだ。
彼女が異性だろうと同性であろうと、積極的に恋愛しようとするのなら私は邪魔しちゃいけない。彼女を束縛することで満たされるのは、自分だけなんだってことぐらい分かっている。
愛莉がふと、独りごちる。
「私も子ども欲しいなー」
ズキンと、鈍い痛みが頭の中に走る。
彼女も思わずと言った感じだったようで、慌てたようにパタパタと両手をはためかせる。
「ああ、違うのよ。今すぐにってわけじゃないの。だけど、私達の年齢じゃあ、もうできている人もいるわけだし、やっぱりそういうことって考えちゃうんだ」
頬を赤らませている彼女はやっぱりいつも通り可愛くて、だけどその可愛さが辛かった。これだけ魅力的な彼女を放っておく男なんて、きっといない。押しの弱い愛莉につけこんで、女性経験豊富な奴は簡単に言いくるめて、彼女の緊張をほぐすかも知れない。
そして、いつか彼氏彼女の関係になったら、しっかり者の愛莉は私に紹介してくるだろう。この人が私の好きな人ですって。そんなことになったら、きっと私は耐えられない。滂沱の涙を流しながら、彼氏を罵るに違いない。
「……私は子どもなんて欲しくないな」
愛莉はバッサリと傷ついた顔をして私を見やる。
そんな視線から想像できるのは、やっぱり好きな人でもいるのかという憶測。どうしてもっと早く私に相談してくなかったんだろう。もっと早めに言ってくれていたのなら、私にも心の準備ぐらいはできていたのに。
だけど無情にも彼女から突きつけられたのは、たったの一言だけだった。
「そう……なんだ。でも、私はやっぱり欲しい」
ショックのあまりカサついた下唇を噛んで、どうにか心が折れてしまうのを持ちこたえる。今ここで耐えてしまえばいい。これが終わったら、きっと、また元の私になる。次に会うときには、心を閉ざして友達としての私になる。だから、だから、もうそれ以上トドメは刺さないで欲しい。
愛莉の柔らかな唇が動くのを見て、思わず目蓋をギュと閉じる。
「私は欲しいよ、私達二人の子どもが」
「え?」
間抜けな声を出す自分に気がついて、口を閉ざしてももう遅くて、そんな私を見て愛莉は化粧なしでもきめ細やかな口元を歪める。
「どうしようかっー、養子でももらう? あれって外国で申請すればいいんだっけ? それとも外国に移住する? オランダならいいんだっけ?」
「さあ、分かんない。でも――」
あどけない表情を浮かべる彼女が愛おしくて、私はただ幸せを噛み締めて笑った。
「時間はゆっくりあるんだから、ゆっくり考えていこう――ふたりで」
でも、こんな他愛もなくて、平穏な時間もきっと悪いものじゃないよね。




