烈
俺は部屋から出ると、まっすぐ校長室に向かっていた。
扉をノックすると、入るのを許可する校長の声が聞こえた。
戸を開ければ、そこでは校長と一人の異星人…つまるところの会長がチェスをしているところだった。
「失礼します。」
「珍しいね、君からくるとは。どうした?晦冥の不調かい?」
「いえ、そうではなく…」
なんとなく言っていいのか迷って俺が言いよどむと、校長と会長は両方とも俺の方を向く。
「……あいつらは、俺の邪魔だ。8番隊から消せ。」
「あいつらというと……」
「この間帰ってきた留学生たちのことではないか?」
「はい。」
「まぁそうじゃろうな。大体予想はついておった。お前とあいつらとは、どんな奇跡が起きても合わんじゃろう。だがしかしな…お前の気持ちもわかるし、こちらも問題視してはいるが、これは 国防にもかかわる問題。人一人外すだけでも、それは国力をそぐのに等しい。それも成績優秀と来てはな。」
「………校長。あれは?」
黙って聞いていた会長は、ふいに目を開くと、校長の後ろに掲げられた旗を指さす。赤一色で、まるで旗のついた指揮棒のようだ。
「…………会長さんや。」
「なんだい?」
「確かに風習自体は残っとるが……今の世代は、その存在自体を知らん。」
「ならなおいいではないですか。改めて、規律を見せるいい機会です。」
「ムム……うまいこと言いくるめられた気もするが…良い。」
校長は立ち上がると、扉の近くにある本棚から、分厚い勝ち色の本を取り出す。
「…それは?」
俺が聞くと、校長はもう一度座った後、ふぅっと息を吐いて話し始めた。
「戌亥。お前の言ったこと、一つだけかなえる方法がある。先ほども言ったように、軍や防衛相の規定上、無意味に人員を排除することはできない。この前の君のように、人類の気概になると判断された時以外はな。」
「……」
「その件は安心しろ。儂の方から話はつけてある。それで……その決まりには、一つだけ特例が存在する。己のすべてをかけて行う決闘「星闘の儀」じゃ。だが、これをおこなうには、どちらのベットもおおきなくてはならん。おぬしらなら……そうじゃな。あいつら3人が負ければ、8番隊からの永久追放と、GAIDOのグレードダウン。おぬしが負ければ……おぬし自身がこの学院を去り、晦冥をもう一度軍に引き渡すことになる。つまり、おぬしの復讐のための選択肢全てをベットすることになる……良いか?」
「…かまわない。勝てばいい話だ。」
「ハハハッ。儂は、おぬしのそういうところ、好きじゃよ?」
「……フフッ。」
その言葉を聞いて、校長の向かいに座っていた会長も笑う。
「復讐のために磨いてきた君の刃が、ついにほかの者のために振るわれる時が来るとはね…」
「勘違いするな。あいつらが邪魔なだけだ。氷室や九条とは関係が―」
「じゃあ。なんでその名前を出す?私は何も言っていないが…」
「ぬっ…」
…油断した。
「……ただ、そこまで条件を出すなら、こちらからも出させてもらうぞ。」
「…校長?」
「…わかった。なんじゃ?」
「一つ。3対1でやらせろ。徹底的につぶさせたい。二度と8にかかわらないように。もう一つ。あいつらには絶対に言うな。本番に来させるのはいいが、それまでは言うな。」
「それぐらいならお安いごようじゃ。」
「感謝する。」
「会長もそれでいいか?」
「ああ……そうだ、零くん。ついてきてくれるか?」
そういって連れられるのは、いつもの晦冥の格納庫だ。
俺と会長が入ると、晦冥は誰に言われるでもなくこちらを振り向く。
「晦冥の中に入っている魂は、名もない武人の魂だ。……今は、元の自分の名も、立場も覚えていないが……元は、私の星の将軍だったんだよ。」
「…その言い方だと、会長の星は。」
「ああ、ほろんだよ。ゾーラス星人に攻め込まれてしまってね。私たちの星は技術的には地球文明よりもはるかに進んでいた。でも、それは向こうも同じ。少し遅れていれば、彼らが忘れてしまった戦術で一矢報いることができたかもしれない。だが、私たちの星は、もうすでに限界を迎えつつあった。かつての地球が、環境破壊で滅びかけたのと同じようにね。同じ文明を持つものなら、数が、質がいい方が勝つのは常だろう。」
その顔からは、何も感じない笑みだけがこぼれる。涙一つ流さず、淡々としゃべり続ける。どういう気持ちで聞いているのかと晦冥を見れば、彼も又、何かを思い出すように、もしくは、遠い、忘れてしまった過去に思いをはせるように天井を見つめている。
「かれはね。私たちの中でも最も強い人だったんだ。負けなしだったよ。この星は滅びるとなったときも、自ら一人で殿を務めて、私たちを逃がしてくれた。そんな人なんだよ。」
「……何が言いたいんですか?」
急にこんな話を、それも晦冥の格納庫でわざわざ始めたのは何か理由があるはずだ。
「鋭いね。」
「疑い深いだけです。」
「君のそういうところがあるからこそ、8番隊のメンバーも、君を認めざるを得ないんだろうね。その復讐の道具のような”心”に少しだけ咲く人の心は、見方によれば、この世で最もきれいなものだ。」
「どうですかね。」
少なくとも、自分のそれがきれいだとは思わない。もうすでに穢れた心。10年間もそれに浸かっていれば、それが当たり前になる。でも、ほかの人たちがそうでないのだってわかってくる。特にここにいる奴らは、自分たちの信じている正義や光なんかの「綺麗事」をまっすぐ貫こうとする。
だからこそ、それをロクな努力もせず、努力をしていたとしてもそれをひけらかすあいつらが、俺には余計に受け入れられない。
「君に、忠告だ。」
「忠告…」
「GAIDOは、リンク率が高いほど思い通りに動く。でも、100%にまで達してしまえば、それは自我を失い、いいように言えばGAIDOと一心同体、悪く言えばGAIDOに飲み込まれ、自我を失うことになる。今の君は、今までよりさらに安定した状態だ。あの1年で壊れかけた心は、彼らと過ごす中で少しずつ形を取り戻しつつある。だからこそ気を付けてほしい。もし、何かトリガーが入れば……最悪の場合、君は晦冥に飲み込まれることになる。」
俺が晦冥の方を振り返ると、黒い侍はその深紅の目で俺を見つめ返すだけ。何も言わず、ただその目に意思を込めて見つめる。
「……飲み込まれたときは、無理やりにでもこじ開けますよ。」
「そういってくれると頼もしいね。とにかく、星闘の儀。楽しみにしているよ。」
星闘の儀の前日。
昼は、いつも通りメンバーで訓練をしていた。この頃は、なぜか俺を起点としてのチームプレイが確立し始めている。あいつら、今まで通りやってくれていれば、俺はその間を縫って敵を殲滅するだけだというのに。
今日の想定は俺が初陣した時に非常に近いシチュエーション。雑兵の数は非常に多く、その後ろに大型の怪人が控えている。ただ一つ問題が。今回の雑兵は甲殻が固いの想定。つまり、一体倒すのにも、それなりの労力を消費する。それに伴い、後ろに控える大型の怪人ももちろん、甲殻は固くなっている。そのうえ、今回は大型種が四足歩行型。動きが早いから、最悪の場合、前にいる雑兵処理に飛び込んでくる可能性がある。
「みんな、いつも通り頼むわよ。」
声がかけられた瞬間、先頭に立っていた蓮が大量の浮遊砲台を引き連れ突撃を開始し、そのあとにメンバーが続いていく。それを後ろから見る氷室の横で、俺は刀を背負いなおす。
「行かないの?今回は敵の姿も見えてるのに。」
「……今言っても、獲物は狩れない。」
「獲物………って、この流れ、初陣の時にもやったわね。」
「そうか?」
なかなか、氷室は変なことを覚えている。
「おい!さっさと前衛で手伝え!こいつらは固いって言っているだろ!」
「……すまない。」
俺は改めて不倶戴天に手をかけると、そのまま強固な甲殻のわずかなつなぎ目を狙って斬撃を叩き込んでいく。
「…よさそうだな。お前らはそのまま抑えておいてくれ。戌亥!」
「言われなくとも。」
俺が飛び込んでくる3体の怪人の足を適当にあしらうと、その後ろから九条の第六天魔王の放つ苦戦にも及ぶ弾丸が甲殻の隙間を針に糸を通すように叩き込まれていく。
その絶命した3体の後ろから、次は4体程度の怪人。それを受け止めるのは、十字の盾を大きく展開したラ・ピュセルだ。俺は盾に受け止められてできた一瞬のスキを突き、第六天魔王の周辺に浮かぶ浮遊砲台を踏み台に4体の首を切断。その後後ろに控えていた残りの3体もまとめて切断する。
「……戌亥お前、あれ言わなくなったなんだな。」
「…?」
「おまじないのことよ。」
「……ああ。」
いつからだろうか。なんとなく、必要がないと感じた。それがなぜかは、今ははっきりわかっている。
シュミレーターから降りて、九条と向き合うと………なんだ、このモヤモヤは。……ああ。
「戌亥、一ついいか?」
「なんだ?」
「お前……隊長の氷室に守ってもらうの前提の動きいい加減にやめればどうだ?」
「お前こそ、俺のアシストを前提した動きをやめればどうだ。そうすれば俺ももう少し下がって攻撃ができる。」
ここ最近、こうして九条と口げんかすることが多くなったような気がする。果たして、無意識に心を許しているのか、それとも離れているのかはわからないが。
「ま~たやってるよ。」
「なんだかんだ安心するけどね。」
そんな会話を聞きながら、他人事のように笑う氷室とほかのメンバー。言いたいことは山ほどあるが…まぁ、今回は九条だけで許してやることにした。
「いっつも俺だけだろ!」
その夜。
俺が明日のために晦冥との最終調節をしてガレージから出てくると、その前に九条が立っていた。その後ろには氷室、そしてほかのメンバーもいる。
「……」
「………」
昼間とは違い、お互い、何も言わずに見つめあう。相手が何を離そうとしているのか、わかるようでわからない。だから、互いを見るために見つめあう。
「戌亥。」
先に沈黙を破ったのは、もちろん九条だ。
「この前のことなんだが…」
まだそんなことを気に病んでいたのか。
「…忘れた。いちいち覚えている必要もない。」
「……戌亥君…」
「お前たちは、俺の領分に入るな。食われるぞ。」
「安心しろ。その前に俺たちがお前を食ってやる。」
そういう九条を先頭にした8番隊は、なぜか全員生き生きとした目をしている。だから、苦手なんだよ。嫌いでは……ないけど。
次の日。
8番隊のメンバーは「特別な演習の視察」という名目で、地下にある特殊闘技場に呼び出されていた。
「ここ……」
「噂には聞いていたが。本当に地下にこんなところがあるんだな。」
二階部分にある観客席に俺たちが座ると、今まで二つくらいしかついていなかった照明が一気に点灯する。
「う……あ?あの闘技場部分にいるのって…」
「…留学組。」
闘技場の舞台の上には、俺の呼び出しを受理した獅子牙たち留学組が、それぞれのGAIDOを並べ据わっている。獅子牙のGAIDOは織田家最強の家臣、森 長可だ。
「それよりも…あの向かいに立ってるのって…」
氷室が指さす先。そこに立つのはもちろん…
「晦冥……待て!戌亥、お前まさか…!」
「待って戌亥君。あなたは…また……」
「はいはい皆さん。ようこそ、特別席へ。これより、獅子牙君筆頭の留学組と戌亥 零の立場を決める決闘「星闘の儀」を開始する。」
8番タイの反応を見て楽しんでいたのか、ちょうどいいタイミングで会長のアナウンスが入る。
「まず、「星闘の儀」とは何かをおさらいしよう。これは、この学院に昔から存在する決闘の方式だ。ルールはシンプル。どちらかが行動不能になるまで戦い続ける。そして、お互いの最大条件をベットする……もし戌亥君が勝てば、留学組は8番隊から永久追放。GAIDOのグレードダウン。留学組が勝てば…戌亥君はこの学院から追放。晦冥は軍に返還される。戌亥君、準備はいいかい?」
「ああ、問題ない。」
俺が下に降りようとすると、その視界に言葉を失う8番隊のみんなの顔が入る。
「…九条。」
俺は首に巻くマフラーをほどくと、九条に投げる。
「氷室。」
不倶戴天 無頼の鞘を抜くと、その鞘を預ける。
「ちょっと待てよ…また勝手にいくつもりか!それも…今回の代償は、今までの比じゃないぞ!」
知ってる。俺なりの覚悟だ。
「私たちも一緒に戦わせて!3対1は不利よ!!」
しっている。でも、不利な状況で勝たないと、意味がないんだ。
「預けておく。刀を抜いたままじゃ生活もままならないし、首が寒いのも困る。絶対取り返しに来る。」
俺が下りて晦冥に乗り込む、試合開始のゴングが響く。
「五つでおしまい。また明日。」
俺は不倶戴天の刀を振るい容赦なく責め立てるが、多勢に無勢だ。
それに、晦冥は1番最初に作られたGAIDO、つまりプロトタイプだ。それに対して向こうはといえば、最新兵器を積んだ戦闘特化型。質の面でも劣っている。そして何より、相手が戦い慣れたゾーラス星人製の怪人でないというのも、不利に拍車をかけていた。
攻撃を受け続けるうちに晦冥の鎧は少しずつ削られ、警告音が絶えず響き始める。
モニターは赤く染まり、ポインターは常にぶれ始め、あちこちに危険という通知が映し出される。
「どうしたどうした?」
「野良犬風情がイキリ上がるからそうなるんだぜ?」
機体の方が先に限界を迎えたのか、晦冥はついに手を地面につく。立ち上がろうとする俺の動きをを上から押さえつけるのは獅子牙だ。
「残念だったな、野良犬。」
「………」
『………何をしている、我が鞘。』
ゾーラスを倒すために、それだけのために、俺はGAIDOに乗ることを決めた。あの地獄の訓練も耐え続け、周りの評価に目を瞑り、どれだけ笑われようと、その先にある復讐を目指してここまできた。
「…晦冥」
『………』
「たまには、人のためにっていうのも、悪い気はしないな。」
『…それでこそ、我が鞘よ。』
俺は無理やり晦冥の頭を踏みつける獅子牙をはねのけると、モニターの隅に印刻されている物をみる。
『やるか?』
「頼む。」
俺が答えると、モニター内のボタンのようになっているような部分が一瞬だけ点灯。瞬間、肩にある放熱弁からできる排煙の色が、赤と黒から、白と黄色に変わる。
「ただいまお伝えします。晦冥、および戌亥 零のリンク率が、95%に上昇。」
無機質な声で放たれるアナウンスは、いつもの通りただのノイズだ。
『決めろ。』
言われた瞬間、俺と晦冥は同じタイミングで足を踏み出す。無論、獅子牙たちがそれに反応できないわけはない。1人は受け身を取るために盾を構え、もう1人はその後ろで銃を構える。獅子牙はその間で手に持つ大きな戦鎚を構える。
「遅い。」
その動きは想定内。俺は手に待つ呪い刀を逆手にかえ、次の瞬間には、三人のGAIDOの首にある接続部を切断する。
「六つで骸。」
勝利条件は戦闘不能。首をきられたGAIDOは、人間が首を切られたのと同じく、動くことはできない。
「勝者、戌亥 零……異論はないね?というわけで、留学三人組は、こちらで回収させてもらうよ。」
言われるが早いか、左右の通路から白色の救護用GAIDOが出てきて、三人を回収していく。
俺は晦冥から降り、観客席で口を開けたままでいる8番隊の仲間達の前まで歩いていく。
「……よくやっった…と思う。」
「それはどうも。」
「ほら。お前のマフラー。」
「お疲れ様、戌亥くん。はい。あなたの鞘。」
「………やっぱり、首が寒いと不便だな。」
放課後。
「お疲れ様、戌亥君。」
俺がメンテナンスの終わった解明を見てから格納庫の外に出ると、そこに立っていた会長が話しかけてくる。
そう言って笑う会長の目の心理はわからないが、とりあえず、ねぎらってはくれているようだ。
「当然です。」
「ハハッ。君ならそういうと思ったよ。でも…本当に、人のために振るうようになったね。……一瞬、リミッターがはずれたように見えた。大丈夫だったかい?」
「はい。何も問題ありません。」
俺がそう答えると、安心したように会長は去っていった。
……無論、問題がないなんて、嘘だ。
あれが終わってから、ずっとGAIDOにー晦冥に乗っているような感覚がある。常に感じるわけではないが、時折腕を動かすと、少し自分の腕が晦冥の腕と重なって見えるときがある。
「気をつけないとな…」
「あ、戊亥くん。ここにいたんだ。」
俺が不倶戴天を背負いなおし寮に戻ろうとすると、後ろから声をかけるのは氷室だ。
「お前こそ。何の用だ?」
「いえ。寮で姿が見えなかったから。それに…」
「…?」
「……いえ。やっぱり別に。」
何か言いにくいことがあるならいえばいいのにと思う反面、自分にはいえないかと思うところもある。
しばしの沈黙。何かを言おうとする氷室に、今変に声をかけるのは無粋だろう。
「…ねぇ。」
「なんだ。」
「……少し、歩かない?」




