兆
「お母さん…お母さん…!お母さん!!」
今でも、目に焼き付いている。
小さなころの、忘れられない記憶。ある意味、一番の思い出。
「おい、そこで何してる!とにかく逃げるぞ!」
「でも、お母さんが!」
「いいから!ほら、早く!」
耳の奥に響く、けたたましい轟音の数々。モノが倒れる音。何かが焼ける音。阿鼻叫喚の叫び声。そして……それを見て笑う、あいつらの声。
「お母さん!!!!」
あの日、復讐を誓った俺の心に偽りはない。
揺らいだことなどない。揺らぐことなどない。やり返すためなら、悪魔にでも心を売ると決めた。だから、俺は今、ここにいる。
「おい。何ボケっとしてんだ、野良犬。サッサと行くぞ。」
「具合が悪いのか?装備なら運んでいけるぞ?」
「……いや、いい。少しうとうとしてただけだ。」
「そうか?ならいいが…」
「結局ボケっとしてたんだろ?ていうかそこで溜まるな。」
「ああ、すまない…」
「……」
「あん?おまえ、ほんとに具合悪いんじゃないか?」
「お前こそ、具合悪いしか言えない病気になってるんじゃないか?」
「いったな?」
「ハァ…二人とも、行くぞ。私たちで、奴らを殲滅する。」
それでも、もし何か後悔があるとするなら……
こいつらと、仲良くなったことかな?
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
そう言って送り出してくれるのは、孤児院のおじさん。
100年くらい前。人類は初めて、自分たち以外の人型種族と対面した。急いで軍備を整える地球人類だったが予想は外れ、異星人たちが地球に宇宙間の安全と安定を維持する機関、「惑星間協力連合」への加盟を要求。これを受け入れた地球人類は、紆余曲折あり、異星人との交流を深めることになった。
しかし10年前。
とある「ゾーラス」という星の者たちが地球を含めた各地の惑星への侵略を開始。その中でも技術がほかの国に比べ遅れていた地球の被害はすさまじく、世界の5分の一が荒廃したブラックタウンと化した。
俺の家族はその時に命を奪われ、俺はその時助けてもらったおじさんの経営する孤児院で育った。
今日は高校の入学式。
あいつらに復讐心を抱いて10年。結局何もできずにいる毎日。どうせ何もできず、せいぜい税金で支援するぐらいだろうなと思っていた。でも…
「君、戌亥 零くんで間違いないね?」
僕に声をかけるのは、灰色の肌に小さな棘がちょこちょこついた異星人。
「はい、そうですけど。」
「私の名前はオクシノ。惑星間協力連合:ICUの会長を務めさせてもらっている。今日は君を、国立鳳学院へのスカウトをしに来たんだ。」
「俺ですか?なんで。」
「君、10年前に家族を殺されているだろう?昔、孤児になった子を対象にある検査をしていてね。ちょうど今、君がその検査に合格したわけさ。」
俺が連れられたのは、横浜中華街の隣に立つ白色の高いビル。壁面には大きく水色で「ICU」とペイントされている。
その最上階。大きな扉で閉じられたその部屋に案内された俺は、会長と対面する形で席に座ることになった。
「改めて、だ。私は君に、国立鳳学院に編入してもらいたい。」
「どういうところなんですか……ていうか俺、入学式抜けてきてるんですけど。」
「それはすまない。学校側には断りを入れておくよ。それで、だね。10年前から現在にかけて、ゾーラス星人は侵略を強めている。彼らは自身が強いのもあるけれど、その先頭に特化した化学力で「怪人」や「怪獣」と呼ばれる生物兵器も用いている。それに対抗するために、私たちはとある兵器を開発した。」
そういうと、会長は後ろにあるプロジェクターの電源に触れる。それに映るのは、様々な形をした人型のロボットのようなものだ。
「対怪人および怪獣・ゾーラス星人戦闘強化外骨格「GAIDO」。かつて死んでいった数々の、いわゆる英雄たちの魂をルーフル星人たちが呼び起こし、それを各惑星の技術を結集した戦術外骨格に入力したものだ。」
「なんで地球人の魂を?」
「地球は我々に比べて文化の発達が遅い。その代り、その歴史を次の時代に進めた偉人・英雄も、必然多くなる。そういう理由だ。ただ、GAIDOを使いこなすには少なくとも1年以上の訓練と、使うGAIDOとのリンク率が高くなければいけない。」
「で、俺はそのGAIDOとリンク率が高いからスカウトしたってことですか?」
「大体、そういうところだ。入学金などの費用は私たちの方から保証する。もちろん、高校卒業の資格も付いてくる。その代り、侵略者であるゾーラス星人への対抗のため、力を貸してほしい。」
そういうと、会長は俺に頭を下げる。今まで俺は、人並みに過ごしたことがなかった。いくら普通に生活できる環境が整っていようと、孤児院に入っていること、家族を殺されたこと、それに対する憎しみを抱えて、普通に過ごせるわけはない。このまま何もなせぬまま死んでいくのがおちだと思っていた。
「………今からでも、GAIDOは使えるんですか?」
「ああ。訓練を積めば。君のリンク率は、過去最高の90%をマークしている。その調子なら、1年間の訓練で使えるようになれるだろう。」
「……わかりました。」
「ありがとう。恩に着る。」
「じゃあ、行ってくる。」
「気をつけてな。」
家に送ってもらった後。俺は孤児院のおじさんたちに事情を説明した。すぐ許可が出るかと思ったけど、おじさんたちは意外にもだいぶ悩んでくれた。俺はだいぶひねくれ者だったからほっぽり出したいかと思ったけど、そういうわけじゃなかったらしい。
「絶対に死ぬんじゃないぞ。生きて、世界中に。いや、宇宙中に認められて帰ってこい。」
「……わかった。」
吹いてくる風に髪を預ければ、それからはかすかな潮の匂いがする。学院に続く長い坂を上るついでにそ海を振り返れば、脳裏に浮かぶのは、10年前にゾーラス星人が先遣隊を派遣したあの時のこと。よくここまで復興したという感じだが、それでもあの日までとはずいぶん様相が変わった。
周りを笑顔で通り過ぎていくやつらをしり目に、俺は重い足取りで坂を上がる。
俺が校門を抜け、会長に言われた8教室に入ると、みんながこっちを向いて……すぐに興味なさそうな顔をする。ところどころから「あれがうわさの…?」「ただのガキじゃん…」「数合わせの慈善事業だろ。」「施設の口減らしじゃね?」という声も聞こえる。
基本、この学院は小学校からの内部進学。要はエリートたちだ。会長直々のスカウトということも相まってそんな奴が来るかと思ったら、エリートのえの字もないやつが来て、相当がっかりしてるんだろう。
「はい皆さん、席についてください。そこの君。」
「俺ですか?」
「そうそう。君は内部進学じゃないから、自己紹介してもらうよ。」
「………戌亥 零。以上だ。」
「え…なんかほら、もうちょっとない?」
もうすでにロクなやつじゃないっているレッテルを張られれているんだ。今何を言おうと意味がない。こういうやつらを見返すには、1年間で度肝を抜かせるほどの実力をつけるほかない。
「ちょっといいかい?」
俺が席に座ろうとすると、扉から会長が入ってくる。
「会長…」
「おはようございます。会長。」
その姿を見た教室にいる奴らは、きちんと礼儀正しく礼をする。
「おはよう、みんな。…零くん。ちょっと来てくれ。」
「君にはみんなとは別の授業を受けてもらう。一年で追いつきたいだろう?……君の意識とリンクしているGAIDOは確かにある。だが、少し特殊でね。みんなに追いつくのと、それを使いこなすために、非常にきつい訓練を受けることになる。この先の栄光を勝ち取るために、これから1年間、地獄を見ることになる。それでもいいかい?」
「ハァ……いいですよ。ゾーラス星人に復讐するためにここまで来たんです。どんなことでもやってやります。」
「その意気だよ。」
俺たちが話していると、外では8組のみんながそれぞれのGAIDOと思われるものを装着して訓練をしている。
「みんなには、GAIDOは人を守るためにあると教えているんだが…君はそれじゃ納得しないだろう?」
「はい。」
「君には、守るため盾ではなく、敵を屠る、屠り尽くすための刃としてのGAIDOを教える。」
それから、長い長い訓練が始まった。
「一つ目は「ニューラル・ダイブ」。」
俺は「感覚遮断タンク」という視覚も聴覚も触覚も、すべてが遮られた空間で、会長の声だけに意識を傾ける。
「私たちが取得した偉人のデータ・記憶から、闘いの記録だけを抜き取って、君の脳に直接送り込む。これを毎日だ。」
そういわれた瞬間、大量の記憶群が俺の脳内に駆け巡る。そのほとんどが殺されたときの記憶。
「ガハッ!グゴ、ごほっ…」
はじめてタンクから出た時には、鼻血が止まらなかったし、そのまま二時間ぐらい歩けなかった。
「二つ目は重力負荷の中での鉄塊素振りだ。」
みんなが自分たちの武器の調整をしたりしているのをしり目に、俺にまた別の命令が出される。俺が会長から渡されたバンドを足と腰、腕につけると、一気に体が重くなる。
「GAIDOの重量と駆動抵抗を再現した。その状態で、この鉄柱を振り続けるんだ。本物の日本刀と同じ長さがある。」
正直、その鉄柱を持つだけでもやっとだ。
「何回ですか?」
「ざっと1万回。私が数えておくよ。」
「はい…」
「おい、見てみろよ。今時原始的な素振りか?」
「あいつ、GAIDOに乗れないからって筋トレで逃走してるぞ。可哀そうに。」
「……大丈夫だ。1年後には、君はあの子たちを一発で殴り飛ばせる。」
正直、そんな言葉を聞いている余裕もなかった。
「三つめは殺気感知訓練だ。」
みんなが趣味レーション訓練をしている中、俺は一人目隠しをつけ、ポッドのようなものに入れられる。
「君には小さな信号の音しか聞こえない。それで小さな針をよけるんだ。当たったら怪我こそしないが、痛みは感じるから注意してくれ。」
「なにあれ?」
「新しい観賞生物じゃない?」
出たころには、体の節々が数千の針で刺されたようだった。
「最後はこれだ。」
クラスのみんなが座学を受けている中、俺は会長からぼろぼろの日本刀を渡される。抜けば、大量に刃こぼれした刀身が浮かび上がる。
「それを研ぐんだ。この時間が終わるまで、だれにも頼らず。」
「無駄だ。」
1学期も終わろうとしたころ。8組の副委員長で、8番隊副隊長の九条 蓮にそういわれた。
全部が終わった後で、慣れてきたけど、橘雄ことに変わりはなかった。それを無駄といわれたのは、心外だった。
「まだそんな無意味なことをやっているのか、君は。会長直々のスカウトと聞いて期待していた。はじめはどうかと思って待ってみたが、いまだにGAIDOにも載せてもらえない落ちこぼれ。このままでは鳳の面汚しだ。」
そういうと、九条は持っていた木刀を俺に突き付ける。
「身の程を教えてやる。スパーリングだ。」
正直、限界だった。でも、ここで引き下がれば、祖は負けよりもひどいことになる。自分がやってきたことを否定することになる。
「…わかった。」
無論、一方的だった。
もともとの身体能力は九条の方が上。その上こっちはずっとの訓練で疲れているんだ。もう、なんか位置をはいたかも覚えていない。木刀を握っているのかすら怪しい。
「どうした?おまえ、リンク率は高いらしいが、これではただの幽霊だな。復讐とかのために入ってきたらしいがお前にできるのはせいぜい床にはいつくばってめそめそ泣くぐらいだろうさ。」
何度叩かれようと、俺は立ち上がる。限界も近いが、ここで倒れているわけにはいかない。頭の中ではまだ、送り込まれた戦闘の記憶がグルグルしている。
「……やめてくれないか、その目。イライラする。なんでそんな死んだ魚のような目で俺を見る?誤ればいいだけだろう。…………君は、なぜそうまでしてここにこだわるんだ?」
「……奴らに、復讐する……それだけだ。」
「…そうか。」
「九条君!」
九条が振り上げた木刀が俺の頭に当たる直前、横から大きな怒号が響き渡る。
そこに立つのは8組の委員長で8番隊隊長、氷室 霧香だ。
「これは訓練でも何でもない。ただの私刑よ。どうしたものかと思ってみていたけれど、これ以上の蛮行は見過ごせないわ。剣を引きなさい。」
「…ッチ。今日が覚めた。じゃあな。今度は「晦冥」にでも乗ってこい。あのガラクタごと叩き潰してやる。」
「カイメイ…?」
「国が一番最初に開発したGAIDOよ。リンク率は今までの最高で5%。扱いも難しくて、無理やり乗ろうとして殺された人もいるって話よ。」
去っていく九条を見ながら、今度は氷室が近寄ってくる。
「ほら、ハンカ―」
「近寄るな。」
「えっ…」
正直、委員長までこういうところに巻き込みたくない。それに、この傷のほとんどは訓練でできた傷。悟られたくはないし、見せたくもない。
「…あんたたちの正義とか、そういうのには興味ない。」
俺は地面に落ちた鉄柱を拾い、もう一度素振りを始める。この頃、なんだか自分でも笑うことが少なくなったような気がする。あと、なんか眠れなくなった。それに、食べ物の味もしない。
「一つで息…二つで熱……三つで仇………四つで僕…………五つでおしまい、また明日。」
「何?それ。」
「子供のころに歌ってた数え歌。を、少し変えたやつ。」
「……そう。」
俺がそういうと、なぜか氷室は苦しそうな顔をする。
「早く帰れ。俺はあと3万回残ってるんだ。」
変に時間が長引いてしまった。
体の変化を感じ始めたのは二学期の最後の方からだ。余計に寝れなくなったし、毎日体が痛むことに変わりはないけれど…圧倒的に鼻血の量は少なくなったし、素振りも早めに負わされられるようになった。針も、最小限の動きでよけれるようになってきた。刀も、刃こぼれはどうしようもないが、少しずつ刀身がきれいになっている。
今でも九条は何かとちょっかいをかけてくるし、氷室はおせっかいを焼いてくるけれど、それに何も小悪露が反応しなくなってきた。でも、あのおまじないをうたっていると、少しだけ心が楽になった。
そして三学期のさいご。終業式の日に、俺は会長に呼び出された。
「……どうかなとは思ったけど、1年、持ったね。えらいよ。普通の人間なら、地球人異星人関係なく3か月で精神破壊は必須だろう。ここまでもつんだ。もはや君をつなぎとめる感情は、心というより呪いのようなものなんだろうね。」
「どうでしょうか。それで、用とは…」
「ついてきて。」
ついていくと、目の前に現れるのは大量のさびとほこりをかぶった格納庫の扉。そこには大きくNo.0と印刷され、立ち入り禁止と書かれている。会長が手に持っているのは、俺が研ぎ続けた刀だ。
「ここは…」
「お待たせ。君の使うGAIDOのお出ましだ。」
扉が開いた瞬間、その隙間から大量の紫色の炎が勢いよく噴き出す。そしてその中心から現れるのは、黒いシルエットに赤い目を光らせる「侍」だった。
「これは…」
「No.0『晦冥』。」
「……!」
「いっておいで。」
俺が前に進み出ると、晦冥も同じように前に進み出る。
『汝、何故我を使わんとする。』
無機質な、でも確かな意思を感じる声で、晦冥が俺に問う。
「ゾーラスへの復讐。憎しみ、恨みをぶつける。俺を見下してきたやつらを見返す。見下す。度肝を抜かせる。」
『……良かろう。』
晦冥が手を出すと、会長はその手に刀を預ける。黒き侍がそれを握りしめた瞬間、さやと鍔の間から大量の黒と赤の煙が噴き出し、ボロボロだった鞘には乱雑な字で「不倶戴天 無頼」と彫られる。
『我が刀。我が新たな鞘。』
鞘は俺のことだろうか。晦冥が腰に刀を差すと、封じられていた背面の装甲が外れる。
そこに体を通すと、腕、脚、腰、そして頭の順に晦冥のスーツが装着される。訓練の成果だろうか。初めて装着するにもかかわらず、モニター越しに見る景色も、その感覚も。体を動かす意識すら、長いことやってきたかのようだ。
「さすがだな。2年生からは君も戦場に出る。それまで、二人で動きを確実にしてくれ。」
こいつとならやっていける。人生で初めて、そう心から思った瞬間だった。




