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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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第7話 総力戦への移行


 何なんだあの女は……?

 ただの快楽殺人者ではないのか。

 人質は見殺しにする、金を要求しない、何かと理由をつけて殺す人数を増やす。

 あの女に何の得があるというのだ。何もないではないか。

 我々をじわじわ殺して楽しんでいるのだ。


 異常者め……!


 リアド湖畔の森のエルフ達は口々に囁き合った。

 身内を殺されたことに対する憎しみと、次は自分が殺されるかもしれないという恐怖。そしてどんな方法を試そうが国外へ逃亡できないという状況がエルフ達の危機感を呼び起こし、立場の違いを超えた結束を呼び起こしていた。


「誇張ではない。これは国家滅亡の危機である」


 高台の上から、スタール大公は宣言した。

 彼は四肢を切断されたままだ。義手も義足もつけていない。義手と義足を造る余裕すら、今の彼らの国にはなかった。


 先の20人プラス53人の虐殺劇の対象から、スタール大公は逃れていた。


『トップから順番に20人を殺す』


 両腕と両脚を失い、おまけに家族の多くを失った大公は虚脱状態となり、とても政務を執れる状態ではなくなっていた。アンヌはそんな彼を『もはや権力者ではない』と判断し、標的を他の者に変えた。


 だが――


 国家存亡の危機が、瀕死の大公を覚醒させた。

 家族を失った悲しみと、肉体機能の大部分を失った事実を乗り越えて、スタール大公は国家の指揮を執るべく政務に、大公という元の地位に復帰した。


 最愛の者を奪われた復讐心と、自らがあの災厄を招いたという深い罪悪感が、彼の意識を現実へと引き戻した。

 生き残った以上、現実から目を背け続けることは許されなかった。


 平時なら、とてもそんな人事は認められなかっただろう。

 しかしアンヌの虐殺宣言と、実際の行動により、有力なエルフ達は目の前にある権力の座に着くことを避けた。己の命を惜しんだのだ。


 大公の演説が続く。

 群衆を鼓舞し、絶望から立ち直らせるための勇ましい演説が。


「これより我が国は、国家総動員体制への移行を宣言する!」


 それがどうした――と、冷めた目をした国民が多数。

 ついに来たか――と、喜色と共に復讐への暗い情念を宿した国民が少数。


 前者は一般の、身分の低いエルフ達であり、後者は貴族階級、それに軍でそれなりの地位にいる指揮官クラスのエルフ達であった。


 国民の大半は絶望していた。

 虐殺の魔女による2度の襲撃に対して、なすすべもなく殺された国の指導者たちを。そしてそれを止めることができなかった兵たちのていたらくを。


 国境を閉ざされ、逃げ場もない。

 さりとてあの魔女に対抗する手段があるとは思えない。

 仮に国民全員を総動員したとしても、あの女の転移魔法で大量虐殺されるだけではないのか。そう思っている者が大半だった。


「切り札を使う! 見るがいい!」


 スタール大公が、その言葉を言うまでは。

 そして次に空から降りて来た、巨大なゴーレム達を見るまでは。


「おお……!」

「あんなに居たのか……?」


 群衆から驚きの声が上がる。それは感嘆と興奮の色を帯びていた。


「高機動型巨大ゴーレム。モデル『ギガントウインド』。

 竜種すら圧倒する戦闘特化型のゴーレム部隊だ!」


 四つの腕と四つの脚、そして四つの翅をもち、短期間ならば空を飛ぶこともできるそのゴーレムの全長は50メートル。民家はおろか城壁の高さすら超えている。


 竜のブレスすらものともしない装甲の硬さ、分厚さに加え自己再生能力を備えている。竜種、それも上位種と渡り合える力を持つほどの戦闘力を誇っていた。


 それが12体。

 スタール大公の後方に降り立っていた。


 文字通り、それは秘密兵器だった。

 一般市民には知らされておらず、貴族階級や軍人たちは噂に聞く程度の。しかしその存在を噂に聞く者でも、保有するギガントウインドは1体だと思い込んでいた。


 12体もの数を、稼働可能な状態で保有しているとは思っていなかった。


「切り札の存在を秘匿していたこと、それに過去の2度の悪魔の襲撃の際にも出さなかったこと、まことに申し訳ない。正直に言おう。あの時は出さなかったのではなく出せなかったのだ!

 見れば想像がつくと思うが、こいつらを駆動させるためには多大な魔力を必要とする。その魔力を充填するまで、どう急いでも2か月以上の時間がかかってしまうのだ。

 それが嘘でない証拠は、諸君らの目の前にいるわたしの身体を見れば一目瞭然であろう!?」


 確かに、と、群衆たちはかすかに湧いた疑念を大公の言葉に、いや、大公のありさまを見て納得した。


 アンヌによって家族の多くを殺され、自身の四肢を切断された当人が言っているのだ。


『切り札のゴーレムを出さなかったのではなく、出せなかった』とは、何よりも雄弁に彼の今の姿が物語っていた。


「しかし……諸君。本当にこれであの悪魔に、いや、魔王に勝てるだろうか?」


 声のトーンを変え、悪魔呼ばわりを魔王呼ばわりに格上げし、スタール大公が群衆に問う。

 居並ぶ軍人たちが、ぎょっとして大公を見た。

 水を差された群衆たちも同様に、不安げな顔で大公を見つめた。


 しばしの沈黙。

 そしてそれは、群衆のざわめきにとって変わっていく。


「あるのだ。我々には真の切り札が!」


 大公が叫んだ。

 すぐ傍らに控えていた侍従が、主の意を受け取り、ゆっくりと天を指し示した。次いで、地を。


「見よ。太陽を。そしてその下にある雄々しきエリュクト山を!

 そのふもとに何がある? 何が見える!? 諸君らにはわかるはずだ!!」


 最初は、小さなざわめきだった。

 そしてそれは、大きなざわめきにとって変わった。


「お」

「おおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 エルフ達が、雄叫びの声を上げる。

 絶望から希望へ。勝利を確信した者の雄叫びだった。


「確実に勝つ。確実にだ! これは国家存亡の危機である! あの切り札を使うためには、諸君ら全員の魔力が必要なのだ!

 言い換えれば、諸君ら一人一人が国家を救う英雄となるのだ!!!

 決戦は20日後。あの魔王が再びこの国へ襲撃してきた時だ!

 我が国が有する全戦力で迎え撃つ!!

 諸君らの健闘を期待している!!!!」


 スタール大公の鼓舞に、その場にいたエルフ達は腕を振り上げて応えた。


 リアド湖畔の森のエルフ10万人 vs アンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵1人。


 国家対魔女の、総力戦が始まった。



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