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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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第6話 アンヌの虐殺宣告


(根本的なところから分かってないのね)


 アンヌはそう思った。

 内心では盛大に呆れている。


 国に着くなり前の大広間に通されたが、先回とは違って室内は華やかに飾り付けられ、来賓を歓迎するムードだった。反吐が出るほどに。

 目の前の長テーブルには豪勢な食事が並び、エルフ達は卑屈な作り笑いを浮かべている。見事な切子細工の瓶の中に、透明な液体が入っていた。


「腐り病の特効薬です。毎月服用すれば、腐った手足は一年ほどで治ります」

「奴隷を酷使することもやめにしました。待遇は大幅に改善しています。食事は日に3食与えるようにしましたし、月に1度は休暇を認めることにしました。奴隷に対して破格の待遇でしょう?」


 エルフ達が口々に、自分たちの功績をアピールする。


「それと、これをお持ちください」


 ずっしりとした重みのあるものが入った、茶色い革袋を差し出された。中身は察しがついたが、アンヌはあえて聞いた。


「なんでしょう?」

「リアド金貨です。1千枚入っています。これで、国境を覆っている結界を解除していただきたい」


 アンヌはあまりに不自然な笑顔を見て、まぶたを閉じて首を振り、軽く首を振った。

 吐き気がする。


「一つだけ尋ねていいかしら?」

「何でしょうか?」

「先月、ええと……ああ、スタール大公でしたっけ。それに評議院にいた議員全員の両腕と両脚を詰めたわけですけれども、わたくしに媚びることについて四肢を失った彼らは何か言っておられましたか?」

「………いえ。特に何も」

「そう。あなた方に誇りはないのね」


 アンヌの一言に、場の空気が凍った。

 饒舌(じょうぜつ)に喋っていたエルフが口を閉ざし、その場にいる者たちの呼吸音すら途絶えた。

 しん……と静まり返った広間の中、テーブルに置かれたスープが美味しそうな湯気をたちのぼらせていた。


 居並ぶエルフ達の卑屈な作り笑いの下にある激情が露出し、蒼い瞳が殺意を灯してアンヌに注がれる。しかし歯向かえば殺されることは身に染みてわかっていたので、彼らは必死に耐えた。耐えるほかなかった。


「根本的な勘違いをされているようなので言わせていただくわ」


 アンヌは切子細工の瓶を手に取ると、こともなげに中身を床にぶちまけた。


()()()()()()()()()()()()()()()()。よろしくて?」


 床が濡れ、美しい工芸品の瓶が割れる。交渉の決裂を象徴するかのように、ガラスの破片が床に散らばった。

 アンヌの常軌を逸した行動にエルフ達は怒りを忘れ、驚き、狼狽しながら問いかけた。


「な」

「何をしているんだ!? 正気か!!?」

「腐り病の特効薬だぞ! あんたの使用人を治すために必要じゃなかったのか!?」


 アンヌは肩をすくめた。


「もう一度言うわ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ()()


 エルフ達は、呆然としてアンヌを見た。

 それまで抱いていた怒りを、束の間忘れさせるほどの大きな驚きが彼らを襲った。


「ではなぜここに来た? 何の目的でわざわざ来たのだ? 我々を愚弄するためか?」

「愚弄? とんでもない。きちんと先月に宣言したでしょう。上から順番に毎月20人殺すと」

「それは交渉のための脅しだろう!」

「は?」


 ペルタス将軍の決めつけに、アンヌは短く聞き返す。

 彼女のその顔を、心底から『わかってねーなこいつ』と考えていることがありありと浮かんでいる顔を見て、エルフ達はようやく理解し……。


 心の底から震え上がった。


「わたくしは、あなた方の支配者階級を上から順番に毎月20人殺す。

 これは要求ではないわ。交渉もしない。逃亡もさせない。あなたたちが泣こうが、喚こうが、抵抗しようが、情に訴えようが関係ない。

 ()()()()()()()()()()

 今月も。

 来月も。

 再来月も。

 その次の月も」


 アンヌの声は恐ろしいほどに静かで、だからこそ恐ろしかった。

 一時の感情に突き動かされているのではないのだ。


 殺害対象を逃がさない状況を完璧に整えたうえで、殺すと言っている。脅しているのではない。それは宣言だった。


 彼女に“交渉”という概念は存在しない。 理屈も、情も、全てが無意味だった。


「さて。それではこれからあなた方を殺していきますが。遺言を残す時間くらいはあげるわ。よろしいか?」


 エルフ達の口から悲鳴が上がった。

 殺される。ここにいれば殺される。目の前の女に臓器か、脳か、あるいは首から上を抜き取られて殺される。それが分かったから。


「そんなことをしてみろ!? 我々の国には、人間奴隷が1万人いるんだぞ!!」


 ペルタス将軍が叫んだ。

 やけくそだった。

 彼らにとって、人間たちは貴重な労働力だ。過酷な搾取労働と麻薬実験によって年間20%、2千人ほどが過労死するか生きた屍となるが、今すぐ1万の労働力を失うとなれば国の産業が壊滅する。


「うん……? ああ。わたくしがあんたらを殺していったら、腹いせにこの国で働かせてる人間1万人を全員殺すと? やってみれば? 仮にそうしたらわたくしは、あなた方エルフ達を1万人、幼い赤子から順番に殺す」


 アンヌはあくまで冷静だった。

 冷静に、チキンレースの掛け金を上乗せした。


「なんだと!?」、ペルタス将軍。

「貴様、無力な子供にまで手をかけるつもりか!?」、老エルフ。

「悪魔め! 人の心がないのか!?」、若い議員のエルフ。


 エルフ達の罵倒に、


「見せしめに殺すんでしょう? 

 本当に恐ろしい敵には立ち向かうことなく。無力で殴りやすい相手を標的にして。

 だから私も同じことをすると言っているの。それでこそ平等というものでしょう?

 まあ、まだやっていないのだから、これは警告にとどめてお――」


 言いかけて、アンヌは若いエルフを見た。


 幼女嗜好のエルフだ。数日前まで人間の少女を相手に、さんざん楽しんだエルフだ。アンヌとの和平案をまとめるために『我が国には人間を性的搾取している者はいない。性奴隷も存在しない』という見解を提案した男だ。


「すでに殺していたのか。体裁を取り繕うためだけに。悪事を隠すためだけに。死ぬまで助けてくれと懇願した無抵抗な子供まで……!」

「がっ……!」


 アンヌの腕が男の首をつかみ、持ち上げた。片腕でだ。男の両脚が地面から離れ、ぶざまに宙を泳いだ。


「何人だ!? 貴様だけではないだろう。合計何人を殺した? ……そうか。53人か。可哀想に」

「や、やめっ、ぐぉぉぉおっ」


 アンヌは腕にすさまじい力をこめる。


 のどが潰れていく音。

 口から血の泡を吹きだす音。

 次第に小さくなる悲鳴の音。


 それらの音と共に、若い男の議員の喉笛を文字通り潰した。首の骨を折ったのではない。首そのものを握力で握りつぶした。


「忌々しい……」


 吐き捨て、アンヌは即死したエルフの遺体をその場に捨てた。


「殺すべき対象が増えた。この国の権力者を上から順番に20人。プラス、今殺した男も含めて53人。性的搾取を行った者本人。搾取に関わった者。それでも足りなければその子孫を優先的に殺す」


 凛とした声が、評議院に響き渡る。


 パニックが起こった。

 宣言を聞いたエルフ達は、我先にと逃げ出したが――

 殺戮の魔女の死刑執行は、粛々と行われた。


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