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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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第5話 ズレた和平案


 時間がなかった。

 リアド湖畔の森のエルフ達には時間がなかった。


 アンヌの張った結界の解析は進んでいない。解除方法は未知のままだ。

 大量虐殺された遺体は2000を超え、彼らの国の死体処理のキャパを大きく超えている。このまま放置すれば、腐敗した死体により疫病が発生する。


 臨時議会は非常事態宣言を発令。

 本来ならば土葬する遺体を全て、火葬することにした。司祭たちは反発したが、公衆衛生を理由に強引に押し切った。

 国外への移動ができないのだ。土葬にこだわり、腐敗した遺体を放置すれば河川と井戸が汚染される。その結果、下水機能が麻痺すれば赤痢が発生して今以上の大量死が起こる。


「冷却と防腐魔術が使える者を最優先で招集。遺体の腐敗を食い止めろ」

「燃料の確保を急げ。3週間で遺体を全て焼却する」

「統計局は残る食料備蓄で何か月もつか試算しろ。2000名の兵士が減った事も計算に入れるのを忘れるな」


 生き残った将軍が、てきぱきと指令を下す。

 長年国を守ってくれた兵を、土葬ではなく火葬することになったエルフ達は悲嘆にくれた。


「私達は森の中でひっそりと平和に暮らしているだけなのに、どうしてこんなことに……?」


 嗚咽交じりのその嘆きは、火葬の炎に煽られて闇の夜に消えていった。



 ***


 軍が大量虐殺された死者の処理に追われる一方で、政治の場では別の緊張が走っていた。


「そろそろ案をまとめましょう」


 臨時議長となったペルタス将軍が――評議院と兵の指揮の兼務した彼はろくに寝ていない――議題のまとめに入った。


「まずは腐り病の治療薬を交渉材料にする。あの女はヒトオスの少年を助けようとしていたから確実に食いつくはずだ。問題は供給だが……来月までに精製できますか?」


 将軍に話を振られ、しわの寄ったエルフがうなずいた。


「一人分でしたらどうにか。ただ、病を完治させるには年単位の処方が必要になりましょうな」


 老エルフは答える。彼はエルフの国随一の薬師であった。


「その方がいいでしょう。短期間で治るとあれば手のひらを返しかねない」

「しかし、薬だけで引いてくれますかね……?」


 若いエルフが疑念を呈する。名門貴族の男だ。幼女嗜好の醜聞が災いし先の選挙では落選していたが、今回の緊急事態で評議院の補充として呼ばれていた。


「あのヒトメスは、人間奴隷が死ぬのを嫌がっているとのこと。そこで。奴隷の待遇改善、死亡率の減少を提案したい」

「具体的には?」

「麻薬植物の製造を大幅に……半分以下に縮小し、代わりに食用のそばとジャガイモを育てさせましょう。それに労働時間も減らします。今は1日16時間働かせているが12時間にし、月に一度の休暇も認めましょう。食事も一般的なヒト世界では朝、昼、晩の一日に3食を食わせていうらしい。それに倣います」

「馬鹿な」

「麻薬の栽培を半分以下にするだと? そのうえ2、3年も働かせれば廃人になる奴隷に余計な飯を食わせるのか? おまけに今は輸入も途絶えている状況だぞ」


 議会に集まったエルフ達から異論が噴出したが、若いエルフは動じなかった。


「長期的に考えてください。輸入が途絶えている状況だからこそですよ。このまま麻薬だけ作って飢え死にするつもりですか」

「………………」


 エルフ達が歯ぎしりをした。


「半減はやりすぎだが、数割は食える作物の栽培に変えねばならんのはその通りだ。軍が半壊した今、結界が消えたとしても食料の輸送には支障が出る」

「奴隷の待遇改善も許可せねばなるまい。あの女の領地から月20人の奴隷供給を当て込んでいたが潰されたのだ。今いる奴隷の死亡率を下げて長く使うのは合理性がある」

「あー、すまないが諸君。一ついいでしょうか。情報局のピルシアです」

「どうぞ」


 壁際に立っていた糸目の女エルフが手を上げて発言を求めた。立ち位置や態度からすると、議員や兵隊の将校ではなく官僚のようだ。


「わたくし個人による観察結果ですが、ヒトの世界ではヒトオス100人が過労死するよりも、ヒトメス1名が性的搾取される方が社会的問題になるようです」


 場がざわついた。

 議場の数名が椅子をきしませ、不快げに眉をひそめた。


「……何だそれは?」

「人間は、数の大小や犯罪行為の軽重を比較できないのか?」

「ヒトオスとヒトメスで命の価値が違うということか? 倫理感がおかしいぞ」

「奴らの世界には、男女平等という概念が存在していないのか?」

「まさか、あの女を激怒させたのは使用人を腐り病にしたことでも、領民を奴隷として献上しろと脅したことでもなく、裸にして土下座させたことか……?」


 その場にいたエルフ達全員が、がくぜんとした顔となってお互いの顔を見た。


「馬鹿な。あれはただの戯れではないか!?」


 ペルタス将軍が叫び、薬師の老エルフが思案の末に推測を口にした。


「そうなると……極少数ですがこの国にも性的奉仕用のヒトメスを飼っている者がおります。あの女に知られれば、逆鱗に触れる可能性が高いですな」

「毎月ヒトオス100人を過労死させるよりも、ヒトメス1人を性的搾取した方が問題視されると? 馬鹿な」


 まだ信じられないという顔の将軍に、幼女嗜好の若いエルフがためらいもなく提案した。彼は幼い人間の子供が好きだったが、自分のことはもっと好きだった。


「知られる前に処分した方がいいでしょう。我が国はヒトメスに対して性的搾取などしていない。性奴隷も存在しない。農作業のために奴隷を使ってはいるが、あの女と休戦協定を結ぶため、今後は温情ある対応をすることにした。麻薬の栽培も縮小し、食用の作物を育てている。それを公式見解としましょう」


 もったいない……といううめきが、そこかしこから聞こえて来た。

 人間の命を悼むうめきではない。自分たちの快楽が、楽しみが減ることに対して嘆く者の態度であり顔つきだった。

 彼らは今夜中にでも、手持ちの女奴隷たちを“処分”するのだろう。アンヌのご機嫌取りをするという、ただそれだけの目的のために。


 その後、いくつか細部を詰めるための議論が行われ、エルフの重鎮達はうなずき合った。


 そして翌月。

 宣言通り、アンヌは現れた。



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