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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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第32話 魔女が手を引いた世界

 

「わたくしの喧嘩は終わりました。先日は“水を差して欲しくない”とお願いいたしましたが、撤回いたします。以後はその限りではありません。それでは」


 後日。

 アンヌは転移魔法で諸王の前に現れ、“喧嘩”が終わったことを伝えると速やかに立ち去った。

 通告を聞いた王たちは状況を把握するため再び軍の特使を派遣し、エルフ達が国境を越えて移動していることを察知した。


「疫病を持ち込まれてはかなわん。検問を強化しろ。逃げるやつは多少手荒に扱っても構わんが殺すな。それと、内部で何が起こっているか聞き出せ」


 人間の王たちは国境付近に軍を展開し、関所を設けてエルフ達を取り締まった。少しでも熱がある者、体調がすぐれない者は追い返されるか小屋に隔離された。ただし死なない程度の食料は与えられた。


 真相が知れ渡るにつれて、諸王と軍の幹部たちは戦慄した。


(本当にやってのけたのか!!!)


『国家の上層部を毎月20人殺し続ける』


 半信半疑だった。いかに魔女とはいえ、そんなことが実行できるとは思えなかった。思いたくなかった。だがやった。やってのけた。


(どんな国だろうが、そんな真似をされれば半年も経たず壊滅するぞ……!)


 王たちは恐怖した。

 アンヌを敵に回したら、国がどうなるかを改めて思い知らされたから。


(疫病が発生した最中でも粛清を続けるとは、常軌を逸している……!)


 軍の幹部もまた恐怖した。

 通常の戦争ならば止まるところを、あの魔女はためらいもなく突き進む。

 その事実に恐怖した。


 一方。

 リアド湖畔の森のエルフと共に麻薬取引に精を出していたとある国では――


「知りたくなかった!!

『殺した後で帳尻を合わせるタイプの魔王』とはそういうことか!!」


 ジョン王は嘆いた。

 エルフとの麻薬取引ルートが完璧に潰された。

 国内の貴族や大商人は、麻薬売買を再開しろとせっついてくる。生き残ったエルフを国内に迎え入れて、麻薬栽培のノウハウを手に入れようという動きすらある。


 だがそんなことをすれば、次はこの国が魔女の手で滅ぼされかねない。


 しかし――


 表立って麻薬を規制する意志を示せば、王とはいえ命の保証はない。それほどまでにこの国は、この国の富は、麻薬による収益に依存している。現にリアド湖畔の森のエルフとの取引が半年も途絶えた今、国庫は火の車だ。軍人の給料の支払いすらままならなくなりつつある。クーデターの噂すら耳に入ってくる。


「ええいクソ! こうなったら致し方ない!」


 ジョン王は愚鈍な男ではない。

 八方塞がりになりつつある状況を察知できる程度には。

 彼は速やかに持てるだけの金品をまとめ、信頼のおける側近に命じて逃走ルートを確保すると、妻と子を連れて他国へ亡命した。


 王を失った国は、周辺諸国から麻薬取引を組織的に行っていた罪を名目に攻め込まれ、領土を失い多額の賠償金を課せられるが――それはまだ先の話。



 ***



 数か月後。

 リアド湖畔の森にあるエルフの国にて――


 都市の広間には小規模ないちが立ち、エルフ達は思い思いの物品を出品していた。通貨ではなく物々交換が主体のやりとり。


「おーい、誰か塩持ってないか塩。干したじゃがいもと木材を交換したいが木材持ってる奴が塩を欲しがってるんだよ」

「カラっからに干したどんぐりの皮を売ってます。着火剤にいかがですかー。じゃがいも、蕎麦、どんぐりの中身、食べれるものなら何でも交換するよー」


 しかしそこには、平和があった。

 市のそこかしこで、茹でられた蕎麦の匂いがただよっている。


 市にはさまざまな者がいた。

 燃料を売る者。どんぐりの煮汁から出た灰汁の残り水を回収して大きな壺に積む者――苦い灰汁水を虫は嫌って寄り付かなくなる――、鍋や窯を提供し調理することでわずかな取り分をいただく者。


 そして、浮いている者も。


「魔女を恐れることはありません。魔女は立派に働いた者の前にのみ現れ、栄誉の死を与える存在なのです。

 さあ、いっしょに日々を精一杯働きましょう。聖人クレタル様のように」


 市の入口に、おそろいの宗教服を着たエルフ達が立ち、声をあげている。


「毎日毎日、よくやるな……」

「あの熱意で仕事してくれればいいんだが」

「まったくだ。布教も像を作るのも自由にすればいいが、あいつらどんぐりを集める仕事すらサボってやがる」

「本当にクレタルさんを信望するなら、働きぶりも見習って欲しいもんだ」

「あの御方はすごかったもんな……」


 群衆たちの反応は冷ややかだが、クレタル信者たちを邪魔だと追いだすことはしなかった。この場にいる者たちは多かれ少なかれ、聖人クレタルに救われたと思い込んでいる。

 クレタルが身を挺して子どもを救おうとする姿に魔女が心打たれ、エルフ達への粛清をやめた……という筋書きだ。


『その証拠に、クレタルの処刑を最後に、魔女は現れなくなったではないか……!』


 後日、救助隊の隊長を名乗るエルフが現れ、保護した子どもの名前と特徴、年齢をまとめた一覧表が届けられるにいたり、クレタルに対する救世主としての評価は絶大なものとなった。


「ここに記載された子どもたちは全員、健康な状態にある。皇帝陛下および教皇猊下の御意向により丁重に保護しつつ、読み書きの訓練や職の手ほどきをしている。

 疫病および指導者不在による混乱が落ち着き次第引き渡す。

 ただし。

 貴“集落”が再び奴隷の使役や麻薬栽培に手を出す場合はその限りではない。

 我々は魔女の敵となる行為を断固として拒絶する立場である」


 エルフの隊長は命令書の写しを見せた。


 そこには海を遠く離れた大陸にある皇帝と教皇の花押が押されており、隊長の発言が嘘ではないことを示している。


 リアド湖畔の森のエルフ達は、度肝を抜かれつつも安堵した。


 子どもが生きていたことと、遠く離れた国で保護されていること。

 そしてすぐには戻らないことに。

 数千人の余剰人口を育てる余裕は、今の彼らにはない。おまけに疫病や飢餓で両親を失った子どももいる。引き取って飢え死にさせてしまうことを彼らは恐れ、そうならないことに安堵した。


 集落呼ばわりされたことも、もはや気にはしなかった。


「奇跡です! 魔女はクレタル様との約束を守った!!」

「救世主様に感謝しましょう!!」


 クレタルの信者が叫ぶ。

 エルフ達は苦笑しながらも、クレタルの墓に向かって感謝の祈りをささげた。


 その夜。

 彼らはささやかな備蓄を持ち寄って、お祝いの祭りを開催した。



 ***



 ほぼ同じ頃。

 リアド湖畔の森の辺境にある田舎では、急速に開墾が進んでいた。

 都市部のエルフ達が移住してきたからだ。


「みなさ、教えなくてもだいぶ蕎麦づくりの手順が分かってきただなぁ」

「んだんだ。次はじゃがいもの栽培を一から教えるか」

「だなぁ。蕎麦より大変だがたくさんとれるし保存がきく」


 自作農のエルフは、畑作業をする者たちの作業を眺めながらうなずき合った。

 そこへ、息せき切って若者のエルフがゆっくりと駆け寄ってきた。

 駆け寄っているのにゆっくりなのは、荷車を引いているからだ。


「親方ー! 親方、親方! もう川から向こう側に出られるみたいですっ!」

「なんだってー!?」

「本当ですぅ。ほらぁ。見てください! 外に行ったらヒトの軍隊がいて、使い道のない金貨5枚と引き換えに、農耕に使えそうな鍬に、じゃがいも用の肥料を売ってくれましたよぅ! ほら、荷台にどっさり」

「なにぃ!? でかした!!」


 若いエルフが荷車を指さす。そこには2本の鍬と、大きな袋に入った腐葉土が載せられていた。

 ちまたならば金貨5枚どころか、銀貨10枚もあれば購入できる物品だ。

 相場の10倍近くぼったくられている計算になる。


「金貨があれば、他のものとも交換してくれるそうです。のこぎりやスコップもありました!」

「そいつはいいだ! 都市のえれぇ連中から無理やり渡された銭が役に立つ日が来たか。これで畑作業してるみんなに十分な道具を渡すことができるだよ!」

「でしょう?」


 純朴で人を疑うことを知らない農村のエルフ達は、明るく笑い合った。



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