第30話 魔女の恐怖とすれ違う善意
合計6人のエルフを処刑した後、アンヌは立ち去っていった。
「他は下っ端ばかりしかいないわね。……あれだけ殺したんだから当然か」
彼女が殺したのはクレタルとその側近、すなわち組織の指揮をとった者だけだった。
クレタルに感化され、死ぬのは怖くないと悟った態度をとる取り巻きは多くいた。
だが、その多くは言われたことを言われたままにするだけの存在で、上層部と言えるような主体性がなかった。
死を免れたクレタル信者達は肩透かしを食らい、しばし呆然としていたが、誰かが“真理”に思い至った。
「彼らは魔女に認められたのだ。我々は努力が足りなかった」
「そうか。そういうことか……」
「次は我々も処刑してもらえるような存在になろう!」
エルフ達はうなずき合い、アンヌの意図も、クレタルの気持ちも置き去りにして物事を解釈し始める。
その後、彼らは新興宗教を立ち上げ、歳月を経て多くの信徒を有した。
彼らが語り継いだ解釈は聖典となり、『死の魔女に命を差し出して子どもを救った救世主クレタル』のエピソードは、多くの絵画や彫像のモチーフとなった。
偶像化されたクレタルの姿は生前のものとほとんど変わらなかったが、ただ一点、耳の形は半端な長さではなく純血種のエルフと同じ長さにされた。
悪意ではなく、宗教的な善意によって。
生前も生後も、クレタルという混血のエルフは誤解され続けた。
差別と、崇拝によって。
それでも彼は満ち足りていた。
死の直前、彼のことをありのままに理解してくれる相手と巡り合えたから。
その相手から、束の間でも国家の頂点に立つ者と認められ、ずっと望んでいた形で死なせてもらえたから。
――クレタルは、幸せだった。
***
クレタルと側近を殺した後も、アンヌはエルフの国に留まった。
まだ6人しか処刑していない。宣言の完遂まで、あと14人残っている。
「ふー……」
伯爵領から水筒を召喚し、中に入った水を一気にあおる。崩壊しかけた壁に身体を預け、アンヌは少しの間休憩をとることにした。
まだ震えが止まらない。ゴキブリの大群が足元から這いよって、身体のてっぺんまで登ってくるような恐ろしさ。おぞましさ。
クレタルを殺す直前。
アンヌはうかつにも、彼の心を読み取ってしまった。脳裏に流れ込んで来た男の“想い”が、強烈な余韻を残している。
『この国はカスのたまり場で、どいつもこいつも殺されるに足る非道な行いをしてきた。だからこそ滅ぶべくして滅びるのだ。ざまあみろ。
俺は混血のカスだが、あなたのお陰でせいせいした。おまけに死ぬ前に、カスどもを子分にして命令することができた。心から感謝している。
俺はあなたに救われたんだ……!!!』
最後の感謝の気持ちを除けば、一言一句、彼は言っていることはアンヌが考えていることと同じだ。それでもこの男は、根っこのところが間違っている。
自分を貶めた者たちへの底知れない恨みの一方で、自分が貶めた者たちには何も言及していない。弱者に想いを馳せない。そういう発想自体がない。
クレタルにあるのは、恨みと、自分自身へのこだわり。矮小な劣等感。
そして何よりも、神格化されたアンヌに対する筋違いな感謝だった。
(気持ち悪い……!)
アンヌが忌み嫌うものを、これ以上ない強度で叩きつけられた。
「ああ……なんてこと……」
呼吸を整え、気持ちを落ち着けたところで、アンヌは頭を抱えた。
「非常にまずい。ああいうのがまた現れたらどうすればいい……!?」
エルフを殺すことなら簡単にできる。
だが、殺して済む問題ではなくなったとしたら?
アンヌからの処刑を『栄誉』と受け取る連中が増えたら。
あの男の遺志を継ぐ者が複数名現れたら。
あの男の思想、アンヌがもたらす逃れられない死に対する新解釈が宗教的熱狂を帯びてこの国に蔓延したら……?
『ありがとうございますアンヌ様。私達が麻薬を育て奴隷を使役したのはあなたに殺されるためだったのですね!』と心底からのたまう狂信者が、この国にあふれかえったら――
どうにもならない。
少なくとも、アンヌのやり方ではどうにもできない。
多くの者から誤解されているが、アンヌは他人の心に立ち入らない。ゆえに、他人の思想信条を殺すこともアンヌにはできない。
してはならないと、己を律している。
暴力で相手の内心を無理やり変えようとした瞬間に、彼女は彼女でなくなる。アンヌをアンヌたらしめる枷が外れ、ただの暴君に成り下がる。
今、アンヌがしている殺人の前提、国家に対する粛清行為は、『殺害対象が嫌がる』というその一点に集約される。
その前提を暴力でもなく、現実逃避でもなく、信仰の力で外された時。アンヌのしている行為の全てが空回りしてしまう。
(考古学者から聞いたことがある。毎日、太陽神へ人間の心臓を捧げた国が実在した。
その国では、生贄となることはこの上ない栄誉であり、競技の勝者から選ばれたという……)
想像の翼を広げたアンヌだが、いったんそこで自分の頬を叩き、考えを遮断した。
「落ち着け。落ち着こう。想定すべきものが増えただけ。
恨まれることも報復されることも誤解されることも覚悟していた。その覚悟の中に、崇拝される覚悟が増えただけにすぎない。わたくしのすることは変わらない」
2度、3度と深呼吸すると、アンヌは立ち上がった。
『この国の上層部を毎月20人殺す』
今月殺したのは6人。あと14人残っている。
***
(もう国をざっと見ても指導者になる奴は見当たらないわね……)
上層部が存在しなくなったなら、この処刑はおしまいにすべきだろうか。
20人という数にこだわって帳尻を合わせるために殺すのは殺人鬼の行いだ。慎まなければならない。
そう考えながら街を歩くと、違和感を覚えた。
泣きそうな顔のエルフ達が、崩れた建物の中に入っていく。
気配を消して尾行すると、地下に続く階段があった。
姿を消す魔法を使い、降りていく。
防音魔法の施されたドアがある。開くと、大きな広間があった。
数十人のエルフがいる。
元は倉庫として使われている場所なのだろう。奥に樽が並んでおり、管理者らしきエルフが帳簿を付けながら物品を出し入れしていた。
食糧にエール酒、薬草などの物資が入っているようだ。
暗い顔をしたエルフが、ぺこぺこと頭を下げながら受け取っては去っていく。無償の配給をもらうような態度ではない。
部屋の中央には、裸で土下座するエルフが居た。
「とっととサインしろよボケが!」
「勘弁してください! 本当に勘弁してくださいこれだけは!!」
「ふざけんな。何でもするって言ったのはお前だろうがよ!」
椅子に座った女エルフに向かい、男のエルフが土下座している。
土下座しているエルフはひどく殴られたらしい。顔じゅうが赤黒く腫れていた。椅子に座った女は土下座する男を足蹴にしていた。
「だからって奴隷にされるのだけは勘弁してください!」
男が泣きながら懇願する。その口に、容赦ない女の蹴りが入れられた。
(ああ。そういうこと……)
エルフを奴隷にするエルフが現れたのだ。




