第29話 化け物の完成
「見違えるほどの復興ぶりに驚いたわ。あなたが今のこの国で一番偉い人みたいね」
不意に現れた赤髪黄眼の魔女の評価に、クレタルは身震いした。
抑えきれない歓喜によって。
「ああ。なんてことだ。まさか私ごときの前に来られるだなんて!!」
感極まって、クレタルは叫んでいた。
彼女に認められるために頑張ってきた。
『ここまでやれば、上層部だと認めてくれるだろう。最低でも20名の端っこには入れてくれるだろう』
そう思えるようになるまで、がむしゃらに駆け抜けた。やれることは全てやった。けれどもずっと不安だった。
『俺は半端耳のクズエルフ。カスみたいな混血なんだから……』
血筋を基準にされること。それがクレタルにとっての不安であり絶望であった。状況からすれば十分にあり得た。魔女が『わたくしが上層部と認めるのは純血のエルフだけよ』ということが。
(だが、魔女様は俺を差別しなかった!!)
涙が出そうになるくらい嬉しかったが、クレタルは目元に手を当てたのみでその衝動をこらえた。周囲のエルフ達が、距離はとったものの逃げることなく彼と魔女の成り行きを見守っている。
「私はもうすぐ死にます。あなたの手によってあの世に送られる。それについては受け入れています。……ただ、その前に。真実を教えていただきたい。
十数日前に子どもが、この国のほとんどの子ども達が失踪しました。
目撃した者たちから話を聞いたところ、あなたと、あなたによく似た魔術を使うエルフの女性が関わっているとのこと。
それは事実ですか?」
「そこまでは事実よ。転移させた時に何度も説明したと思うけど……。まあ、まともに聞ける状況でもないか」
「では、『国境の外に転移した』と言い、『救助隊に引き渡した』とも言った。これも本当のことなのですか?
皆は、子ども達が生きているかどうか。仮に生きていたとしても奴隷にされるのではないかと不安がっています――もっとも、そうされても仕方ない真似をこの国の連中はしてきましたが」
『我々は』ではなく『この国の連中は』という言い回しに、クレタルの本心がにじみ出ている。
しかし群衆はその言い回しの違いに注意を払う余裕はない。
魔女の機嫌を取り、できるだけ良い結果を引き出すための話術だと聞き流した。
「……ジュリエッタ・アスガルドというエルフを知っているかしら? 遠く海を隔てた大陸に君臨する女帝」
クレタルのクズそのものの本心を見透かしながら、アンヌは言及しなかった。
質問したのが誰であれ、親が子を想う気持ちは踏みにじってはならない――そう思ったからだ。
「彼女が配下の救助隊に下した命令書の写しを預かってるわ」
こういう時のためにと渡されてていた手紙を、アンヌがクレタルに向けて投げた。あまりに気色の悪い男へ手渡ししたくなかった。
足元に落ちたそれを、クレタルは慌てて拾う。
やり取りを見守っていた群衆が囁き合う。
「ジュリエッタ……? 誰だ?」
「知らねえのか。海を越えた大陸を牛耳るエルフの女皇帝だぞ!」
「嘘だろ!?」
「信じられん。皇帝陛下の命令書なら特殊な魔力が込められた花押があるはずだ!」
騒ぐ声を聞きながら、クレタルが手紙を広げて流し読みした。
シンプルな文面だ。
『国境付近の平地へ数千名規模の子どもを転移させるので救助体制を整えて待機せよ。後の指示は追って行う』とある。
「おっしゃるとおりかなり書きなれたエルフの文字だが……」
クレタルが、群衆へと手紙を寄こした。
「……。かなり精巧な作りだ。俺には本物に見える。花押もある」
「じゃあ、本物なのか……?」
戸惑うエルフ達。
「それ以上の証拠は出せないわ。子どもは殺してないし、救助隊が子どもを保護したのも私は確認した。……信じたくないならそうしたら?」
アンヌの言葉に、群衆たちが戸惑い、ざわめく。
少し前まであった不穏な空気、沸騰寸前の怒りは霧散していた。
「私は信じましょう」
クレタルの発言によって、場がしんと静まり返った。
「これまでもこれからも、あなたは自分が言ったことは必ずしてきた。そんなあなたが殺していないと言っているのだ。私は信じます。……良かった。本当に良かった。それだけが気がかりだった」
嘘ではない。
本心から、クレタルは子どもたちの命を気にかけていた。
ガキの命、それ自体はどうでもいい。
『むしろ全員死んでいました』の方が心情的にはせいせいする。
だが、何もしていないガキが魔女の手にかけられるのは腹が立つ。魔女の処刑は特別な者のみに与えられる栄誉でなければならない。
『この国の上層部と認められた者のみ殺す』
その発言を拠り所にして、彼はこれまで頑張ってきたのだから。
「もはや悔いはありません。どうぞ私を処刑してください。
あなたは私をこの国に君臨する上層部の一員だと認めてくださった。私の命は、あなたに摘み取られることで完成する」
クレタルは両ひざをつき、両手を組み、まるで女神へ祈るような姿勢となった。
「クレタル様……」
「ああ、クレタル様ぁ……!」
なりゆきを見守るエルフ達が、感極まってすすり泣いている。
(何だこの醜悪な茶番は……!)
アンヌには、クレタルの心が読める。
感極まって泣いている連中の心も読める。
同じ出来事に対して、認識の根本、致命的なところがズレている。
クレタルは徹頭徹尾一貫してクズであり、クレタルも自身のことをそう思っていた。
一方で群衆にとって、クレタルは聖人となった。――非の打ち所がない完璧な聖人。己の命を賭して悪辣な魔女から子どもを救った殉教者。
そこにあるずれをアンヌは指摘しない。
両者の間に横たわる誤解を解くことは彼女の立場では不可能だ。
この状況で、しかもエルフをさんざん惨殺してのけた女が、『このクレタルというやつはただのキチガイのカスだ』とのたまって誰が信じるというのか。
言えば言うほどに滑稽なピエロに成り下がるだけだ。暴力を振るってどうにかなる話でもない。
それにアンヌは、他人の認識、考え方や信仰に踏み込むことを良しとしない。
(そうだ。どんな状況であろうが、相手からどう思われようが、条件を満たす限りルールを破ってはならない)
この男は殺す。
『この国の上層部20人』になったからだ。それ以上でも以下でもない。
「“来い”」
過大なストレスで胃が苦しい。食道が焼けるような気持ち悪い。
こらえがたい吐き気の中、アンヌはクレタルの頭部を手元に召喚した。
首から上がすっぱりと切断され、胴体は祈る姿勢のまま大地に崩れ落ちた。
「うぷ……!」
こみ上げる吐き気に、アンヌはついに耐えられなくなった。
淑女にあるまじき汚物を地面にまき散らし、えずく。
「おお!」
「魔女が苦しんでいるぞ!?」
群衆たちが歓喜の声を上げる。
しかしそれも、アンヌが口をぬぐい立ち上がるまでだった。
「……ルールは曲げない。誰が相手であっても。これから、この場にいるこの男の次に偉い奴を殺す」
「わーーー!!」
エルフ達が一斉に逃げ出す。
その中で、数十名のエルフが残っていた。
クレタルに感化され、心から彼を聖人として崇め奉る信者たちと、クレタルの下で働くうちに固い絆を結んだ(と思い込んでいる)義理堅い側近の者が。
残った少数の連中は、アンヌの前にひざまずいた。クレタルがしたように。
誰も彼もが、瞳が異様な光を帯びている。殉教者の瞳。宗教的な熱狂に包み込まれ、自己陶酔した者の顔だ。
「魔女よ。我々も覚悟はできている。クレタル様と同じように殺すがいい」
「…………はぁ。手に負えないキチガイが……」
激しい疲労感を覚えながら、アンヌは条件を満たした者を淡々と処刑していった。




