第28話 聖人が生まれた日
クレタルの周りで、怒れる者が増えた。
より正確に言えば、『怒ってくれる者』が。
「あいつら……! この期に及んでクレタルさんにクソみてえな態度とりやがって!」
「クレタルさんもですよ!? あからさまにどうせ死ぬだの言われたり、耳に手を当てる仕草を見せつけられて、どうして笑っていられるんですか!?」
「言ってくださいよ。次にナメた態度をとるやつがいたら俺が殴りますから!」
クレタルには、わけが分からなかった。
(なんだこの手のひら返しは。ちょっと前までお前ら全員がそういう側だったろうに……?)
そんな考えが頭に浮かび、そしてクレタルはさらに困惑した。
ちっとも腹が立たない自分自身に。
国を恨み、エルフを恨んだ。中途半端な血が流れている自分自身のどうしようもなさをさらに恨んだ。
(俺を馬鹿にしているやつらがいる。それは変わらない。
今は味方面しているこいつらも、状況が変われば俺をあっさり見限る。これもまず間違いない。この国はカスの巣窟のままだ。
なら、何が変わった?)
「どうしたんですかクレタルさん?」
言葉を返さないクレタルに、男が尋ねる。
「いや。少し考えていただけだ」
クレタルは、彼への誹謗中傷に憤慨しているエルフ達を見た。
「……くだらない真似をする奴らは放っておけ。落ちぶれたあげく、魔女様にぶつけられない鬱憤を俺に向けるだけだろう。相手するぶん腹が減るだけだ。
ただし、言われた仕事をやっているふりしてさぼったり、やってもないのにやったと嘘をつく奴の取り分は減らすと皆に改めて通告しておいてくれ。俺を馬鹿にするのはいいが俺が指示した仕事を馬鹿にするのは許さん。タダ乗りもな」
「わかりました」
クレタルに頭を下げ、エルフが引き下がる。
耳の形を見ればわかる。引き下がった男は純血のエルフだ。彼のような半端な耳の混血とは違う。
(わかりました……か)
奴隷以外からそんな言葉をかけられたのは、いつ以来だろうか。
純血のエルフから頭を下げられるのは、上層部になろうと奮闘する前は一度もなかった。
(変わったのは俺の方か)
「……口調を変えよう。チンピラの喋り方だと反感を買う」
ぼそりと、クレタルはつぶやいた。
「“俺”もまずいな。“私”にするか。
えーと……『皆さんから無用な反感を買わないようにするため、これから私は口調を変えることにしました。よろしくお願いいたします』
はははは。気色悪い……!」
悪い気分ではなかった。
(今、俺の心の中心には魔女様がいる。純血の連中からのやっかみも、手のひら返しも、全部魔女様の処刑あってのことだ!)
クレタルは変わった。
アンヌにとっては最悪の方向へ。エルフ達にとっては最高の方向へ。
突如現れたカリスマ指導者、“聖人”クレタルの指揮のもとに、復興が再開された。
問題は山積みだ。
多くの死体が街に転がっている。
疫病も続いている。
食糧の備蓄が少ない。
水路の多くは壊れたままだ。
薬草も足りない。
だが、解決策はだいたいわかる。
クレタルは前以上にがむしゃらに働き、働くほどに周囲の尊敬を集めていった。
そんなおり、とんでもない事件が起こった。
「子どもが失踪した!!」
「うちの子もだ! 国中探したがどこにもいねえ!」
「魔女だ! あの魔法で一瞬で消えたんだ!」
「クレタル様! 何とかしてください!!」
(魔女様が子どもを……?)
クレタルはわけが分からなかったが、魔女が関わっているのなら聞かないという選択肢はない。
「まずは落ち着いて。もっとくわしく聞かせてください」
***
「皆さんからの話をまとめると――」
数十人どころではない。来られるだけのエルフが集まり、十重二十重にクレタルを囲っているようだった。彼ら彼女らの証言はほとんど同じだった。
いわく。魔女が現れ、子どもがいなくなった。
いわく。純血のエルフらしき女が現れ、子どもがいなくなった。
「魔女と、それに見たことのないエルフが、幼い子どもや赤ん坊を転移させていったということですね」
群衆のざわめきが大きくなった。
「きっと奴隷にするためにさらわれたのよ。私達がしてきたことの仕返しのために!」
「じゃあ協力していたエルフは何者だ? 脅されてやっているようには見えなかったぞ」
「魔女が変装魔法を使ったんじゃないのか? その女は赤ん坊を狙ってさらっていたんだろう?」
「そうか。きっとそうだ。赤ん坊をさらうのは気がとがめるから、誤魔化したかったんだ」
「なんてひどい女だ!」
「ヒトの皮をかぶった悪魔め!」
「皆さん。お静かに」
クレタルが手をあげ、興奮した群衆を制止する。
多少のざわめきは残るものの、居並ぶ者たちが大人しくなった。
「そのエルフが何者なのかはわかりません。しかし魔女と謎のエルフのどちらも『国境の外に転移させた』『救助隊に引き渡した』と言ってる点は変わりないそうですね?」
「嘘に決まっている!」
「そうだ。信じられるわけがない! あの魔女は何千ものエルフを殺してきたんだぞ」
「お静かに。お静かにしてください。
私は、子どもは本当に保護されているのだと思います」
再び騒がしくなった群衆が、一斉に黙った。
「行っている事の是非はさておき。あの魔女はとても律儀で、言ったことは必ず実行しています。何より、魔女が我々に嘘をつく理由がないではないですか。我々にあの魔女がすることを止める術は何もないのですから」
「クレタル様は自分の子がさらわれてないから落ち着いていられるんですよ!」
「そうだ! 子どもが生きているか死んでるかもわからないんだぞ!?」
自分に向けられる筋違いの非難に、クレタルは穏やかな顔で応えた。
「わかりました。
次に魔女が来た時、私が確認してみます。子どもたちの失踪に関わっているのか。関わっているのなら、子どもはどこにいるのか。健康に生きているのか。いつごろ返してくれるのか。必ず聞いてみます」
「子どもが死んでたらどうするんだ!?」
「その時は、一緒に祈りましょう。
誰しもがいずれ死にます。わたしも死にます。あなたも死にます。
死を恐れることはありません。
子どもたちは我々より先に苦しみのない世界へ旅立ったという事です。現世でこれ以上苦しまずに済むことを喜び、冥福を祈って祈りましょう」
「ぶっ殺すぞ!!」
「やめろ!!」
激昂し、クレタルに殴りかかろうとした男を、周囲の男女が羽交い絞めにする形で止めた。
「クレタル様は命がけで魔女に子どもの行方を聞いてくださるつもりなんだぞ!」
「そうだ! お前に同じ真似ができるのか!?」
「うるせえ……! もう殴ろうとしねえから離せよクソ。うちのガキが死んでたら承知しねえからな!」
捨て台詞を吐いて去っていくエルフに、クレタルは軽く頭を下げた。
「子どもがいなくなって動揺する気持ちは分かります。
皆さん。失踪の件はいったん私に預からせてください。必ず確認します。
次に魔女が来れば私はおそらく処刑されるでしょう。
それまでの短い間、力を合わせて環境を良くしていきましょう。子どもたちが戻ってきた時のために」
群衆が、強くうなずく。
感極まって泣き出す者すらいた。
(これで俺が、子どもを大義名分に出したらいくらでも従うようになったわけだ。ちょろい連中だ)
聖人そのものの穏やかなクレタルの表情からは、彼の内心の軽蔑を推し量る術はない。
結束を増した群衆の手で復興はさらに進み、あっという間にアンヌによる粛清の日が来た。




