第27話 化け物の台頭
火葬の日を境に、クレタルはまるで別人のように働き始めた。
(俺も、虐殺の魔女様から弔ってもらいたい……!!)
死ぬのは怖い。痛いのも苦手。
それでもあの魔女から認められ、祈りを捧げられるなら……殺されてもいい!
生まれてこの方、クレタルは自分を価値ある存在だと思えたことが一度もなかった。
そんな彼が目にしたアンヌの姿。
老いた上に糞尿にまみれた汚らしいエルフを、彼女は丁重に弔った。
おそらくは己が殺したであろう相手に対して、彼女は敬意ある振る舞いをしていた。
その光景が彼の心を打った。大げさに言えば、アンヌの気高さが彼の魂の奥底を揺さぶり、彼に目標を与えた。
「……なぜ俺を殺さない?」
「あなたは、この国の上層部じゃないもの」
魔女との会話が、クレタルの脳裏からずっと離れない。それは彼の中で逃れるべき恐怖ではなく、達成したい夢になっていた。
(俺はこの国の上層部になる。虐殺の魔女様から弔ってもらうために!!)
すぐに行動した。
クレタルは己を、より正確には己が周りからどう思われているかを知っていた。――すなわち、混血のエルフ。下っ端の無能。うだつが上がらない小役人。
まずは実力を示し、信頼を勝ち取る。
兵舎の地下に遺棄されたゴーレムを機動させ、単純な人力の十倍以上の効率で死体の山を片付けた。
「あのゴーレム、誰のだ……?」
「ありゃあ、クレタルじゃねえか」
「すげーな、半端耳にしては」
(ふん。言ってろ)
彼は知っていた。この国での無償奉仕は感謝どころか軽蔑の対象となることを。
ただ働きをすればするほど、『無料で動く便利屋の下っ端』としてしか見られなくなることを。(この国のエルフはどいつもこいつも奴隷を使役する暮らしに浸かりきった連中だから)。
「力仕事ならごらんの通りだ。報酬をよこせば働く。誰か家の前の死体やがれきを片付けて欲しいやつはいないか? 繰り返すが報酬をよこせば働く!」
死体処理の実績を吹聴し、わずかな物資や労働力を見返りとして要求した。
予想通り、文句を言う者が出た。「混血に報酬を渡せと言うのか」と。
あからさまに嫌そうな顔をする奴や、脅してくる奴もいた。
だが彼にはゴーレムと、ゴーレムを動かすための魔術師の能力があった。ゴーレムを使い、レンガを軽々と砕くデモンストレーションを行った途端、クレーマーたちは面白いように大人しくなった。
「俺ができるのは遺体処理だけじゃない。
普通のエルフ達が食えないと思ってる樹の実や毒草の調理法も知ってる。集め方もな。あがりの3割をよこせば全部教えてやる。
いま見返りをだせない奴は人手をだせ。動けないやつらは調理用の鍋や釜を提供するだけでいい。水や薪もくれればとった食糧を分けてやる。
足元を見ることはしないが、ただで貰おうとするやつにくれてやる飯はない。俺にはアイデアはある。だが人手も材料も足りねえ。協力してくれ。見返りは必ず用意する」
嘘ではなかった。
コナラ、クヌギ、ミズナラ、カシワといった、いわゆるどんぐりをアク抜きして調理する方法を知っていたし、野生で生えているじゃがいもの原種の毒抜きのやり方も知っていた。アクを使うのだ。
食材の知識だけではない。
土砂に埋まった水路をゴーレムを使って復旧できたし、簡単な補修工事もできた。
長年役所でコキ使われ、汚らわしい混血のエルフとしてさまざまな仕事を押し付けられたがために、クレタルには広範な分野の実務経験があった。
実績を積むと、エルフが集まった。
集まった者達を使って、さらに大きな成果を出した。
すると、よりたくさんのエルフ達が集まった。
わずかな期間で、クレタルは『汚らわしい混血のエルフ』から、『なくてはならない頼れるエルフ』へと変わっていった。
ほどほどに知名度が上がったところで、彼は宣言した。
前々から目を付けていた偉い階級の軍人に、中流以上の貴族の生き残り。
そういう『その気になれば実力はあるが虐殺の魔女を恐れて目立たないようにしている小賢しいやつら』に聞こえるように、大声で叫んだ。
「みんな、俺の働きぶりを見ただろう!?
少し前までこの国を率いていた偉い連中よ!
次に魔女が来るまで俺に指揮権をよこせ。俺をおかざりじゃないトップだと認めろ!
代わりにこの国を復興する! 次の月に魔女に殺される役目も果たしてやる!」
それからは、クレタル自身が呆れるほどトントン拍子に話が進んだ。
「本当に上層部として魔女に殺されてくれるんだな?」
「俺たちはあんたの指示を聞くだけでいいんだな? 指揮をとれと言ってもとらないぞ」
実務を知る軍人や官僚くずれが彼に詰めより、彼は毅然とした態度で答えた。
「あんたらの気持ちは分かってる。皆まで言わなくていい。
俺はろくに生きる価値のない混血だ。ただし、指揮下に入るなら命令にはきちんと従ってもらう。俺の血筋を理由に命令を拒絶したり、ボイコットしたりする奴は責任者になって一緒に粛清されるか、俺の前から消えるかのどちらかを選んでくれ。はっきり言って邪魔だ」
「いいだろう」
「魔女がまた来るまで3週間かそこらだ。我慢してやるさ」
多くのエルフが集まった。
クレタルには才能があった。
少し会話しただけで相手の実力と適性を測る才能が。
土木作業が得意な者には土木作業を任せ、ゴーレムの操作が得意な者にはゴーレムを渡して作業を振った。無能には無能なりにできる仕事を任せた。
その中には彼のかつての上司もいた。
元上司から顔色をうかがわれるのはいい気味だったし、「効率が悪すぎる。俺のやり方ならその3倍はできるぞ」と、元上司へ指導するのは楽しかった。
実際にクレタルの指示通りにすれば効率が上がるために、元上司が文句も言えず口ごもる姿は笑いをこらえるのが大変なほどに滑稽だった。
(どうせあいつは殺されるのだから従おう)というささやき声も聞こえたが、クレタルは気にしなかった。
『カスみたいな俺にみんなが従っているのは、魔女様が殺してくれるおかげだ』と……。
心の底から納得していたから。
「ヒトとの混血のくせに、偉そうにしやがって」
「気にするなよ。死ぬときになったらぎゃあぎゃあわめくだろうさ」
「そうだよな。張り切れば張り切るだけ死ぬんだもんな。俺たちはイカれたやつに従ったふりをしているだけで、利用されて使い捨てられるのはあいつだもんな」
陰口を聞くのは毎日のことだった。彼に聞こえるように言っている者すらいた。
けれどクレタルは怒ることなく、むしろ微笑んだ。それだけ魔女による処刑が近づいたということだから。
そうこうしているうちに、不思議なことが起こる。
クレタルに尊敬のまなざしを向ける者が現れ、その数は日を追うごとに増えていった。




