第23話 虐殺の理由
二人きりになるなり、ジュリエッタの顔から笑みが消えた。
「悪いけど、世間話の前にはっきりさせておきたい。
わたしの用件は察しがついてるわよね?」
「ジーボルグとの約束の件でしょう?」
ジーボルグ――エルフの教皇――との約束。
『人間で6歳相当、実年齢15歳以下のエルフの子供は生かしてもいい。
ただし、人間の奴隷を自らの意思でひどい目に合わせた者は殺さざるを得ない』
アンヌはそう宣言した。
「そう。一応確認するけど、今の状況は違反ではなくて? あの集落じゃ、疫病と飢餓でバタバタ死んでるわよ。特に抵抗力のない子供から先に死んでいる」
「ちょうどそこを考えてたところ。詭弁を弄するつもりはないわ。ただ、約束を破ったつもりもない」
「どういう理屈で?」
「わたくしは確かに、『子供は生かしてもいい』と言った。でも、『子供は助ける』とは言っていない。そこの認識に齟齬はない?」
アンヌの確認に、ジュリエッタはうなずく。
「ニュアンスの違いは分かっている。でもその論法だと『結果的に全員が死にました』、でも約束違反にならないことになってしまう。
それどころか、『実は誰一人として生かすつもりはなかった』かつ『方便としてああいう言い回しをした』という意図だったら――さすがに下品じゃないの?」
アンヌ、ジュリエッタのどちらも互いを詰めるような態度ではない。
約束の履行条件と、”どこまでの解釈が許されるか”、その範囲を言語化し確認する作業だった。
「そうね。もちろん全員を殺すつもりはない。
責任能力はない子供に、国がしでかしたことの罰を受けろと言うのは筋違いだと思う。その考えは変わってない。
しかしそれでもなお、子供であろうと運命の洗礼は受けるべきだと思った」
アンヌが食い下がる。
ジュリエッタは澄み渡ったすみれ色の瞳でアンヌを見た。
怒っているわけでも、軽蔑しているわけでもない。アンヌが良く向けられる恐怖の色は微塵もない。
「アンヌ。何かあったんじゃないの?
難癖をつけられた際に、あなたの心を揺さぶる何かが。
あなたはやると言ったらとことんやるけれども、それにしたって責任能力のない相手への連帯責任をここまで求めるのは前例がない。
普通の怒り方じゃないわ。何があったの?」
思春期の娘へ、母親が諭すような口調だった。
アンヌは珊瑚朱色の前髪に手を置き、ジュリエッタの眼光から逃げるように顔を逸らした。
「手慣れたやり口だった……」
アンヌの唇から大きな息が吐き出される。ため息ではない。あふれ出そうになる激情をなだめるためのものだった。
「最初にわたくしの使用人があいつらに拉致された。
まだ12歳の子供よ。歯が全部折られるまで殴られて、薬か何かで両腕と両脚を徐々に腐る病気にされたわ……!
その上で脅迫された! 伯爵領に軍を展開して、返答次第では攻め込むと!
あいつらは間違いなく、似たような手口で狙った相手の子供をひどい目に合わせてきた。それが当たり前になるくらいに繰り返す連中だった!
あの国は当たり前のように人間の子供を拷問し、麻薬取引と奴隷の搾取によって繁栄した。その繁栄の恩恵を享受した分だけは、たとえ幼子であろうとも罪と呼ぶに値する。
わたくしはそう判断した」
アンヌの声が揺れていた。
それは弁解ではない。大切な者を傷つけられたことへの、そして、見ず知らずの子供が理不尽に傷つけられたことへの怒りだった。
しばしの間、ジュリエッタは黙っていた。アンヌの呼吸が普段と同じリズムに戻るまで。
「享受した分の報いをどこまで認めるか。その線引きは……とり決めてなかったわね」
「ごめんなさい。そこをはっきりさせるべきだったわね」
ドレスの袖で目元をぬぐった後、アンヌの顔つきは普段のものに戻っていた。
「アンヌにしては珍しい見落としね。
ゴーレム撃破直後の奴隷の一斉蜂起。
その際にエルフと、奴隷にされていた人間の双方に死者が出た。
死体を片づけられるキャパがないんだから、疫病が発生して収集がつかなくなるのは必然だと思うけど」
「正直に言うわ。あそこまでの規模になるとは想定してなかった」
苦々しげな顔だった。
「確かに死者の数は多いけれども、わたくしが指揮していたら2日で収拾できる自信があるわ。
どれだけ無能でも1、2か月あれば収められる規模だと思ってた。
小型のゴーレムならまだ動かせる状態だったのよ。なのに動かせる力のあるエルフはみんな作業を放棄していた。あまりに怠慢すぎる」
「あー。……なるほどねえ」
得心したていでジュリエッタはうなずいた。
「なにかしら?」
「アンヌ。あなたは領主として有能すぎたのよ。
おまけに部下に国王を置いての間接統治を経験していない。
だからわからなかったのね。上が無能の国で疫病が発生したら、どの程度のスピードで広まるか」
現職の皇帝の発言だ。言葉の重み、説得力が違う。
アンヌは素直に非を認めた。
「……何も言い返せないわ」
「さらに言えば。あの国は今、あなたという脅威のせいで上に無能すら据えられない状態だった。小さな疫病ですら封じ込めは難しいわ」
「…………はい。それも仰る通りです」
「認めたわね。“来い”」
ジュリエッタが呪文を唱えると、彼女の手元に折りたたまれた紙が現れた。
それはアンヌと同じ召喚魔法。ジュリエッタは、アンヌの使う魔法の多くを使う事ができる。
「これはリアド湖畔の森の周辺地図。すでに川沿いのこの地点に救助隊を待機させてる。輸送用の船もね。私とあなたで、“生かしてもいい”条件を満たした子供を転移魔法で速やかに移す。この状況で助けるのに文句は言わせないわ」
「ええ。いつやる?」
「今すぐ。
私は人間換算で3歳未満のエルフを、あなたは3歳以上、6歳以下のエルフを担当。
その際、“人間を故意に殺した子供のエルフ”の処遇はあなたに任せるわ。私は関知しない。ただし3歳以下には故意性は認めない。よろしいかしら?」
「それにも文句はない。ただ、千や2千じゃきかない数よ。おまけに親から幼子を引き離す役割をすることになるけど、皇帝陛下がそんなことして大丈夫なの?」
「問題ないわ。国交のない“集落”だし。そのくらいの泥はかぶる。
他に質問がないなら行くわよ」
「了解。……なんだかパーティを組んだ時代を思いだすわね。この即断即決ぶり」
「そうね。夕飯までには終わらせましょう」
軽口を叩きながら、虐殺の魔女とエルフの皇帝は伯爵領を後にした。




