第22話 エルフの皇帝
『月を迎えるたびに、国の上層部を20人殺し続ける』
そう宣言したアンヌだが、たとえば1000年間ずっと毎月20人殺すことになるとは考えてはいない。条件を満たす限りは徹底してやるけれども。
(そろそろ潮時か……)
当初の上層部は全て退場し、次世代の上層部もほぼ全滅。
彼らが奴隷にしていた人々が蜂起して数千の死者が出た挙句に、疫病が発生して1万近くの死者が増えた。
麻薬植物の栽培も止まった。
食べられない。
換金できない。
国外に持ち出せない。
物々交換する価値も認められない。
麻薬は作物ではなく呪物となり、畑に植える意味を失った。じゃがいもや蕎麦、その他の食べられる作物が代わりに植えられた。
奴隷も居なくなった。
多くは国外に逃げ、逃げられなかった者は疫病と飢餓によって死んだ。
『上層部を毎月殺す』
その方針に変わりはない。
疫病からの復興を邪魔することになってもだ。
アンヌのしていることは意趣返しである。
その判定基準は、『彼らが逆の立場ならばやるかどうか』だ。
もしもアンヌが、『伯爵領から毎月20人奴隷を差し出せ』との要求をのまざるを得なかったとしよう。
その際、アンヌの伯爵領で疫病が発生したら彼らエルフ達は要求を撤回するだろうか?
……しないだろう。どころか、疫病に感染していない奴隷を寄こせと居丈高に要求してくる。間違いなく。
だから、殺す。
しかしながら――
国が滅び、殺すべき上層部が存在しなくなった場合は話が変わってくる。
(難癖で殺すわけにはいかないし、そろそろ約束も守らないと……)
「アロー、アンヌ。相変わらず物騒なところで悩んでるわね」
鈴の音を転がすような女の声。アンヌが顔を上げると、そこには人が居た。
耳が長く、尖っている。
ウェーブのかかった見事な金髪。紅玉の耳飾り。太ももに大胆なスリットが入り、動きやすそうな紺色のロングドレス。
見る者の瞳を惹きつける存在感と美貌の持ち主だった。
「ジュリエッタ! 気配を殺して近づいてきてもう。心臓が止まるかと思った」
「あんたがそんなタマかい。にしても見ない間にずいぶんと若くなったわね」
ジュリエッタ・アスガルド。
“始まりのエルフ”に近しい血統――ハイエルフの女。
現在、エルフ達が築いた5つの王国と8つの自治領を統率する皇帝である。ただし、アンヌと紛争を起こしているエルフの“集落”は彼女の支配下にはない。国交は結んでおらず、敵対関係にある。
「伯爵領の境目にエルフを追い返す結界を張っていたと思うけど……?」
「うん。私だけ素通りできるように細工したわ。赤血球の形状で選別するなんて面白い発想ね。あれなら副作用なくエルフだけ弾いて他の生き物は素通りできる」
「さすが」
アンヌは手元の呼び鈴を鳴らし、執事を呼んだ。
「参りました。何用で……そちらの方は?」
「古い友達。えーと、海を隔てた大陸でエルフ達の教皇を――」
「違う違う。教皇はジーボルグ。私は皇帝。いっつも間違えるわねあなた」
(またでございますか……)
前に来たのは教皇で、今来たのは皇帝だという。
執事は内心の動揺を必死に抑えた。アンヌの交友関係は伯爵の範疇を逸脱しすぎている。おまけにほとんどが突然の来訪だ。呼ばれて来てみれば皇帝陛下を紹介されるというイベントは、心臓に悪い。よほどの貴族でもそう思うことだろう。
「ごめんなさい。わたくしのイメージだと姐さんが教皇の方がしっくりくるのよ。ああ、用件だけど。この方をおもてなししたいの。……ジュリエッタ。夕食をごちそうしたいのだけどよろしくて?」
「もちろん。積もる話もあるし」
「メニューのご要望は?」
「肉と酒。ステーキとワインじゃなくて肉の鍋がいいな。東方のスキヤキと純米酒みたいな」
「だそうだけど。できそう?」
「少々お待ちください。料理長に確認してみます」
内心の動揺を抑えつつ、執事は折り目正しい態度で答えて退出した。
(アンヌ様が2人いるかのようだった……)
後日、彼はそう語り、それを聞いたアンヌは上機嫌な様子で笑ったという。




