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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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第20話 虐殺の魔女の理屈

 

 ある日。

 アンヌの元に一通の手紙が届いた。


 彼女は伯爵領の領主ゆえに手紙を送られることは珍しくないのだが、中身を見たアンヌは執事を呼んだ。


「灰受けを持ってきて。小さいのでいいわ」


 執事が言われたとおりにすると、アンヌは手紙を灰受けに置き、燃やした。

 紙ごと文字は焦げ、瞬く間に灰の塊となった。


「よほど腹に据えかねる内容だったのですか?」

「うん? ……ああ。違うわ。感謝の手紙。『私はエルフ達に捕らえられていた元奴隷です。あなたのおかげで生きて国に帰れました。ありがとう』ですって」


 執事はますますいぶかしんだ。

 この女領主の不興を買いたくはないが、不可解な判断基準が分からぬまま仕事に戻るのも今後の業務に支障がでる。


「今後の業務の参考とするため、重ねての質問をお許しください」


 アンヌはにっこりとうなずく。質問に対する了承だ。


「それは、いい話なのではありませんか」

「分からないの? わたくしは誰一人として奴隷を助けてはいないわ」


 答える声は不機嫌とはほど遠く、この会話を楽しむものだった。


「そうなのですか?」

「ええ。わたくしは自分が宣言した通りに上層部を殺した。軍を壊滅させた。それだけ。機を見て蜂起したのは奴隷にされた人たちで、彼らが逃げ延びたのは運と才覚に恵まれたから。

 わたくしは奴隷にされた人々の加勢をしていない。

 助けてもいない。

 生き延びてわたくしに感謝状を出す人がいる一方で、わたくしの助けを勝手に期待したあげくに死んだ人もいる」


 アンヌは灰受けに視線を向けた。


「よろしくて? あれはわたくしにとっての毒よ。

 いわれなき感謝という毒。

 こういう勘違いの証を手元に残していたら、いつか英雄に仕立て上げられてしまうわ。

 誰かがわたくしのことを勝手に誤解するのも、勝手に感謝するのも構わない。人の心にまでは立ち入れないもの。

 でも、勝手に向けられた誤解や感謝をわたくしが受け取る義務もない。それだけよ。だから燃やしたの」

「理解できました」

「そう。良かった」


 用件が済み、いつもならすぐに退出するはずの執事はなかなか去らなかった。


「まだ何かあるの?」

「……不躾ながら。私めはアンヌ様のおそばで働けること、光栄に思っております。その想いも毒となりますでしょうか」


 アンヌが薄く笑う。上機嫌な時に見せる笑みだ。


 執事の質問の奥にある覚悟。あえて危険を冒して踏み込んできた使用人の心意気に、大げさに言えば内心で敬意を評していた。


「いいえ。的外れではないわ。わたくしはわたくしの意志であなたを雇っているから。率直な感想を言えばそう思ってもらえてうれしい。

 これからもあなたの、いえ、わたくしが雇っている皆さんの働きに期待しています」

「はっ」


 頭を下げ、執事は部屋から退出した。


 アンヌはしばらく書類と格闘していたが、時計を見ると立ち上がった。


「そろそろ殺しに行くか」


 それは、散歩に出かける程度の気軽さだった。



 ***



 大規模な疫病が発生し、食い止めようもなくなった時。

 国の上層部がそろって粛清され、政治のあらゆる機能が止まった時。

 心あるエルフ達は立ち上がり、指揮をとり、そして疫病に冒されて死ぬか、1か月のタイムリミットを迎えてアンヌに粛清された。


 さて、ここで――


 疫病が猛威を振るう中でもほぼ変わらぬ権勢を保ち、生き残っているエルフ達が居る。

 彼ら彼女らは疫病の発生とほぼ同時期に安全な場所に引きこもり、備蓄食料をたんまりと積み、頼りになる私兵に囲まれてぬくぬくと時を待った。

 波乱が過ぎ去り、世の中に平和が戻る時を。


「お邪魔します。わたくしはアンヌ。アンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン伯爵。

 どうでもいいお知らせと悪いお知らせがありますが、どちらから聞かれますか?」


 アンヌがその屋敷を訪れた時。

 エルフの女貴族は、腰を抜かして動けなくなった。


「まさか……あなたが虐殺の魔女?」

「失礼なあだ名ですが、ええ。そう呼ばれていますわね」

「な、何の用? お金だったらならいくらでも――」


 アンヌは手を上げ、女貴族の発言を制した。


「どうでもいいお知らせ。

 ジョセフィーヌ公爵夫人。

 あなたが現在のこの国の権力者ランキング1位になりました。

 悪いお知らせ。

 毎月上層部20人を殺すという宣言に則り、今からあなたを殺します」


 悪魔がいた――少なくともジョゼフィーヌには、アンヌの姿がそう映った。


「待って。待って待って待って!! どうしてよ!? わたしは何もしていないわ!?

 確かに夫は政務に携わってたけど、すでにあんたに殺されてる! 

 私は政治決定には一切関わってないわ。

 公爵家の当主の座だって夫が死んでなり手が居ないから相続しただけよ!?

 どうして殺されなきゃならないのよ!?」

「なるほど。そちらの言い分には多少の理がありますわね。

 少し話を整理しましょうか。……そこの執事っぽい方。お茶を2人分いただけるかしら。そんな震えないで。

 あなたは殺しはしないわ。わたくしの邪魔さえしなければ」


 アンヌが手ごろな椅子に座る。

 ジョゼフィーヌも同じく座った。屋敷の外には逃げれない。いまだ疫病が蔓延しているからだ。糞便にまみれ苦しんで死ぬことへのおぞましさが、目の前の魔女に殺されるかもしれない恐怖に勝っていた。


 紅茶が運ばれてきた。


 上等の茶葉を使い、適温の湯で淹れられていた。ただし精緻な装飾が施されたティーセットは端々が欠けている。


「さて。話を続けましょう。

 わたくしがスタール大公に呼びつけられ、家令をひどい目に合わされた上に毎月20名の奴隷を殺される前提で差し出せと要求された時。

 公爵夫人はその決定に一切関わりがなかった」

「ええ。言い切れます。生き残るための方便じゃないわ」

「さて。では次。

 公爵夫人様はそうやって調達された人間の奴隷を使役したり、傷つけたり、奴隷を酷使して生産された麻薬の収益でこの優雅な生活を送ったり――ということを絶対にしていないし関わってないと言い切れますでしょうか?」

「………………」


 アンヌが言葉を重ねるにつれ、束の間の安心を浮かべたジョゼフィーヌの顔が引きつっていった。


「これは難癖ではありませんよ。わたくしが問うているのは“人間たちに難癖をつけて奴隷を調達する”という“エルフの国の総意”の中に、あなたがいるかどうかですから」

「待って」

「話を進めましょう。仮にわたくしがさしたる力を持たず、大公の無茶苦茶な要求に屈した場合。あなたは公爵であり政府の要職にいる夫を、妻として変わらずねぎらっていたでしょうか? 

 ねぎらっていたでしょうね。奴隷の調達はこの国では大事な仕事でしたもの。

『お疲れ様ですアナタ。……ヒトメスの領主を脅して毎月20人の奴隷を上納させることができたですって? さすがですわね』とか」


 アンヌは公爵夫人の記憶を読み、口調を真似る。


「待って。ねえ! 待って!?」

「最後の確認ですわ。“この国の総意”によって“奴隷にされるかもしれなかったわたくしの領地の民”は、“あなた方の国の意志決定に関わっていた”でしょうか?」

「待って待って待って待っ――」


 ジョゼフィーヌの発言は途切れた。

 首を折られて死んだからだ。

 ほとんど一瞬の手際だった。恐怖はともあれ、痛みは感じる暇もなかっただろう。


「次に行きますか」


 遺体をその場に捨て置いて、アンヌは次の標的の元へ向かった。

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