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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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第19話 死にゆく国で、淡々と殺す

 

『わたくしの喧嘩に水を差して欲しくない』


 諸王は、魔女の“お願い”に対して最大限の”忖度”をした。


「これは命令されたわけではないのだが。もちろん命令されたわけではないのだが。あの魔女からこうこうこういう“お願い”をされている。

 後は分かるな? 

 余は伝えたぞ。

 魔女の予想によると半年ほどでカタがつくそうだ。それまでは死ぬ気で配下の暴走を抑えろ。余もそうする」


 大臣。

 軍の責任者。

 大貴族と貴族。彼らが統率する私兵たち。

 もちろん国民にも。


 アンヌからの“お願い”は伝えられ、そして伝えられた側は王と同じく震えあがった。過去に魔女とのいざこざがあった時、制裁を一番多く受けたのは命令を無視して暴走した現場の責任者だった。


 上から下までアンヌのことをよく知らないジョン王の国だけはピンと来ていないが、『どうやらエルフの国が魔王に滅ぼされかけているらしい。うかつに手を出せばこちらにも延焼する』という名目にすり替わり、援軍の派遣も貿易もいったん差し止められた。


「状況確認のため、軍の特使を派遣することは問題ないと言質を得ている。

 速やかに、しかし絶対に魔女の機嫌を損ねないように調査しろ。

 戦闘は極力避け、エルフに対する救援も禁止。状況がおおむね確認できたら速やかに撤収」




 数日後――



「伝令! かの国で大規模な疫病が発生しています! 死者数は数えきれません!!」

「すぐに国境線を封鎖しろ!! 大至急だ!!!」


 急使からの報告に、諸王たちは慌てふためいて同じ指令を下した。



 ***



「”来い”」


 エルフの国へ来訪したアンヌは、速やかに白い布巾を召還し口元を覆った。

 空気が腐っていたからだ。


 野ざらしの死体。

 放置された糞尿。

 回収されない生ゴミ。

 死肉をあさる動物の徘徊。


 それらが一体となり、鼻が曲がりそうな臭気を放っていた。


(都市機能が完全に麻痺しているわね。行政が動いてない)


 先月まではわかりやすかった。


 議院に行けば政治家がいたし、少し観察すれば軍の将校も見分けがついた。心を読む能力と組み合わせて質問すれば、殺すべき上層部ランキング20人はすぐに割り出せた。


 臭いに顔をしかめながら都市を歩くと、衛生状態がひどい地域とましな地域とがある。口に布を巻いて遺体処理をしているエルフ達を見つけた。彼に質問をして芋づる式に”上”をたどると、みすぼらしい家で指揮をとる初老のエルフがいた。


 死相が浮かんでいる。


 男は壁に身体をあずけ、苦しみにあえぎながら報告を聞き、伝令へ新たな指示を告げていた。近くには糞尿をためるための桶がある。男の下半身は異臭を放つ薄汚れた毛布がかけられていた。


 赤痢に感染しているようだ。


「お取り込み中に失礼するわ」

「ひっ」


 伝令が逃げた。

 逃げる伝令に視線を向けることなく、アンヌは男を見た。男もアンヌを見返した。


「虐殺の魔女か」

「そう言われているわね。

 名はアンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン。

 呼び方はアンヌで結構。宣言通り、あなたの命をいただきに参りました」

「……そうか。わしなんぞが、今のこの国の上層に繰り上がったのか」

「お察しの通りです」

「どうせ明日とも知れぬ命だ。好きにするがいい。ただ……死ぬ前に教えてくれ。

 この状況は、狙ってやったのか?」

「この状況とは?」


 質問に質問で返され、男は目を閉じて少し思案した。


「貴様がゴーレムを撃破した時点で、奴隷どもが一斉放棄した。

 鎮圧したはいいが、国民と奴隷の双方に数千人の死者が出た。

 生き残った奴隷は国外に逃げ、我々はそれを追う手段はない。

 主要な労働力を失った。

 死体が都市に積みあがって、処理が追いつかない。疫病が発生してさらに多くの民が死んだ。それも身体の弱い子供からだ!」


 老いさらばえ、死を間近にしたはずの男の怒声が空気を揺らした。

 ぜぇ、はぁという苦しそうな喘ぎが続く間、アンヌは口を閉ざし黙っていた。


「積極的に指揮をとれば貴様に殺されるから、誰も責任を引き受ける者がいなくなった。わしのように死病に冒された者を除いてはな。

 国外に出られぬから貿易もできん。麻薬は輸出できなくなった。

 金銀財宝はまだあるが疫病のせいで商人が寄りつかん。蕎麦もじゃがいもも売り手がいない。餓死者が急増している。

 すべて、狙ってやったのか?」

「いいえ。まったく」


 アンヌはあっさりと否定した。

 悪びれていない。ごまかしもない。嘘はさらにない。

 事実をありのままに言う者の態度だった。


「わたくしがしているのは単純な意趣返し。

 あなた方は国家の総意として『毎月20人、領民をいずれ殺される前提で奴隷として差し出せ』とわたくしに要求してきた。

 ですからわたくしは、『その総意を築いた国家の上層部を毎月20人、殺す』ことにした。

 ただそれだけです」

「その結果、大勢の民が死んだ! 貴様と同じ人間もだ……!!」

「そうですね。それで?」

「貴様は貴様なりの正義を掲げていたのではないのか?

 我が国のこの状況をじかにその目で見て、貴様は何とも思わないのか?

 良心のかしゃくを感じないのか……!?」

「わたくしは最初から、正義など掲げておりませんが」

「なに?」

「何度も言っております。『上層部を毎月20人殺す』だけだと。

 その過程でわたくしに危害を加えようとした者や邪魔してきた者もやむなく殺しましたが。

 わたくしは宣言し、粛々と宣言を実行した。

 そこから付随する出来事はわたくしは関知するところではありません。

 徹頭徹尾、これはただの”国家の総意”に対する”意趣返し”です」

「………………………」


 老エルフは目を見開いたまま絶句し、そしてぽつりとつぶやいた。


「国が存続する限り……これが続くのか」

「はい。論理的帰結としてそうなりますね」

「もしもわしらが……。

 スタール大公が貴様をこの国に呼びつけることなく、奴隷を差し出せと要求もしなかったら――悲劇は避けられたというのか?」

「かもしれませんね。事前にわたくしの力を知っていれば、あるいは」

「なんという……」


 死期を悟った初老のエルフは、むせび泣いた。


「なんという怪物を敵に回してしまったのだ……!」


 彼はようやくすべてを理解した。理解したからこその絶望だった。

 この国は滅亡する。誰にも救う手段はない。


 アンヌは肩をすくめた。


「正直を申しますと、分かっていても手遅れだったかと。

 ルールや法、倫理とは、強者を縛るための道具です。そしてその道具は、弱者にも強者にも平等に使うからこそ機能する。

 あなた方ははじめから、人間に対して道具の使用を放棄していた。

 相手が自分より強いと分かってからルールを持ち出しても駄目ですわ。それでは筋が通らない」

「……では。もしもだ。もしも我々の方が貴様よりも強かったら。先の戦で我々が勝っていたら。貴様は仕方がないと諦め、納得したのか……?」

「当然でしょう」


 即答だった。


「力と力の勝負を挑んで負けたのならば、いかに悔しくとも受け入れるしかない。

 なにより死ぬわけですから、文句を言うこともできません」

「そうか……。格が違うな」


 老エルフは涙をぬぐった。

 すべてを諦め、悟った顔だった。


「頼みがある。わしを殺したあと、死体は邪魔にならない場所で焼いてくれないか。ここに捨て置かれては疫病の源になる」

「いいでしょう。他に言い残すことは?」

「今回は、せめて今回だけは、わしの命だけで矛を収めるというわけにはいかんか」

「残念ですが、その願いは聞けません」

「ならばせめて、殺した者はわしと同じく火葬してくれ。たのむ。たのむ……!」

「それくらいなら、まあ……」

「恩に着る」

「着られる覚えはありません」


 老エルフを殺したあと、アンヌは約束を守った。


 赤痢に冒され、糞尿に汚れた死体を背中に担ぎ――エルフ一人を担いだ状態では転移魔法が使えないので――歩いて郊外の山へ行き、死体を焼いた。

 高価なドレスが汚れたが、気にはしなかった。シャワーを浴び、着替えればいいだけだから。


 後にアンヌのこの行為は、生き残ったエルフ達の間で『魔王による宗教的冒涜』として語られるようになる。

 彼らにとって、火葬は禁忌だったから。


 アンヌは宣言通りに20人殺し、20人分の遺体を焼いた。

 何の弁解も、説明もすることなく。


 殺したうちのほぼ全員が、老エルフと同じく死病に冒され、死期を悟りながらも敗戦処理に尽力した者たちだった。


 立ち去り際に、魔女は告げた。


「来月の同じ日に、新しい上層部20人を殺しにくるわ」と。


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