第18話 恐怖の晩餐会
ジョン王が体験したそれは、奇妙な現象だった。
予告通りに来た伝書鳩。招待状に『出席する』と書いて返信した。そこまではいい。ごくごく普通のことだ。
『晩餐会当日、こちらからお迎えいたします。お待ちください』
返信の際に改めて招待状をながめ、ジョン王は首を傾げた。彼のいる王宮からアンヌの伯爵領まで、早馬を飛ばして10日、飛竜を使っても1日以上はかかる。
どうするのか、といぶかしんでいたところ――。
「ここはどこだ……?」
目の前の風景が変わった。
美貌の少女がいた。
髪の毛は鮮やかな珊瑚朱色。瞳の色はきらびやかなトパーズ。みごとな藍染のドレスをまとう彼女は一流の彫刻師がその全身全霊を込めて造った女神のように整った顔立ちをしており、しかし彫像にはない生きた人間の華やかさがある。
その少女は彼の知るどんな美姫よりも麗しく、気品にあふれ、何より生来の支配者が身にまとう覇気があった。
「お初にお目にかかります。レヴァンティン伯爵領の領主、アンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティンです。ジョン王陛下。このたび、わたくしの突然かつ不躾なお誘いに快く応じていただき感謝しております。
晩餐の準備は整い、他の王もすでに“召喚”しております。どうぞこちらへ」
(召喚……?)
「あ、ああ。よろしく頼む」
混乱しながら、ジョン王は平然をとりつくろってうなずいた。
(召喚。召喚魔法のことか。状況から察するに、余は一瞬で王宮の執務室から女伯爵の領地まで召喚された? しかしなんだこの小娘は。ヴリタヌス王から聞いたよりも若すぎる……)
一国の王があっさりと警護から引きはがされ、初めて訪れる場所に単身でいる。
非常に危険な状況だ。仮にここで殺されれば身元不明の死体ができあがる。
エルフ達との危険な麻薬交易に携わる一方で、ジョン王は決して愚鈍な男ではなかった。少なくとも、わずかな状況証拠からそういう計算ができる程度には。
少女の後に従って扉をくぐると、荘厳な装飾の施された広間があり、テーブルの上には晩餐の準備がされていた。
彼以外の王は着席していたが、アンヌが部屋に来るなり顔に緊張が走り、立ちあがって最敬礼した。
(これは教皇や皇帝に対する臣下の礼ではないか……)
晩餐会が始まった。
***
厨房にて。
若い料理人と、いかつい中年の料理人がせわしなく働いていた。
「うひー……。アンヌ様の無茶ぶりには慣れてますけど、『2週間後に各国の王を4人呼んで晩餐会を開くからよろしく』って、いきなりすぎますよ……」
「お偉いさんに味を覚えてもらって名をあげるチャンスだろうが。キリキリ働け。将来は独立して自分の店を持ちたいんだろう?」
「そりゃまあ、そうですけど。料理長はよく落ち着いていられますね」
「慣れだ。アンヌ様の屋敷で働くならこんなことはしょっちゅうだぜ」
本日のメニュー。
前菜:
タイのカルパッチョ、オリーブオイル和え
香草と林檎の爽やかなマリネ
硬めに焼いた白パン
スープ:
とうもろこしのポタージュ
メイン:
鹿肉のローストの赤ワインソース添えに根菜類の付け合わせ
デザート:
チョコレートケーキ、いちごタルト、果実類の中からお好きなものをお選びください
***
挨拶もそこそこに、アンヌは食事をうながした。
王たちの目の前には、美味しそうな前菜とパンが並んでいる。アンヌの伯爵としての余裕のほどがうかがえるメニューだ。
ヴリタヌスを筆頭に、王たちは緊張の面持ちでカトラリーを操った。とても食事を楽しむような顔ではない。おまけに軽口や世間話すらもない。うかつなこと喋れば殺されるという恐怖感だけがありありと伝わってくる。
「怖がらせてしまい申し訳ありません。雑談をする気分でもないでしょうし、まずは皆様方をお呼びした理由から説明させていただきます。お食事をとられながらお聞きください。質問があれば随時受け付けますが、よろしいでしょうか?」
諸王たちがこくこくとうなずき、ジョン王も倣ってうなずいた。
「実は現在、我が伯爵家はリアド湖畔の森にあるエルフの国と揉めておりまして。
結論から申し上げますとあの国の支配者階級を上から20人、毎月定期的に殺すことを決定し現在実行中です。もうすぐ3か月目の期日を迎えます」
王たちが絶句した。
アンヌの恐ろしさを身に染みて知っているヴリタヌス王も含めてだ。
時間が止まったかのように諸王たちの動きが止まり、アンヌだけが優雅な仕草で前菜を口に運んでいた。
「質問が」
ジョン王が、半笑いを浮かべつつ手を挙げた。
周りの王は、そんな彼の表情を見て恐怖に引きつっている。目線や仕草が王にそぐわぬほど露骨に『おいやめろ』と語っていた。必要なら殴ってでも止める構えを全員が見せていた。
「どうぞ。……皆さんもご心配なさらず」
アンヌは、恐怖に引きつる諸王たちに微笑みかける。
「話が突拍子もなさすぎる。揉めるのは分かる。あの国の為政者は人間を家畜同様に見下しているのだから。しかし毎月20人を殺す? しかも支配者階級を狙って? どうやったらそんな事が可能なのです?
あの国には魔術に長けた精強な軍隊が――」
「蹴散らしました」
「は?」
「初回の訪問時に……確か1000人は殺したと思います。いちいち数えてはおりませんが」
「……仮に軍を蹴散らせられたとして。国の指導者をどう判別――」
「思考を読みました」
「はぁ?」
「そういう魔術がございますの。『あなたの“上”に何人いて、そいつらはどこにいる?』とめぼしい相手に質問して、脳裏に浮かんだ答えを読むだけで誰が国の指導者層で、どこにいるのか把握できます」
「仮にそれができたとしてもターゲットにされたと分かれば国外に逃亡――」
「国境に結界を張りました。人間その他の種族や物品は自由に出入りできるが、エルフだけは国外に出られないという結界を」
「戯れ言もたいがいに……いや――。待て。待ってくれ。エルフだけが国境から出られない?」
アンヌの荒唐無稽な話にジョン王は激昂しかけ、しかしハッとすると思案顔になってぶつぶつとつぶやいた。
「どうされたました?」
突然の態度の急変に、ヴリタヌス王が尋ねる。
「軍が壊滅し、指導者は粛清。そして『エルフだけが国の外に出られない』
そう考えると全てのつじつまが合う。合ってしまう……。ああ、なんてことだ……合ってしまう!
それほどの異常事態なら貿易も止まる!
麻薬の納品も出来るわけがない!
援軍の派遣要請が二転三転する混乱にも説明がつく!
さんざん責任者を出せと言っても出せないと突っぱねられるのもうなずける……!!」
答え合わせがされるにつれて、ジョン王の表情は困惑から、焦燥へ、そして本物の恐怖へと移行していった。
「レヴァンティン伯爵。全部あんたの仕業なのか!?」
「あらあら。条約違反の麻薬売買を自白していらっしゃいますわよ」
「いや違う! 待ってくれ!」
「あなたの国の商売は今は本題ではないのでさておきましょう。非常に品のないことだとは思いますが。……話を進めます」
ヴリタヌス王の視線が、他の2王の視線が、そろってジョン王に注がれる。
ああ、終わったな――という顔だ。
俺たちは絶対に助けない――という顔だ。
死ぬなら自分の国だけ滅ぼされてくれ――という顔だ。
『あの女は、言うなれば『殺した後で帳尻を合わせるタイプの魔王だ』』という台詞がジョン王の頭をよぎった。あれは脅しではない。純然たる事実であり、心からの忠告であったのだ。
「現時点で、リアド湖畔の森に生息するエルフの軍は壊滅。
切り札のゴーレムも全滅。
仮に予備があったとしても動かすのが困難な状態です。
人口は急減、奴隷の大半は周辺諸国へ逃げました。
さてこの状況で、あなた方の立場ならばどうするか?
ヴリタヌス陛下。
格好の機会だと判断しませんか? 敵対関係にあるエルフをせん滅するための……」
話を振られ、ヴリタヌス王は慎重に言葉を選んだ。
「……もしもレヴァンティン伯爵が関わっていないのなら、まさしくそう考えているところでしょうな」
死ぬ気で頭を働かせ、王は答える。
「でしょう?」
アンヌはにっこりと笑い、うなずく。
王があからさまに安堵した。
「ですが本件にはわたくしが深く関わっている。
あのエルフ達が喧嘩を売ったのは? わたくしです。
売られた喧嘩にふさわしい報復したのは? わたくしです。
あちらの軍と指導者を壊滅させたのは? わたくしです。
この状況で――わたくしの報復の尻馬に乗って――あなたがたが軍を派遣したとする。となるとそれは、『わたくしが買った喧嘩に水を差された』ということになる。
さて。そうなった時、わたくしはどうするでしょうか?」
「~~~~~~!!」
声にならぬ悲鳴が、王たちの口から漏れた。
十分に理解している顔だ。アンヌが何をしでかすのか。そしてどういう結果になるのかを。
王たちが――別の理由で震えているジョン王を除いて――言葉の行間を正しく理解していることを確認し、アンヌはたたみかけた。
「機を見て他国に攻め入るのは結構ですわ。弱い国家や弱った国家が淘汰されるのは世の必然ですもの。
しかしながら、わたくしの喧嘩を利用して火事場泥棒のような真似をされるとしたら――」
言葉を切り、アンヌはワイングラスに手を伸ばし、優雅に香りを堪能すると一口飲んだ。
その間、王たちは喋らない。喋れない。
魔女がグラスを静かに置き、静かに口を開く。
「不愉快としか言いようがない」




