第17話 晩餐会へのお誘い
その日。
とある国の王の元に、招待状が届いた。
「……………………」
その、手紙を、見た時。
国王ヴリタヌスは過呼吸を起こし、執務机に高く積み上げられた書類の山を散乱させた。そして叫んだ。
「死んでも出たくないが、わしが出向かなければ殺されかねん!!!」
賢王との評判高いヴリタヌスは、自分の置かれた状況を速やかに理解した。
『アンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵より。晩餐会へのお誘い』
絶対に出ねばなるまい。死にたくないのなら。
代役は立てられない。病欠も駄目。無断欠席など論外。下手を打てば自分のみならず国そのものが消されかねない。
『議題:麻薬売買しているエルフの国への対応について。
関係しそうな国の王にも同じ案内を出しております。2週間後に伝書鳩をお送りするので出欠をご返答ください。
追伸。晩餐会のメニューについて、食べられないものがあればご連絡いただければ幸いです』
「いかーん!!! 絶対にいかーん!!!」
白髪の混じった髪をかきむしり、ヴリタヌスは晩餐会に居並ぶ諸王の言動を脳内でシミュレートし、叫んだ。
「あの魔女のことを知らぬ者が安い挑発でもしたら! その場に居合わせただけのわしらも連帯責任で殺されかねん!!」
ヴリタヌスはアンヌが招待した王たちに向け、即座に手紙を書いた。
根回しをする必要があった。晩餐会での軽率な発言を防ぐために。ひいては我が身と己の国の安全のために。
***
幸いにしてというべきか、ヴリタヌスの申し出に王たちは速やかに集まった。
なお、アンヌが招待した王はヴリタヌス含めて4名。
リアド湖畔の森のエルフと敵対関係の国王が3名。建前は中立だがエルフ達の麻薬売買を仲介して利益を得ている国王が1名。
前者3名はアンヌの力と性格を多かれ少なかれ把握しており、後者1名は怪しげな噂程度にしか知らない。ヴリタヌスはもちろん前者の方だ。
「晩餐会では、我々の立場や利害の違いは棚上げすべきだ。誰かの失言1つで国が滅びかねん」
「うむ」
「間違いない」
「……大げさすぎませんかね?」
ヴリタヌスが釘を刺し、真面目腐った顔で2人の王が応じる。アンヌの事を知らない親エルフ派の王は、呆れた――侮蔑の色を出さないよう努力した――顔で、諸王たちをながめた。
「たかだか1万人程度の領民しかいない伯爵領、しかも女領主の、いったい何を恐れているのですか?」
「いいか。よく聞け若造。本番の晩餐会では絶対にその態度をとるな。貴様と貴様の国が滅ぼされるのはいいが、我が国にまであの魔女の標的にされてはかなわん」
ここが外交の場であることも、相手が1国の王であることもかなぐり捨て、ヴリタヌスはあえて率直な言葉づかいで警告した。
「その物言いはさすがに無礼では」
若造呼ばわりされた王が不快げに眉をしかめた。実際に彼は30代後半であり、50代のヴリタヌスとはひと回り若い。しかし彼は王という立場だった。自身への暴言を聞き流せば、国家としての位が落ちる。
「ジョン王よ。普通の状況ならば君に同意するが、今回は別だ。ヴリタヌス王が圧倒的に正しい」
「そうだ。頼むから自身が絞首台の前に立っている自覚を持ってくれ」
残る2人の王もジョン王をとがめた。
「絞首台? あなた方が余を殺すと?」
「違う。あの魔女がだ。いいか。君がたかが伯爵領の女領主と言ったあの女は、言うなれば『殺した後で帳尻を合わせるタイプの魔王』だ」
「まおう……?」
「そうだ。もう20余年前の話だが、あの魔女と小競り合いをして、臣下150名ともども半殺しにされたわしが言うのだから間違いない」
理解が追い付かずに、ジョン王はあぜんとしてヴリタヌス王の真面目くさった顔を見た。冗談ではなく本気で言っている目だ。
「半殺しで済むとは……幸運でしたな」
ジョン王の隣から、しみじみと別の王が口をはさんだ。
ヴリタヌスがうなずく。
「全くです。きっかけはこちらが難癖をつけて伯爵領の一部をかすめ取ろうとしたことですが、法的手続きの瑕疵があちらにもあったので手加減されました」
「なるほど……」
分かる者には分かる連帯感と共に、ヴリタヌス王たちはうなずき合う。
「待ってください。それは当時のあなたと臣下が無能だっただけなのでは――」
「まだ言うか!?」
ヴリタヌスが額に青筋を立て、拳でテーブルを叩いた。
「……ジョン王。最近、大きな地震が発生した。震源は君の国と親交厚いエルフ達の国だ。それは知っているな?」
「ええ。もちろん。その話ならばあなた方よりもくわしく知っておりますよ。新型の超巨大ゴーレムの起動実験をしたと聞いて――」
「その認識がすでに間違いなのだ」
「はぁ……?」
「君が言うゴーレムは、あの魔女を倒すために起動され、あの魔女と戦った。それが地震の発生理由だ。
そしてわずか半日で撃破された。あの魔女の戦闘力は、エルフ達が10万人がかりで動かした怪物よりも上なのだ。
いいか。
仮に我が国が総力を挙げても、あの女には絶対に勝てん」
「いやあの、待ってください。どこからそんな荒唐無稽な話を仕入れたのですか?」
ジョン王が苦笑して食い下がる。
ヴリタヌス王が冷笑で返した。
「難民だよ。エルフどもが奴隷にしていた人間たちが押し寄せて来た。そちらの国でも似たような状況でしょう?」
ヴリタヌス王が、他の2王たちに水を向ける。
王たちは頷いた。
「おっしゃる通りです。証言には事欠きません」
「我が国も同じく」
「ばかな。我が国には1人も来ていないぞ……」
顔面蒼白になりながら、ジョン王がつぶやく。
「それはそうだろう。君の国はエルフ達とつるんで麻薬貿易の上前をはねているのだから。逃げ先として敬遠されるのは当たり前だ」
「………………」
「分かったか若造。君がエルフ達から受けている欺瞞に満ちた情報よりも、現場にいた人間たちの生の声を我々は聞いているのだ」
「………………」
「ともあれ。晩餐会ではうかつな発言は控えたまえ。
言っておくが、最も殺される可能性が高いのは君と、君の国の民だぞ。
これは脅しではない。同じ人間としてのよしみ、心からの忠告だ。
さらに国王としてふたたび言わせてもらう。
我が国を巻き込むな……!」




