第15話 アンヌの戦法
「ギジャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
山ほどもあるゴーレムが、大口を広げ悲鳴を上げた。
樹齢数百年の大木よりも太い脚を踏み鳴らし、背に生える翅をはためかせ、嵐を巻き起こしながら暴れまわる。さながら世界の終末に現れる破壊神のように。
操られていた鳥たちが正気に戻り、戻るなり一斉に逃げた。
天を突く巨人が錯乱していた。
上の右腕が焼き切られ、下の右腕も焼き切られ、さらには上の左腕までもが焼き切られた。上半身から生えた4本の腕のうち3つを失い、残る1本は焼け焦げながらかろうじて胴体と繋がっている。
たった一人の小さな人間の魔女によって。
夕焼けが、赤々と巨人を照らす。
焼き切られた腕から火の手が上がり、麻薬植物が青々と生い茂っていた緑豊かな大地は土肌が露出した荒野と化した。暴れまわる巨人が動くたびに地響きが起こり、大地がひび割れる。
勝勢は決した――少なくとも、エルフ達の目にはそう映った。
彼らは絶望し、捨て鉢になって1人また1人とゴーレムの制御のために魔力を注ぐのをやめていった。どうせみんな死ぬのだからと。
その一方で。
(このままだとまずいわね……)
圧倒的に優勢なはずの魔女は、口に出さず戦況を分析する。
うっとおしい大型ゴーレムは全て屠り、残る超大型も深手を負っている。
召喚した装備によって戦闘能力は大幅に向上し、守備力も上がっている。
地震が揺れ、がれきが舞い、暴風が吹きすさぶ戦場の中。アンヌの周囲3メートルだけが透明な膜で覆われ、風が凪いでいる。
地獄のような環境の中、白い衣をまとった魔女は悠然と立つ。
帽子は魔力を増幅させ、杖は魔術の精度を上げる。そして魔法衣は、彼女の周囲の環境を安全な状態に保つ。
熱も毒も遮断し、急激な音や気圧の変化も防ぐ。仮に今のアンヌを宇宙空間に吹き飛ばしても、彼女は窒息することなく平然と呼吸するだろう。
だが、無敵ではない。常人からすれば限りなくそれに近いものの、できることとできないことがある。
もうすぐ日が落ちる。
地平線の果てへと、太陽が沈んでいく。
そうなれば、集光レンズの魔術は夜明けまで使えない。
それはガイア級のゴーレムを仕留めるのがよりいっそう難しくなることを意味していた。
「うーむ……」
戦場を見渡し、アンヌは思案する。
自分の武器。
相手の武器。
自分にできること。できないこと。
相手にできること。できないこと。
互いの立場の違い。見えているものの違い。見えないものの違い。
それらもろもろを加味し、組み合わせ、最善と最悪とその間を考える。
勝利するために。
(操られていた鳥はいなくなった。奴らは戦場をろくに見えていない。せいぜい望遠鏡で眺めるくらい。わたくしの姿も見失ってる。
敵は発狂している。
次にとる行動は高確率でいちかばちかの逆転狙い。おそらく主砲を撃ってくる。
主砲の直撃を魔術で弾けられるか? かなり怪しい。分の悪い賭けになる。
時間を与えれば落ち着かれる上に再生される。そしてこちらには、あのでかぶつを一撃で仕留められる火力は――あるけれど相応の犠牲が必要になる。できれば使いたくない)
「よし」
脳内で作戦を組み立てて、アンヌは小さくうなずいた。
「この作戦でいきますか。主砲2、3発分は余裕で受けられるでしょ。“来い”」
錯乱するガイア級ゴーレムの流れ弾を慎重に避けながら――魔法衣の結界があっても直撃を受ければダメージを負う――、アンヌは、目当ての物体を己の近くに集めていった。
それは、炭化した植物繊維。
黒焦げにされていながらもなお、多くの魔力を内在した魔法の巨人。
12体のギガント級ゴーレムの残骸だった。
「“摘出”、“変身”、“幻術”」
大量の燃えカスから人間大の繊維が抜き出され、抜き出された繊維が女性の造形をとる。マネキンのように。さらに幻術の魔法をかけられたそれは、アンヌと瓜二つの姿をし、まるで生きているかのように手足を動かした。
「“飛べ”」
アンヌが呪文を唱え、天空の彼方へと偽アンヌ人形が飛んでいく。
その先には、ガイア級のゴーレムの巨大な顔があった。
「そろそろお遊びはやめて引導を渡すつもりだけど……。最後に何か、言い残しておくことはあるかしら!?」
魔術で声を飛ばし、偽アンヌ人形が喋っていると誤認させる。
ガイア級ゴーレムは脚を止め、震えながらアンヌを見た。
「ひぃっ」「たすけてくれ」「いやだいやいやだ」「しにたくないっ」「うろたえるな!」
巨大ゴーレム耳障りなエルフの声が聞こえてくる。指揮者らしき者が必死に混乱を納めようとする声も。
「何もないなら10数え終えた後に撃つわよ。いーち、にーい、さーん……」
あえてゆっくりと、アンヌがカウントする。次第に落ち着きを取り戻していく雑音を耳にしながら、敵をナメているのだと思わせるように。
「……なーな、はーち……」
軍神の身体が、青白い光を放つ。
巨大な牙が開かれ、大きな口が裂けそうなほどに広げられた。
「主砲、発射あァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
直撃した。
ジュッ……という音がわずかに聞こえ、杖を構えた偽アンヌ人形が跡形もなく蒸発した。
転移の呪文を唱える暇もなかった。実際は、唱える必要もなかったのだが。
(あの威力。あの感じ。でかぶつの中にあるエルフの気配が1つ消えた。
主砲1発あたり1人を犠牲にしているみたいね。それもただのエルフじゃない。非常に高い魔力の持ち主。わたくしが手足を詰めて生かしておいた貴族階級の連中を再利用しているのかしら)
遠くから、歓声が聞こえてくる。
今度こそ倒したと、大逆転をしたのだと思っているのだろう。そう思いたいのだろう。
「“摘出”、“変身”、“幻術”」
安全な場所から戦況を観察しながら、アンヌは次の偽アンヌ人形を精製した。
利用できるゴーレムの残骸はあと11体分ある。
あちらの主砲は何発撃てるだろうか? 11発撃てるだろうか。
それとも撃ち尽くす前に気づくだろうか?
「ついでに腹ごしらえと水分補給もしておくか……。そういえば昼食も夕食もまだだったわ。“来い”」
魔女が、呪文を唱える。
分厚いソーセージが挟まれたホットドックと、氷が浮いてキンキンに冷えたトロピカルジュースが、アンヌの元に召喚された。




