第14話 魔女の再起動
――やあ、アンヌ。久しぶりに来たね。
あら、お久しぶり。わたくし、死んだの?
――臨死状態。生と死の中間。微妙なところだけど、いい機会だしこちらへ来るかい? それともまだ向こうで虐殺を続ける?
戻るわ。やりのこしたことがあるから。
臨死状態なんでしょ? 蘇生不能点を超えてないなら自力でどうにかするわ。
――そう。じゃあ、今回は貸しはなしで。
ええ。死神さんからの借りはなしで。
――女神です。
似たようなものじゃない。
***
アンヌの身体がバラバラになり、赤い滴と共に四方八方へ散らばっていく。
空を舞う鳥たちの目を介して、リアド湖畔の森のエルフ達はその光景を目の当たりにしていた。
「…………………………………」
シン……と、エルフ達が静まり返る。
戦闘中にあった指揮者からの怒号も、集まった国民たちのざわめきも、誰一人立てることなく誰もが口を閉ざした。
バラバラになったアンヌの肉片が荒野に落下し、地の上に小さな赤いシミをつける。
「わあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
歓声が上がった。
「やった!」
「やったぞ!」
「魔王の身体がバラバラだ!!」
エルフ達がはしゃぐ。近くにいる者同士でハイタッチを交わし、意味のない言葉をわめきながらハグをし合う。
「我々の勝利である! 魔王は退けた!! 皆の力で退けたのだ!」
グラハム将軍代行――ゴーレム達の総指揮を執っていた中年のエルフ――が叫び、腕を突き上げた。
多大な犠牲を支払った。
スタール大公はもはや助からない。彼は軍神の“駆動燃料兼主砲のエネルギー”として超巨大ゴーレムの内部で消化されつつある。そして先任のペルタス将軍はいない。先月にアンヌに粛清されていた。
「魔王の脅威に怯える日々は過ぎ去った! 我々は生き残ったのだ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
群衆が叫ぶ。国民のほぼ全て、数万人による拍手が割れんばかりの音を鳴らす。
軍隊に監視されていた人間の奴隷たちが、はしゃぐエルフ達の姿を遠巻きに見て、がっくりとうなだれた。
明日も続く絶望を抱えながら。
***
ここに、10センチ大のアンヌの肉片がある。
あちらにも。
そちらにも。
向こう側にあるのは少し小さくて、5センチ大のアンヌの肉片で。
近くには、15センチの肉片がある。
アンヌの肉片たちが震えた。ぷるぷると。スライムのように。
「“再起動”」
「“再起動”」
「“再起動”」
「“再起動”」
「「「「「「「“再起動”」」」」」」
数百の肉片が、口も肺も声紋もないのにアンヌの声で呪文を唱える。
それぞれのアンヌ肉片が形を変えていった。
腕が生え、脚が生え、首が生え、フィギュア人形のようなアンヌ――プチアンヌがその場に現れた。
服までは再生できていない。珊瑚朱色の長い髪が胸元に垂れ、小さいが豊かな胸を隠している。
「「「「「「「「“合流”、“合体”、“再生”」」」」」」」
数百体の裸のプチアンヌたちが空間転移し、一か所に集まり、おしくらまんじゅうの体勢で密着すると一斉に呪文を唱えた。
プチアンヌたちの身体が光った。白く、まばゆく。
光が収まった頃に現れたのは、1人の美女。
「ふぅ……。“来い”」
召喚呪文を唱える。
ばさり、ばさり、ごとりと、布と布と木の杖がアンヌの近くに落ちた。
それはアンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵の居城の奥深く。宝物庫に保管されているいわくつきの魔法具。
再誕のホワイトローブ。
超越のパープルキャペリン。
神撃のブラックロッド。
「たかだかサイコロステーキサイズの細切れにした程度でわたくしを殺したと思ったか。人を魔王呼ばわりしてるわりにはずいぶんとぬるいことで」
魔法衣を着こみ、帽子をかぶり、杖の手触りを確かめながら、アンヌはつぶやく。
ノーダメージというわけではないらしい。元は175センチの彼女の身長は、140センチほどにまで縮んで――
……いや。
若返っていた。
年齢不詳ながら、細切れになる前のアンヌは20代後半から40代前半ほどの外見をしていた。今は違う。10代半ばの姿になっている。
肌の張りが違う。
わずかにあった小じわが消えた。
形の良いバストは補正下着による支えを全く必要としなくなっている。
「この切り札は使いたくなかった。寿命を削ることになるから……」
アンヌは奥歯を噛みしめた。
腹が立つ。
魔王よりもはるか格下を相手に、切り札を出すまで追い詰められたことに腹が立つ。
真正面からの戦闘にこだわった挙句、単純で効果的な呪文妨害への対策を怠った自分自身に腹が立つ。
相手を侮りすぎていた。
外道なのだから能力も低くあれと、心のどこかで考えていた。
「落ち着け」
自分自身に向けて、アンヌが言う。
おへその下、丹田に意識を向け、お腹を凹ませながらゆっくりと息を吸い、お腹を膨らませながらゆっくりと吐く。
逆腹式呼吸。カラテでは息吹と呼ばれる技法。
呼吸に意識が集中し、荒れ狂う怒りが静かに鎮まってゆく。
ここは戦場で、自分がしているのは戦争だ。
怒りは視野を狭くし、術の精度を下げる。戦争に怒りは必要ない。邪魔だ。
遠くから歓声が聞こえてくる。
エルフ達の声だ。自分を仕留めたと思い込んで浮かれているらしい。
「“凍れ”。“集え”。そして“並べ”」
静かに淡々と、アンヌは集光レンズの魔法を構築する。
天空に氷のレンズが形成された。さきほどの戦闘で作ったレンズの、10倍の大きさのレンズが。
一瞬の出来事だった。
残存していたギガント級のゴーレム、5体すべてがほぼ同時に焼き払われた。
分厚い植物繊維の装甲はプラズマと化し、跡形もなく大気の一部へ転換された。
遠くからの歓声が、ぴたりと止んだ。
代わりに悲鳴が聞こえた。
状況を理解するにつれて戦慄し、戦慄は恐慌へと転じた。逃げようとするエルフの足音。怒号。錯乱した者の笑い声。さまざまな雑音が彼方から聞こえてくる。
ガイア級のゴーレムがしゃべった。アンヌの攻撃をその頑丈な身体に浴びせられながら、遠くにいるエルフ達の声でしゃべった。
「馬鹿な、生きていただと。あそこからどうやって!!??」
問いに答えることなく、アンヌは薄く笑って最後の1体への攻撃を続けていった。




