第13話 死闘
麻薬植物が生い茂った畑は、瞬く間に荒野へと変わっていった。
全長50メートルのギガント級ゴーレム達が動くたびに突風が起こり、草木がなぎ倒され、地面が削り取られ土が露出する。さらに全長500メートルのガイア級ゴーレムが動くたびに嵐が発生し、大地が崩れ、地形が変わった。
全ての攻撃をアンヌは避けた。
自ら攻撃することを控え、回避行動に全振りした。
直撃はもちろんかすっただけで致命傷になる攻撃をかいくぐり、ゴーレム達の行動パターンを観察した。死角の有無。腕や脚の可動範囲。攻撃から次の攻撃までの時間。それぞれのゴーレムの操縦者の魔力の揺らぎ、操縦の癖すらも。
観察途中で服がちぎれ、手足の指や皮膚の一部も何度か引きちぎれたがそのたびに治した。
持久戦に持ち込み、敵の消耗を狙ったのではない。
5秒間の隙。ただの5秒ではなく、『移動せずに魔法を行使できる』5秒間を作るために、全てのゴーレムから攻撃されない死角を、位置取りを探り続けた。
そして、その時が来た。
「“凍れ”。“集え”。そして“並べ”」
腕を天空へと掲げ、アンヌが呪文を唱える。
空気中の水分を凍結させ、氷を作り。
作った氷を集め。
そして、集めた氷を並べる。
「味わえ。“天空を覆う虫眼鏡”」
もしも、空を浮かぶ雲そのものが巨大な凸レンズになったら。
直径1キロメートルの凸レンズが天空に現れ、太陽光を1点に収束させたら――
瞬間的に得られる熱エネルギーは、原子力炉数基分に匹敵する。
微細な氷は液晶のように規則正しく整列し、レンズと同じ構造となった。
熱が、鉄を瞬時に沸騰させるほどの熱が、ギガント級ゴーレムに降り注いだ。
ゴーレムの表層を覆う植物繊維が焼け、熱を遮断するカーボンシェルとなる。しかしその炭化層すら昇華させ、断熱隔壁の奥へと収束した太陽熱が浸透していった。
「そんな……ばかな……!」
ゴーレムの一体から、スタール大公の声が聞こえた。
ギガント級のゴーレムが突然赤熱したかと思うと、黒煙をあげてその場に倒れたのだ。全身から炎が吹き上がり、再生機構すら間に合わずに崩れていった。
(アホなのこいつら?)
内心突っ込みながら、アンヌはもう一体のゴーレムに照準を合わせて焼いた。
鉄ならば一瞬で蒸発させられるほどの火力。けれども植物繊維で出来たゴーレムは素晴らしい断熱性能を誇り、収束させた太陽熱に5秒も耐えた。
逆に言えば、5秒以内に避けられれば装甲を削り切れないということだ。
仲間が焼かれたことに放心して棒立ちにならず、彼らは素早く動くべきだった。
そして彼らが気を取り直す十数秒の間に、アンヌは合計3体のギガント級ゴーレムを焼き払っていた。
立て直すまで16秒の空白。
「何を呆けておるか! 散開しろ! うろたえるな。まだ戦力ではこちらがはるかに上回っているのだ。軍神も健在だ!」
4体目を焼き払おうとしたところで声がかかり、ゴーレムが動き出した。一人の声だけではない。雑音も聞こえる。無数の人間が喋る音だ。おそらく指揮を執るエルフがおり、そのエルフの近くに操縦者と政府の要人がいる。
(かき回せるかしら?)
戦況が悪化すれば、戦場を知らない政治要人や群衆は動揺する。指揮者や操縦者への素人考えの指示、あるいは罵倒が入るだけでもゴーレムの操縦精度はかなり乱れる。
「“行け”」
再び動き出したゴーレム達の攻撃を、アンヌは余裕をもって回避した。
ゴーレム達の行動パターンや癖を覚えた上に、久方ぶりの好敵手との戦闘に戦いの勘を取り戻しつつあった。
回避し、位置関係を調整し、5秒間の隙を作り、集光レンズで焼き払う。
決して無理はせず、1体ずつ確実に――
9体が8体に減り、8体が7体に減っていく。
そびえ立つガイア級ゴーレムの攻撃で発生した気圧差を浴びて肉片が飛び散る場面もあったが、その都度召喚魔法で飛び散った肉片をかき集め、治癒魔法を使って修復していった。
(残りは大型が5体。超大型が1体。
でかいのは今の集光レンズの出力じゃ削り切れないわね。装甲が分厚すぎて再生される)
時間が減るにつれ、ゴーレムの操縦が雑になっていく。
操縦者たちの焦りが伝わってくる。
だが、アンヌの方も余裕しゃくしゃくというわけではない。ギリギリの綱渡りを続けていた。
直撃など必要ない。拳がほんのすこしでも当たれば死ぬ。
ガイア級が発生させた風圧に近づいただけで身体がバラバラになりそうな衝撃を受けるのだ。鼓膜も何度か破られている。敵に悟られずに回復しているだけだ。
今の攻め方でも、ギガント級は倒せる。だが、ガイア級の攻略は難易度が高い。
(選択肢1。持久戦で魔力切れ、行動不能に持ち込む。わたくしの方が持久戦で持たなくなる可能性がある。夜になれば集光レンズの魔術は使えない。
選択肢2。屋敷の宝物庫に保管している切り札を使う。わたくしの寿命を削る羽目になる。
選択肢3。転移魔法の“拡張”を使う。反動でわたくしもものすごく痛い)
次のギガント級のゴーレムを焼き払いながら、アンヌは考えを巡らす。
その時、すでに隙は生まれていた。行動の隙ではない。心の隙が。
油断があった。わずかな怪我を負う場面もあったとはいえ、彼女はあまりにも順調に、予定通りにゴーレム達を削っていた。
だから想定していなかったのだ。
『敵もまた、アンヌの行動パターンを学習する』ということを。
次に繰り出されたゴーレム達の動きは、代り映えのない攻撃パターンだと思った。
そう思い込んでしまった。
それゆえに気づくのが遅れた。
ギガント級のゴーレム達が、背中の翅を小刻みに動かしていることに。
ブゥゥゥ……キュイィィィィイッィン……という高低入り混じった音が、戦場の広範囲を埋めるように響いていく。
「“い…っ”」
アンヌの発した声は、呪文となるための音と律を欠落していた。
音の干渉。共鳴と減衰。
アンヌの転移魔法は発動せず、彼女の肉体は元の位置にとどまった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ガイア級ゴーレムの拳が、アンヌの上半身にクリーンヒットし――
アンヌの身体は、バラバラの肉片になって弾き飛んだ。




