第11話 ガイアフレーム
リアド湖畔に差し掛かった時、アンヌは殺意が頬を打つのを察知した。
一つや二つ、十や二十ではない。数百、数千、数万もの殺意だ。
「ようやく腹をくくったか……?」
虐殺の魔女。そうあだ名される女伯爵は、不敵に笑う。
エルフ達の首都はまだ遠い。国境付近の人的被害がない場所で迎え撃つつもりか。
とすると遠くからでもアンヌの動向を察知するための“目”があるはずだが――と、周囲を見渡して、アンヌは得心した。
無数の鳥が飛んでいる。
イソシギ。ウグイス。エナガ。オオタカ。
小鳥と猛禽類とが並んで飛んでいる様子は、明らかに自然界ではありえないものだった。まず間違いなく遠隔操作で操っている。そして鳥たちの視界はエルフたちの視界とつながっているのだろう。
「とことんなまってるわね……」
今になって気づいた自身に、アンヌは自嘲した。鳥の羽音を耳にした時点で、違和感を察知すべきだった。魔王と相対していた頃なら致命傷につながる油断だ。なまっている。
樹齢300年を超える木々を抜け、開けた場所に差し掛かる。明らかに人の手によって整備された畑があり、麻薬の原料となる植物が青々とした葉を広げていた。しかしよく見ると、白い実がついていない。前に来たときにはついていたのに。
(収穫したのか。果実が熟するシーズンには少し早いけど……)
浮かんだ疑問の答えは、分かり易い形となってすぐに現れた。
「おお」
アンヌが感嘆した。でかい。
一瞬、かなり近くにいるのに気づけなかったのかと勘違いした。だが違う。それは黒い山の近くにいた。
かなりの距離を隔てているにも関わらず、近くにいると錯覚させられたのだ。その巨体によって。
馬と同じ4本の脚。太い胴体。その上には、人間の上半身のような肉体がついている。ただし腕の数は人間の倍、4本もあった。そして背中にはトンボのような2対4つの翅が生えていた。
頭部は蜘蛛のようだ。異形の造形をした顔。眼が複数あり、口からは大きな牙が生えている。
茶色の毛に覆われている。土くれから作られた補助作業用のゴーレムとは違う。半人半馬のケンタウロスを、さらに怪物寄りにしたような造形だった。
そしてそれは、あまりに巨大であった。
「ギガントフレーム……!」
アンヌの警戒の度合いが、一段上がる。
竜を倒すために作られた戦闘用ゴーレム。
アンヌですら滅多にお目にかかったことはない。戦った事は2回しかない。圧倒的な戦闘力を誇る反面で燃費が――魔力使用量がけた外れに高く、採算度外視でかつ防衛用途にしか使えないという欠点があった。
追い詰められたエルフ達が、なりふり構わず切り札を使って来たらしい。
天空からアンヌを監視している鳥たちが、一斉に距離を取った。
魔力が増大する感覚。前方のゴーレムからだ。
牙に覆われた口が開いた。
転瞬。アンヌは地を蹴って空中へと飛ぶ。
『何かが光った』と目に映った瞬間、アンヌが居た場所を起点に一直線に黒焦げになっていた。光速の一撃。見えた時には当たっている。
ヒュゥゥゥゥゥン!
「ち」
「ゴアアアア!」
アンヌが舌打ちする。甲高い音はゴーレムが4本の翅から魔力を放出し、ジェット噴射のように空を跳ぶ音だった。目の前にアンヌの身体ほどもある拳が迫る。
「“行け”」
アンヌが呪文を唱える。
ゴーレムの拳が空を切る。転移魔法だった。アンヌ自身の身体が、焼け焦げた地面に転移される。
「“来い”。“来い” 。“来い”。 “来い”。 “来い」
アンヌが部分召喚呪文を連続で唱える。
空中に浮かぶゴーレムの茶色い体毛が舞い、身体の一部がアンヌの手元へと召喚される。それは人間の頭部ほどの大きさだった。人型の、エルフ達には致命傷を与える召喚魔法だが、相手のサイズが巨大すぎる。
指先をこそげ落とす程度のダメージしか与えられない。
数発では倒すどころか行動を妨げることすらできない。おまけに相手は遠隔操作のゴーレムだった。痛みがない。人間の臓器にあたる部分も、あるかどうかわからない。
(同じ場所を集中的に召喚し続ければ、いずれ穴は空けられる)
脚がいい。あの巨体だ。脚の関節を部分召喚してえぐり取る。その次は翅を狙う。機動力さえ封じればただのでくの坊だ。さっきの光線にさえ当たらなければどうとでも料理できる。
「ええええ……!?」
頭の中で戦術を組み立てたアンヌは、淑女にあるまじき素っとん狂な声を上げて目をしばたたかせた。
金属ではない。土でもない。竜の鱗のような硬質化した皮膚でもない。
それは植物の繊維が絡まり合った生体複合装甲だった。軽く、強靭で、再生する。
再生能力がどの程度なのかは不明だが、『魔力を補充される限りは無尽蔵』だと想定した方がいいだろう。
(技術革新か。ギガント級と戦ったのは200年以上も前だし……)
時は流れる。
人もエルフも、新たな技術を産み出す生き物だ。
「む」
気を取り直そうとしたアンヌだが、再び背筋に悪寒を感じた。別方向からの殺気。
「ちょ、うそでしょ……っ。“行け”!?」
アンヌが目を見開き、つぶやき、そして反射的に“転移”した。
間一髪。
彼女の立っていた場所が、部分召喚したゴーレムの肉片ごと黒焦げになった。見渡せば、先ほどよりも広範囲の土地が焦土となっている。
アンヌが目を見開いたのは、ゴーレムが再生したことに対してではない。
彼方に見える他のゴーレム達に気づいたからだった。今手こずっているゴーレムと同じ形状をした、同じくらい大きなサイズのゴーレムが、合計11体いることに。
そして――黒い山が動いた。
山だと勘違いしていた。なだらかな曲線を描いた肉体。4つの脚と4本の腕を丸めた胴体は稜線としか思えず、畳んだ翅は山の尾根にしか見えなかった。
「ガイアフレーム……!」
初めて見た。
ギガント級のゴーレムですら、駆動には数週間の期間と膨大な魔力がいるというのに。
いったいどれほどの魔力を、どういう手段でかき集めてあれの燃料にしたのか。わずか2カ月でどうにかできるとは思えない。
何か裏の外法を用いたのか。例えば数百年も鍛えた一流の魔術師を複数名、人身御供として捧げるような……。
「あれに、議院の連中達を薪代わりにくべたのか」
アンヌは魔術の知識に長けている。その彼女があらゆる可能性を考えても、他の方法が思い浮かばない。
人間の奴隷ではだめだ。ろくな魔力を搾り取れないから。アンヌが殺したエルフの遺体でも駄目だ。生から死に転じる瞬間にしか魔力は搾り取れないから。
予想通りなら、すさまじい覚悟だ。
そうしなければ国民全員が皆殺しになる状況ということを差し引いても。
『“集落”の連中のゴーレムには気をつけた方がいい』
古い友人の言葉を、アンヌは思い出していた。
彼女の最盛期の強さを目の当たりして知った彼が、わざわざ言い残した言葉。あれはアンヌの身を案じての忠告だったのだ。彼女ですら負けるかもしれないと。
「もう少し具体的に言いなさいよあのおバカ! そしたらあらかじめ作戦も立てて来られたのに!!」
立場上、それは難しいということを分かりつつ。
アンヌはここに居ない旧友へ盛大に毒づいた。




