第10話 それぞれの立ち位置
物騒な交渉は終わり、アンヌもジーボルグもお茶と菓子を堪能した。
「歳いってるのによく入るわね」
しわだらけの老エルフの食べぶりはアンヌが感嘆するほどで、遠慮なくおかわりもした。
給仕のメイドが呼び戻され、色とりどりの新しい菓子が3段のティースタンドに並べられる。
「立場上、本国ではこの手の甘味を食べられる機会がなくてね。精霊祭でのターキッシュディライトを1個か2個くらいがせいぜいさ」
「あらまあ可哀想。おみやげに日持ちする焼き菓子もってく?」
「ぜひ。ポケットに隠せる大きさがいいな」
「ならマカロンにするか」
「いいねえ」
話がはずんだ。
過去の冒険の想い出。
パーティを解散してからのそれぞれの冒険。
誰それが結婚して孫がいる、誰それはもう亡くなったという近況報告。
時間はあっという間に過ぎ、ジーボルグはアンヌに勧められるがまま1泊した。
「……寝ている間、どこかから子供のうめき声が聞こえたが」
「ええ。屋敷に病人がいるの。気にしないで。こっちで何とかするから」
アンヌのその口ぶりで、ジーボルグは敏感に察した。
「手足が腐る病気になった子供か。予後はあまりよくないようだね」
「芳しくないけど何とかするわ。どうにか命はとりとめてるし、体力が戻るのを見計らいながら1本ずつ手足を取り換えれば治せそうだから。あと3年か……4年くらいは時間がかかるだろうけど」
「差し出がましいのを承知で言うが、医療魔術のエキスパートを派遣しようか? 話を聞く限り、君の考えている外科治療よりも早く安全に治せると思う」
アンヌは首を振った。珊瑚朱色の艶やかな髪が揺れる。
「申し出はありがたいけど、あの子、耳長の連中からひどい目に合わされてね……近づくだけでひどく怯えるのよ。治療どころじゃなくなるわ」
「それはどうにかなると思う。変装魔術を使えば、人間に擬態することくらいわけはない」
アンヌの眼の色が変わった。
「ほー。そんな便利な術が。耳を小さくするわけ?」
「髪の色も変えられるし顔つきも調整できる。身体の作りを変えるわけじゃない。見る者の認識をちょっとだけずらすんだ。演劇でよく使われてるよ。対象を絞れば何百日でも保つ」
「へー。魔術の進歩って面白いわねえ」
「派遣しても構わないかい?」
「頼むわ。もちろん、失敗したら殺すなんて無茶苦茶なことは言わない」
「ははは。君に恩を売るチャンスだ。最善を尽くすよ」
和気あいあいとした会話を交わし、ジーボルグは去っていった。
「“集落”の連中のゴーレムには気をつけた方がいい」
去り際に、そんな言葉を残して。
***
大きな寸胴から、湯気が立ち上っている。
寸胴は1つや2つだけではなく、据え置かれた場所も料理屋ではなく屋外の広場だった。炊き出しに近い。
リアド湖畔の森のエルフたちは、大勢で料理をしていた。
大量のじゃがいもが蒸され、潰され、焙煎されたそば粉をまぶして団子にされる。
味付けは塩のみという素朴さだ。
というよりも、味付けにこだわっている状況ではなかった。
来たる決戦に合わせて、数万人分の量を用意することが最優先であったから。
「わりといけますね」
「すぐに飽きるぞ。朝昼晩と食う羽目になるからな。プロは味変を考える。バター、砂糖、辛子。何でもいいが塩以外は配給されん。個人で用意しておくといい」
団子を試食した若いエルフが顔をほころばせ、隣で団子を作っている精悍なエルフが真面目くさった顔でアドバイスする。身にまとう気配から、こちらの男は軍人らしい。
「夜は冷える。薪を焚いて囲うが、火が近すぎると魔法陣に使うインクが変質する。自前で毛布を用意しておけ。この短期間では飯以外の配給は期待できん」
魔法陣とは、地面に描かれた文様だ。エルフ達は魔法陣の上に座り、魔法陣を介して遠くにいるゴーレムに魔力を、動力となるエネルギーを供給する。
「……勝てますかね?」
「勝つんだ。俺達にはあの軍神がいる」
せっせとじゃがいも蕎麦団子をこしらえながら、エルフたちはうなずき合った。
***
「これが、生涯最後の光景か……」
国の半分を見渡せる高台の上にて。
決戦への準備に励む国民たちを眺めながら。
スタール大公は、泣いていた。
「歳を取るにつれて、『最近の若い者は』と嘆くことが増えた。
開墾期の苦労を知らん。
戦争を知らん。
産まれた時から奴隷にかしずかれるのが当たり前で、自前で奴隷を調達する術も知らん。
麻薬の品種改良だけしか能のない、頭でっかちの小賢しい者ばかりだと……。
だが、見ろ。若い者たちこそ、必死になって働いている。経験ある者の言う事を素直に聞いて、自分にできることを愚直にやってくれている。この国も捨てたものじゃない」
自慢の息子たちを殺され、愛妻たちも殺された。
両腕と両脚を切断されて、生物としてはお荷物以外の何者でもない状態にさせられた。
それでもなお、スタール大公は生きていることに感謝していた。
生きて、自分が導いてきた国の素晴らしさを認識できたことに、感謝していた。
「仮に負けた時は、“ここに一つの美しい国があった”と記そう。悪魔の理不尽な要求にも決して屈せず、仲間を守り、非道を憎み、正義を守るために最後まで戦ったと……」
「縁起でもない! 我々は勝つ。必ず勝ちますとも。あの軍神がいる限り!」
「……そうだな。どうやら気持ちが弱っていたようだ」
かたわらに控える従者の言葉に、スタール大公は前を向いた。
あふれ出た滴が、従者のハンカチによってぬぐわれる。もう彼の身体は、自分の目から零れる涙すらぬぐえぬようになっていた。
「私は、いや、我々は結果がどうあれ死ぬ。軍神を動かすための燃料となってな。……あの悪魔を呼び寄せた責任と考えれば致し方ない」
いやだ……しにたくない……タスケテクレ……。
近くから、怨霊のような声が聞こえてくる。数人ではない。数十人の声が。
スタール大公と同じように四肢をもがれた評議院の老エルフ達が、すすり泣きながら嘆願する声だった。
その声は、スタール大公には聞こえない。耳には聞こえているが、その音は彼の魂には響かなかった。
「我々は誇りを示して死んだと、皆にはそう伝えてくれ」
「はい。必ず」
老エルフと若い従者は、うなずき合った。




