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全員殺して解決する悪役令嬢が、全員殺して解決する話  作者: 鶴屋


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1/9

第1話 虐殺の魔女、人質をとられ脅迫される

注意:

胸糞設定が多々あります。

エルフが大量に死にます。

それでも良い方のみ読んでください。

 

 その日。


 後世の歴史家から希代の悪女と称されるアンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵は、忌々しい招待を受けた。


『お前が可愛がっている執事見習いの子供を預かった。子供の命が惜しければ単身でリアド湖岸西の我々の城まで来い』


 送り主はリアド湖岸の森を支配する金髪碧眼のエルフ。ダウベルド・ド・スタール大公。


 アンヌからすれば『美形のクズ』だ。


 “リアド湖岸の森のエルフ“は、他種族を家畜とみなしている。

 人さらい、人身売買、婦女の監禁に望まぬ子作り、麻薬の精製、なんでもござれだ。


 アンヌがその事実を知ったのはごく最近のことで、対策に乗り出したのがつい数日前。そしてほどなくして、アンヌの可愛がっていた執事見習い――エルラン少年――は行方不明になった。


 エルランはまだ十二歳の子供だ。病に臥せった親の代わりに自分が頑張って弟妹を養うのだと、甲斐甲斐しく働く健気な子だった。


(もしもあの子を人質に取られて、『言う事を聞かなければ殺す』なんて脅されたら――ああ。駄目だわ。どう転んでも不幸な結末しか思いつかない……)


 内心で深々とため息をつき、『全員殺して解決する女』は遠く離れたエルフの国へ向かった。



 ***



 耳の長い美形の執事に案内された先は、王宮と見まごうほどの荘厳な大広間だった。

 森の精霊を象った蔦文様が壁一面を彩り、柱には銀と翠玉で作られた細工が巻かれている。

 光を受けて揺らめく薄緑の魔導灯が、静謐な森を思わせる淡い輝きを放っていた。

 彼らが高度な魔法技術を持ち、その技術を支えるだけの高価な素材を揃えるだけの金を持っているということだ。


 広間の奥に、渋い男が一人。男が座る豪奢な椅子は高座にあり、アンヌの位置からは王と謁見するような形となっている。


「あちらにおわすのがダウベルド・ド・スタール大公にございます」


 エルフの執事はそう告げると、壁に立ち並ぶ衛兵たちを横目に大広間から去っていった。


「よく来てくれましたね、アンヌ伯爵。お噂はかねがね聞いています。魔王に匹敵する絶大な力を持った殺戮の魔女だと」


 スタール大公は、傲岸な態度でせせら笑う。

 人間ならば五十歳ほどの外見か。目元や口元に小じわがあり、髪は金髪に銀髪が混じっている。長身で体形は中肉中背だ。エルフは滅多なことでは太らないという。若い男にはない貫禄があるが、こちらを見下す態度の醜さは美形の顔をどうしようもなく歪ませていた。


「反吐がでるほど素敵なご招待に感極まって涙がでそうになりましたわ。わたくしの使用人は無事でしょうか?」


 アンヌは貴族にあるまじき非礼で応じ、従僕の安否を尋ねた。

 大公がにやにやと笑う。


「丁重にもてなしておりますよ。大切な客人ですので。ただ、申し訳ありません。不幸にもこのあたりに蔓延する風土病にかかってしまったようでして……」


 心配する台詞を言っておきながら、態度にはありありと人間の不幸を喜ぶ気持ちが滲み出ている。人間という種族をただ見下しているだけではない。理由なくいたぶって楽しむ怪物がそこにいた。


「大公様。ヒトオスの子供を連れて参りました」


 耳の長い執事が戻ってくるなりそう言った。その傍らには荘厳な大広間には不釣り合いな木製の荷車があり、荷車にはエルランが力なく横たわっていた。

 ヒトオスというのはエルランの別名でも愛称でもあだ名でもない。人間の男に対する別称だ。彼らは人質にとった名前を知る必要性すら感じていないのだろう。


 湿気を含んだ吐き気をもよおす腐臭が、大広間の冷えた空気に溶けて漂った。


「ああ……なんてことに……」


 アンヌは口を覆った。


 つい数日前まで、甲斐甲斐しく働いて彼女の身の回りの世話をしてくれていた。元気な少年の姿は、そこにはない。


 エルランは生きてはいる。いるのだが、顔は赤黒く腫れあがっている。それだけではない。両腕と両脚が、不自然なほどに赤黒く変色しており、十メートル以上も離れたアンヌにすらそれとわかるほどの異臭を放っていた。


 最低の臭いだ。

 人間の肉が、生きたまま腐っていく時の臭い。


「身体の末端から徐々に腐っていく病気でしてね。今のところ両手と両脚がやられています。残念ながら我々の医療技術をもってしても腐敗を食い止めるのがせいいっぱい。月に一度、定期的に我々にしか創れない特別な薬を投与すれば延命はできるのですが……これがなかなか。素材を揃え、精錬するのに非常に多額の金がかかるため困っておるところです」

「お金を支払えば、その薬はいただけるのかしら? いかほどでしょう?」


 アンヌの声が、抑揚を失っていた。

 周囲にいるエルフの衛兵たち、それに執事は、人が殺されかけているというのに何のリアクションも返さない。人間がどうなろうと知った事ではないということなのだろう。


「金など、とんでもない!」


 スタール大公が満面の笑みを浮かべる。


「無力なヒトオスをさらって金銭を要求するなど、まるで我々が知性のない蛮族のようではありませんか。無償で差し上げますので月に一度、こちらに薬を受け取りに来てください。ただ……そうですな。その際に体力があって死ににくい者を30名ほど、連れてきていたけないでしょうか?」

「連れてきて、いったいどうするの?」

「単純な農作業を手伝ってもらうだけですよ。ああ、誤解なきように言っておきますが、一回のみ30名ではなく、毎月、月が替わるごとに30名です。伯爵の力ならその程度の領民を用意するくらい簡単なことでしょう?」

「……その農作業とやらは、《《あなた方が販売している麻薬の栽培と精製、それに効き目を調べるための実験台にされること》》でしょう?」


 アンヌはずばりと言った。


 調査は既に終えていた。証拠もあった。だいたいアンヌが彼らエルフの国から目を付けられ、使用人をさらわれるという嫌がらせを受けた発端こそが、『麻薬の密売人を厳しく取り締まったこと』なのだ。末端の売人から辿っていくとエルフの国の商人がいて、その承認をアンヌは容赦なく処刑した。


 彼らは国家ぐるみで人身売買に携わり、麻薬の製造と販売を行っていた。

 その元締めがアンヌの目の前にいて、アンヌの大切な使用人を人質にとり、絶対的に優位な己の立場を確信し秀麗な顔に歪んだ笑み浮かべていた。


「それがどうしたというのですか?」

「麻薬の製造に携わった者の寿命は長くて半年程度。

 栽培時には熱射病と脱水、麻薬植物の根や葉による皮膚炎にさいなまれ、精製時には少し手元が狂えば大怪我をするような危険な薬品を扱う。加えてあなた方は、人間を使い捨ての道具として1日に16時間も働かせていると聞いていますわ。

 死んだら替えればいいと。

 わたくしの領民を、毎月30名、殺させるために提供しろということですよね?

 たった1人の死にかけた使用人を救うために、そんな要求をのめるとでも思っているのですか?」


 スタール大公の要求は、毎月、30名の奴隷を送ること。

 搾取され、殺される前提でだ。

 領民を、人間を税として差し出せという宣告であった。

 そんな要求を、たった一人の人質をとられた程度でのめるわけがない。


 スタール大公は肩をすくめた。


「どうやらご存じないようで」

「何をでしょうか?」

「あなたの領地の隣に、我が国の軍が駐留しておりまして。我が国の農作物を販売しただけの者が処刑されるというけしからない真似をされたので、国民を守るためにですが。いざ戦端が開かれたら、どのくらいの数がそこのヒトオスのような“風土病”にかかってしまうのでしょうな」


 ブラフか、それとも事実か。

 今ここにいるアンヌには、それを確かめるすべはない。

 はっきりしていることは、相手はそれをするだけの権力と軍備を持っており、人間に対する底知れないほどの悪意があるということだった。


「……なんてことを……!」


 アンヌは悲痛な表情を浮かべ、しばし瞳を閉ざした。

 目の前の現実がただの悪夢であって欲しいと祈るかのように。


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