赤眼の魔導士と幸撒く私
山脈の向こうから、初夏特有の爽やかな気配を帯びた朝日が顔を出す。朝日は大地を、木々を動物を、大地の上にあるものを平等に照らした。平野を規則正しい機械音を立てながら走る魔導列車も太陽の光を反射し鈍く輝いている。
その魔導列車の一室に、彼女らは居た。
「師匠、起きてください。師匠。」
茶色い髪をハーフアップにした少女、カティアはいつになっても起きない同室の男の布団を揺する。
「師匠、師匠⋯⋯。ダメだこりゃ。」
フーッと深く息を吸い込み、布団を掴む。
「よっこいせーのっ!!」
この男が布団に潜り込むと、並大抵の声で起きないことは知っていた。女のちょっとやそっとの力で布団がめくれないのも、長年の経験で知っていた。
「っと。」
思いの外すんなり奪うことのできた布団のあった場所では、こんなに騒がしいのにも気づかないとばかりにスヤスヤと気持ちの良さそうな寝息を立てながら白髪の男が眠っていた。
「オリバー様、起きてください。」
「⋯。カティア、さむい。」
小さく、掠れた声で布団を返せと抗議される。
「寒くないです。起きてください。って、わ。」
何かを探すのかのように宙に伸ばされた手がカティアの腕を掴み、力強く引き寄せた。抵抗する暇も、何が起こったのかを理解する時間もなく、カティアはベッドに倒れ込んだ。
「んぁれ?カティア⋯⋯こんなに大きかったっけ?私のへそくらいまでの大きさしか無かったはずなのに⋯⋯。」
「いや師匠、何年前の話をしているんですか?」
「まぁやっぱりカティアは温かいし、触れる面積が増えるならそれでいいや⋯⋯。大きさなんて⋯⋯関係な⋯⋯⋯⋯スヤァ⋯⋯」
「こらー!!師匠!!二度寝しないでください!!起きろーー!!撫でるなー!!」
カティアの頭を撫でながら再び夢の世界へと旅立とうとする師の気配を後ろに感じながら、自分は一体何歳
だと思われているのだろうかとカティアは真面目に考えた。
「⋯⋯。」
「って、寝ないでください!!師匠?!」
❁❁❁
「まったく、今日は車両の乗り換えでこの列車から降りないといけないから早めに寝て早く起きて、荷物の確認など準備をしましょうねって何度言いましたか私!!」
「昨日は157回言ってたよ。その前は⋯⋯」
「待ってください。まさか数えていたんですか?」
「うん。で、一昨日は」
「言わないで良いですというか言わないでくださいそもそも数えないでください。」
「このやりとりもこの一週間で20回目だね。」
「うわっ⋯⋯⋯。」
『この人はまったく、なんて無駄なことにその脳を使っているんだ』と思いながらカティアはベッドを折り畳む。
「いやぁ、私の元へ来たばかりの君は何も話さなかったというのに今では私に説教までして⋯⋯感慨深いなぁ⋯⋯。」
「師匠泣き真似やめてください。そして怒られたことに感慨深くならないでください。」
「え〜。」
怒りながらも今度は当然のようにオリバーの髪を整え始めるカティアを、彼はおもしろそうに見上げた。
「いつもありがとうね。私の愛弟子。」
「やっていることはメイドさんやお手伝いさんの領分ですけどね!?」
カティアは深く溜息をつき、一体いつからこうなってしまったのかを思い出そうとして失敗した。
(少なくともオリバー様が20歳になる前は確実にまともだった。⋯はず、よね???)
元々1人で旅をして、世界各地を巡っていた師匠は14年前、登場5才だった私を見つけ、弟子にした。その頃の師匠は逆に私のお世話をしてくれていた記憶がある。
「オリバー様、そもそも、何故魔法を使えない私があなたの、魔導師の弟子なのでしょうか。」
「えっとね〜、可愛いから。」
「ふざけないでください!!」
❁❁❁
(あからさまにからかいすぎたかな?)
オリバーは怒りながら荷物を出口のところに集めるカティアを見ながら苦笑した。
(ふざけてはいないよ。)
「今日時間を潰す街で、魔導書を見てきても良いかな?」
「師匠がしたいようにしたら良いじゃないですか。」
「君と一緒に見たいんだよ。」
軽い雑談をしながら彼女にかけてある結界同士のほつれを直し、必要な結界は新たに重ねがけし、周りに結界に気づかれないようにと隠匿のまじないをかけるこの時間が、オリバーは好きだった。
束の間の穏やかな時間。まだ彼女を守れているという再確認の時間。
オリバーの弟子という名目で連れ歩いている彼女、カティアには、呪いのような力があった。
『自分の幸せと引き換えに周囲に祝福をもたらす力』
本人は気づいていない、気づいたとしても止められない力。"結界の魔術師"、"赤眼の魔術師"などという二つ名で呼ばれる自分が抑えていなければ国と国とのバランスを一瞬で狂わせることも可能なほどの力。抑えていてもなお、漏れ出してしまう力。
力が漏れだしてしまうのを極限まで抑えるためには、常に結界のそばに術師が立ち、一日ごとに綻びを正し必要があればすぐに結界を改良しなければならない。国同士のバランスを崩さないために、常に国を跨ぎ移動する。そうしなければ、今頃彼女はどこかの国で幽閉され、良い国運を呼び寄せるための道具にされていただろう。
(彼女を、護らなければならない。)
彼女を守るためにも、このことは彼女に知られてはならない。
「師匠、どうしました?急に黙り込んで。」
「⋯ぁあ。何もないよ。さぁ、朝ご飯をもらいに行こうじゃないか。余裕を持って移動しないと。」
「あなたがそれを言いますか。まぁ、確かにそうですが」
二人は立ち上がり、扉へと向かおうとする。刹那、彼女の身体が傾いた。
「おっと、危ない。大丈夫?」
「すみません。躓いてしまいました。」
「怪我がないならよかったよ。」
「ありがとうございます。」
(力を抑えていても、些細なことで彼女の力は宿主に不運を呼び寄せる。力を抑えていなければ一体どうなるのか。)
『近付かないで!!』
『初めまして、お嬢さん。』
『やだ、やだよ!!近付かないで!!』
『大丈夫、私が君を守るから。』
『やだ、やだ、やだ!!』
(せっかく傷が薄れ始めたのに、また傷をえぐるような事態には、二度とさせないから。どうか安らかに日々を過ごしてくれ。)
ここまで読んでいただきありがとうございます。




