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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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終章:白の余韻(2月)

――二月の朝。


 校舎の屋根から、雪解けの雫が「ぽとり」と落ちるたびに、かすかな音が廊下に響いた。

 その音はどこか遠く、夢の中の時計のように、静かな時間を刻んでいる。


 窓の外は、もう完全な白ではなかった。

 雪の隙間から土が覗き、陽の光がそこに金色を落としている。

 冬の終わり――そう呼ぶにはまだ冷たすぎる空気の中で、それでも春の気配は確かに混じっていた。


 廊下の向こうでは、ストーブが「ボッ」と音を立てて灯る。

 そのたびに、足元の空気がゆるやかに震え、埃の粒が光の中で瞬く。

 どこかの教室から、段ボールを引きずる音。

 卒業準備に追われる生徒たちのざわめきが、遠くの風景のように薄く響いてくる。


 けれど、この廊下の一角だけは、なぜか取り残されたように静かだった。

 光が差し込む窓際。

 白と金がまじり合う朝の色が、床に淡い帯を描く。

 その中に、誰かが通る影がひとつ――そして、もうひとつ重なる。


 音のある世界の中で、ほんの一瞬、音が止んだように思えた。

 冬の息を残した校舎に、透明な静けさが降りてくる。

 その静けさが、まるで“最後の雪”のように、やわらかく世界を包んでいた。




――雪解けの朝。


 教室の窓辺で、雫が「ぽと、ぽと」と一定の間隔で垂れていた。

 その音は、冬の終わりを告げる合図のようでいて、どこか名残惜しげでもあった。


 窓ガラスの向こうでは、白く覆われていた校庭の隅から、土の色が少しずつ顔を出している。

 まだ冷たい空気の中に、かすかに春の匂いが混じっていた。


 奏は黒板の前で、卒業準備の掲示物を確認していた。

 紙の端を押さえる指先が少し赤く、テープを貼るたびに静かな息をつく。

 クラスメイトが背後で笑い声をあげる。

 その音が教室の壁に跳ね返っても、奏の心には波ひとつ立たなかった。


 ――静かで、やわらかな朝。

 彼女の中では、もう“言葉”を求めて焦る時間は終わっていた。

 沈黙を恐れずに立っていられる自分が、そこにいた。


 一方、別の教室。

 透は新聞部の机に向かい、最終号の原稿をまとめていた。

 鉛筆の先が紙の上をゆっくりと滑る。

 何度も書いて、消して、また書く。

 その中央に浮かぶ言葉――


 『ありがとう』。


 ただ、それだけ。

 けれど、その一語の重みを、彼は知っていた。

 誰に向けた言葉なのか、もう説明する必要もなかった。


 窓の外、雫が光を受けて落ちる。

 音もなく、静かに。

 冬が終わり、言葉がまた、春の光の中へと戻っていく。



ChatGPT:


 足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。

 その音の消える余韻の中で、透はふと立ち止まった。


 ――あの頃は、沈黙が怖かった。

 言葉を交わせない時間が、相手との距離を示している気がして。

 けれど今は違う。


 言葉は、もう怖くない。

 “届かない”んじゃなくて、

 “届くまで待つ”ものなんだ。


 胸の奥に浮かんだその言葉は、独り言ではなかった。

 まるで、奏の心に向かって静かに手を伸ばすような――

 そんな、遅れて届く“返事”だった。


 そのころ、奏もまた歩き出していた。

 階段へ向かう途中、ふと背後を振り返る。

 そこに透の姿はもうない。

 けれど、確かに感じる。

 見えない場所で、今も“静かな会話”が続いていることを。


 窓の外では、雪解け水が陽を受けてきらめいていた。

 そのきらめきが、まるでふたりの心を結ぶ“透明な糸”のように、

 朝の光の中で揺れていた。



廊下の窓際に差し込む朝の光が、白い粒のように揺れていた。

 外では雪解け水が屋根から滴り落ち、ひと雫ごとに小さな音を立てる。


 ぽとり、ぽとり。

 氷が弾けるたびに、冬の名残がひとつずつ消えていく。

 その音はまるで、長く続いた“沈黙の季節”が静かに終わりを告げる拍動のようだった。


 校庭の隅には、まだ溶けきらない雪がわずかに残っている。

 その白の上に、淡い朝の光が差し込み、金にも銀にも似た柔らかな輝きを返していた。

 冷たさと温かさが同じ場所に息づいている――

 まるで、心の奥にまだ残る“冬”を包みながら、

 新しい“言葉の季節”が、そっと芽吹こうとしているかのように。



窓の向こうで、雪解けの雫が陽に照らされて光った。

 ひとつ、またひとつ――ぽとりと落ちるたび、世界がゆっくりと色を取り戻していく。


 カメラは静かに、校舎の外へと引いていく。

 白い屋根の上、薄く残った雪が朝の光にきらめき、遠くの空には春の色が滲みはじめていた。

 灰と白の季節をくぐり抜けた空気が、やわらかく頬を撫でる。


 ――白が溶けて、言葉が戻る。

 それは、春の始まりよりも静かで、確かな音だった。


 そして画面またはページの片隅に、ゆっくりと浮かび上がる文字。

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