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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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4.間の静けさ:沈黙の中の距離感

奏は、机の上に残った空白を見つめた。

一枚、確かに足りない。


「すぐ持ってくるね」

そう小さく告げて、教室の前の棚へ歩いていく。

床に靴音がかすかに響く。

その音だけが、夕暮れの教室をゆっくり渡っていった。


透はその背中を目で追いながら、

机の上の木目を指先でなぞっていた。

かすれた線の感触。

それが、自分の呼吸のリズムと重なる。


(静かだな)

(でも、この静けさ、悪くない)


外では、風に乗って部活の掛け声が遠くで聞こえる。

その音さえ、教室の中では夢のように遠い。


やがて、奏が戻ってきた。

新しいプリントを一枚、手に持って。


「これで全部、だと思う」


そう言って差し出した手が、透の指先にかすかに触れた。

ほんの一瞬。

紙よりも軽い接触。

でも、その瞬間だけ、世界が止まったように感じた。


夕陽の光が、二人の手の上を静かに照らしていた。

オレンジ色の粒が、白い紙に跳ねる。

時間が、そこだけ柔らかく溶ける。


奏は、すぐに手を離した。

その動きはまるで、触れたこと自体を消すように速かった。


透は、その“速さ”を見て、

なぜかまた笑ってしまった。

声にはならない、息のような笑み。


(やっぱり、速い人だ)

(でも、逃げたわけじゃない。ちゃんと、触れた)


そんなことを思いながら、

彼は受け取った紙を丁寧に重ねた。


教室の時計が“カチリ”と鳴る。

光がゆっくりと床を滑り、やがて透の足元から消えていく。


沈黙が残る。

けれど、その沈黙の中には、

確かに“何かが始まった音”が、

まだ微かに、息をしていた。

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