静寂の季節(12月初旬)1
放課後の教室は、冬の夕暮れに沈んでいた。
ストーブの低い唸りだけが、広い空間の中でかすかに響いている。
窓の外には、白い雪が音もなく降り始めていた。
奏は机に向かい、進路調査票の上でペンを止めていた。
「行きたい場所」と「行くべき場所」。
そのふたつの言葉の間に、ずっと橋をかけられずにいる。
小さくため息をつき、視線をノートに移したときだった。
無意識のうちに、彼女の指先が「透」という文字の最初の一画を描いていた。
――はっとして、すぐにそれを消す。
けれど、黒鉛の跡だけは、紙の上にうっすらと残った。
外の雪がガラスを曇らせ、世界の輪郭がぼやけていく。
その白の向こうに、彼女は何を見ているのか、自分でもわからなかった。
一方、同じ教室の隅では、透が新聞係の原稿用紙に向かっていた。
机の上に散らばった紙束の中で、彼の手は止まったまま動かない。
書こうとした文章は、いつのまにか奏の姿ばかりを描いていた。
彼女が笑う時の息づかい、何かを言いかけて止まる仕草。
けれど、書き進めるほどに、文字が薄っぺらい嘘のように思えてくる。
透は静かにペンを置いた。
インクの匂いが消えていく教室の中、彼は窓の外の雪を見つめる。
「話すのが怖いんじゃない。
言葉が、また誰かを遠ざける気がして。」
そのモノローグが、白い息となって静かに滲む。
彼の言葉は、もう誰にも届かない。
けれど、外の世界もまた、ゆっくりと音を失っていった。
雪が降るたびに、街のざわめきが消えていく。
そして――その静けさが、ふたりの心の奥の静寂と重なっていく。
窓辺には、ひとひらの雪が貼りついた。
それが溶けて、細い雫になって落ちる。
まるで、凍りついた想いが、ようやくかすかに動き出したかのように。




