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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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3.心理のすれ違い

プリントを整えながら、奏は指先で紙の端をそろえた。

同じ動作を二度、三度と繰り返す。

そのたびに、さっきの“いいね”という言葉が頭の中で何度も反響した。


「……何が“いい”の?」


喉まで出かかった言葉を、結局、飲み込む。

夕方の空気は少し冷たくて、息を吐くたびに胸の奥が静かに締めつけられる。


(からかわれたわけじゃない……と思う)

(でも、何かをすくい損ねた気がする)


“真面目でいること”が、いつも自分の形だと思っていた。

間違えたらすぐ直して、きちんと終わらせる。

それが普通で、そうしていれば誰にも迷惑をかけない。


けれど――

その“普通”を透に見せた瞬間、

柔らかく笑われたような気がして、心が少しだけ波立った。


(……悪気があるわけじゃない)

(でも、あの人の言葉は、軽いのに、どこか届かない)


指先でプリントの端を撫でると、

光の反射が紙の表面を流れていった。

それを見ながら、奏は小さく息を吐いた。


透はそのころ、教卓のそばで名簿を閉じていた。

窓の外に視線を向けると、校庭の鉄棒が夕焼けに赤く染まっている。

その色をぼんやり眺めながら、さっきの会話を思い出していた。


「気負わない人なんだな」


奏はきっと、よく動く人だ。

誰かに言われなくても、必要なことをすぐにやる。

そして間違えたら、ためらいなく「ごめん」と言える。

それだけで、もう十分すごいと思う。


(完璧にしようとするのは悪くない)

(でも、それを崩せる瞬間がある人は、もっといい)


彼にとって、“欠けている”ことは悪いことではなかった。

むしろ、そこに人の形が見える気がした。

奏の、少し焦った声。

束の紙を抱える手の白さ。

――あの一瞬の“隙”が、妙に印象に残っている。


(ちゃんとしてるのに、気負ってない)

(そういう余白のある感じ、いいな)


透は、そんなことを思いながら鞄を閉じた。

窓の外の光が薄れていく。

時計の針が、ゆっくりと“17:20”を指す。


教室の中に、静けさが戻る。

言葉はもう交わされていない。

けれど、二人の間には確かに“何か”が残っていた。

それはまだ形にならない――

けれど確かに、すれ違いの奥で芽吹き始めていた。

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