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奏は手元のファイルを揃えながら、無意識にその端を指でなぞっていた。
指先に伝わる紙の感触が、どこか遠い記憶を撫でているようだった。
「話すって、こんなに簡単だったっけ。」
言葉を出せば、ちゃんと届く。
笑えば、相手も笑い返してくれる。
それだけのことが、こんなにも穏やかで――やさしい。
けれど、その穏やかさの中でふと、胸の奥が少しだけ疼いた。
「……透くんとは、どうしてあんなに難しかったんだろう。」
ページの端をなぞる指が、一瞬止まる。
まるで、そこに残された“まだ乾かない言葉”を確かめるように。
窓の外で風が吹き、秋桜の花びらがひとつ、静かに揺れた。
その揺れが、奏の心の奥に、言葉にならない余韻を残していった。




