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教室の空気が、すっかり秋に変わっていた。
夕陽は窓の端に沈みかけ、机の上の影が長く伸びている。
誰もいない空席が、やけに広く感じられた。
奏は鞄の紐を握ったまま、前列を見つめる。
透の背中。
その肩越しに見える黒板の文字が、少し滲んでいる。
――近くにいないだけで、こんなに遠く感じるんだ。
同じ空間にいるのに、違う季節にいるみたい。
夏の残り香が、もう自分には届かない。
透もまた、前を向いたまま気配を感じていた。
チョークの粉の匂い、紙の音、そして誰かの視線。
――見える距離なのに、届かない。
何かを言おうとすると、言葉が冷たく凍る。
それを溶かすほどの熱を、もう自分は持っていないのかもしれない。
ふたりの思考は交わらないまま、
しかし同じ静けさの中で、確かに響き合っていた。
音ではなく、空気として。
沈黙だけが、ふたりのあいだを行き来している。




