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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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2.きっかけ:プリント配布のやり取り

奏が、仕分けたプリントの束を抱えて立ち上がった。

夕陽が差し込む方向へ歩くたび、髪が金色に透ける。

机の間を軽やかに進みながら、手際よくプリントを置いていく。


透の机の前に来ると、

奏は束の一番上から一枚を取り、静かに差し出した。


「はい、これ」


短く、それでいて柔らかい声。

透はペンを置いて顔を上げた。


「ありがとう」


受け取った紙にざっと目を通しながら、

透はページを指でめくる。

数字を確認しようとしたそのとき、ふと眉を寄せた。


「……あ、もう一枚足りないかも」


奏が手元の束を覗き込む。

「あ、ごめん、確認しなかった」

その声には、ほんのわずかな焦りが混じっていた。


透は首を振り、少し笑った。


「うん。そういうのもいいね」


その言葉に、奏の手が止まった。

束の紙が揺れ、夕陽を反射してきらりと光る。


(……“いいね”?)


言葉の意味がつかめない。

間違えたのに、“いい”ってどういうこと?

冗談? それとも、からかってる?


そんな疑問が一瞬にして頭をめぐる。

けれど、問い返すほどの距離感でもない。

奏はただ、「あ、うん……」と曖昧に返して、

残りのプリントを机に戻した。


透は彼女の反応に気づかないまま、

軽くページをめくり続けていた。

笑いは一瞬で消え、

いつもの穏やかな表情に戻っている。


彼にとって、“そういうのもいい”は、

欠けたものを責めないための、自然な言葉だった。

完璧に整っていないやりとりのほうが、

人の温度を感じられる――そんな感覚。


だがその柔らかいニュアンスは、

奏の耳には届かなかった。


沈黙が、ふいに教室を包む。

窓の外では風がカーテンを揺らし、

夕陽の色が少しずつ薄まっていく。


奏は、机に残った影の中で、

プリントの束を整えながら小さく息をついた。


“うまく言葉が噛み合わない人”――


そう思った。

でも、その感情にはわずかに、

嫌ではない“余韻”が混ざっていた。

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