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授業が終わると、椅子の脚が床をこする音が一斉に響き、
やがてそれも静まっていった。
教室の空気がゆっくりと緩み、放課後の匂いが流れ込む。
夕陽がカーテンを透かし、白い布が橙に染まる。
その向こうで、外の空はすでに秋の色を帯びていた。
奏は鞄の中に教科書を収めながら、前列に目を向ける。
透が数人の新聞係のメンバーと立ち話をしている。
資料を手に、短く、控えめに頷く姿。
――声をかけようか。
口の中で言葉が形になりかけて、喉の奥で止まった。
「おつかれ」と言うだけでいいのに。
その一言の“距離”が、やけに重かった。
透もふと気配を感じたのか、背後を振り返る。
けれど目が合う寸前に、視線を逸らしてしまう。
その動きが、奏の胸の奥に微かな風穴を開けた。
カーテンがふわりと揺れて、ふたりのあいだに割り込む。
まるで風そのものが、話しかけようとする声を遮ったかのように。
音はもう、秋虫の細い鳴き声と、机の上で紙が擦れる音だけ。
その静寂の中で、時間がゆっくりと遠のいていった。




