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夜風が、ふいに校舎裏を通り抜けた。
木々の葉が小さくざわめき、湿った空気の中に秋の匂いが混じる。
夏が、静かに終わろうとしていた。
――ジィィ……。
蝉の声が、ひときわ強く鳴いた。
それはまるで、届かない想いを吐き出すような、最後の叫び。
風がその声をさらい、夜の奥へと溶かしていく。
ベンチの上。
透の膝に置かれた資料が、ひらりと風を受けた。
一枚の紙片が宙を舞い、外灯の光をかすめながら、静かに落ちていく。
それは、ゆっくりと弧を描いて――奏の足元へ。
彼女は反射的に目を向け、息をのむ。
拾い上げようとした手が、途中で止まる。
そこには、ふたりの距離だけがあった。
声も、視線も交わらない。
――けれど、紙だけが、その沈黙を越えていた。




