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校舎裏の通路を、奏はゆっくりと歩いていた。
文化祭の準備で遅くなり、帰り道の近道として、人気のない裏手を抜けようとしていたのだ。
――そのとき、視界の端に淡い光が揺れた。
外灯の下、ベンチに腰を下ろした人影。
透だった。
膝の上の紙束をじっと見つめ、動かない背中。
肩が小さく沈み、まるで何かを抱えたまま、夜に溶け込もうとしているように見えた。
奏は足を止めた。
「……透くん?」
声が喉の奥で形になりかけて、そこで途切れた。
夜風が頬をかすめ、蝉の声が遠くで響く。
彼女は唇を噛みしめ、視線を落とした。
――モノローグ。
「何を言っても、今は届かない気がした。
“頑張ってるね”も、“大丈夫?”も――全部、嘘みたいになる。」
言葉が怖かった。
どんな優しい言葉でも、彼の沈黙を壊してしまいそうで。
握った拳が、そっと震える。
“行動で寄り添いたい”――そう思っているのに、足が一歩も前に出ない。
風がふたたび吹き抜け、木々の葉が擦れ合う音が夜の静寂に混じった。
その音だけが、ふたりの間の“届かない距離”を、静かに測っているようだった。




