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校舎裏の夜(9月初旬)1
夜の校舎は、もうすっかり眠りについていた。
消灯した窓の列は黒い鏡のように空を映し、外灯の光だけが、地面の片隅を淡く照らしている。
その外灯の下――校舎裏のベンチに、透はひとり座っていた。
昼間は誰も通らない場所。いまは、木々の隙間を抜けてきた風が、濡れた葉をそっと鳴らしている。
遠くで、まだ蝉が鳴いていた。
夏の名残が、夜気の中にかすかに揺れている。
その声は、どこかで何かを訴えるように響いて、やがてまた静けさに沈んでいった。
透は息を吸い込み、目を閉じる。
空気には、夏の終わりと、消えきらない未練の匂いが混じっていた。
心のどこかで、まだ言えない言葉が燻っている。
――この夜の静けさの中に、
透と奏、ふたりの“届かない思い”が、淡く滲んでいた。




