「プリント配布のズレ」 時期:4月中旬(放課後・委員会初回)1.放課後の教室に残る光
放課後の教室。
生徒たちの笑い声はもう遠く、
机と椅子の並ぶ空間だけが、
一日の名残りのように静まり返っていた。
窓の外では、夕陽がゆっくりと傾いている。
赤く染まった光が斜めに差し込み、
机の上のプリントの白を柔らかく照らした。
その反射が床に長い影を伸ばし、
世界が少しずつ“夜”へと傾いていく気配を運んでいる。
教室の隅では、奏が机を寄せて配布物を仕分けていた。
表紙をそろえ、枚数を数え、
束を整えるたびに紙の擦れる音が小さく響く。
その一定のリズムが、
放課後の静けさの中で唯一、確かな動きを刻んでいた。
透は少し離れた席で名簿を確認している。
赤ペンのキャップを開ける音、
ページをめくる音――
それらが混ざり合い、穏やかな作業の空気を作っていた。
壁掛けの時計が「17:10」を指している。
針の音がこんなにもはっきり聞こえるのは、
教室が空っぽになったからだろう。
窓の外では、風がまだ冷たい。
けれど、室内には夕焼けの光があたたかく溜まっている。
その境目にいるような空気の中で、
透は一瞬、窓を閉めるかどうか迷った。
だが結局、何もせずにペンを置く。
静けさの中に、紙の束を揃える音が響く。
奏が髪を耳にかけ、指先で紙を弾く。
そのささやかな動作のたびに、
夕陽の色が彼女の肩に柔らかく跳ね返る。
透は何となくその光景を見つめながら、
(……不思議だな)と、胸の奥で呟いた。
ただ同じ空間で作業しているだけなのに、
時間の流れが少し違うように感じる。
同じ教室にいても、
自分のいる“時の速さ”と彼女のいる“速さ”は、
どこか半拍ずれている。
それが心地よいのか、落ち着かないのか――
透自身にも、まだ分からなかった。




